第19話 純真Always


 面白そうだったから。

 たったそれだけの理由で声優を志すと宣言した私に対し、両親はため息をついた。


「瑠璃、もう一度よく考えなさい」

「母さんの言う通りだ」


 高校を卒業したら大学に進学するのが当たり前と信じて疑わない父親も、結婚が女の幸せだなんて時代錯誤な考え方の母親にもうんざりだった。


「うん。もう少し考えてみる」

 少し申し訳ない雰囲気を漂わせつつも、内心では、絶対にあんたたちの言う通りになんかしてやるか、なんて強気な思いを抱いていた。


 きっかけは動画投稿サイトで何気なく見た、一本の動画だった。

 私は音楽が好きだ。聴くことも歌うことも。ここ動画二年ほどは、投稿サイトで新しい音楽を見つけることが日課になっていた。


 私の世界を変えたその一本の映像は、人気の動画の欄を漁っていたときに見つけたライブ映像だった。


「何、これ……」

 思わず独り言が漏れた。


 最初は何かのアイドルグループだと思った。ひらひらの衣装を着て歌っている。それにしては異様に歌が上手い。


 動画の概要欄を見て、私は驚いた。ディスプレイの中で素敵な歌を披露している彼女たちは、なんと声優だったのだ。


 声優といえばキャラクターに声を付ける職業。私はその程度のことしか知らなかった。アニソンはたまに聴くけれど、アニメを見たのはたぶん小学生のときが最後だ。

 だから、たくさんの観客の前で歌を披露している彼女たちの姿にはびっくりした。


 動画では丁寧に、彼女たちが演じるキャラクターの名前とビジュアルが映し出されていた。一人もわからなかったけれど、一人ひとりが自分のキャラクターを大事にして歌っているということだけは、私にもなんとなくわかった。


 キャラクターになり切って歌う彼女たちの姿は、可愛くて華やかで、とにかく素敵だった。いや、なり切って、なんてものではない。彼女たちはきっと、この場所ではキャラクターそのものだった。


 面白そう。それ以上に説明しようのない気持ちが、ふつふつとわいてくるのを感じた。


 そこからの私の行動は早かった。

 私は全力で、声優を目指し始めた。


 面白そうだったから。動機は軽率かも知れないけれど、なりたい気持ちは本当だった。知れば知るほど、声優のすごさに驚いた。


 昔から「瑠璃ちゃんは集中力がすごい」と、よく褒められていた。夢中になったものに対しては周りが見えなくなるほどにのめり込んでしまう。それが私の短所でもあり、長所でもあった。


 人前に出ることも苦手ではなかった。授業ではよく手を挙げて発表していたし、卒業式などでの学年代表の言葉なんかも何度か経験したことがある。


 目立ちたがり屋というほどでもなかったが、どちらかというとリーダーシップを発揮してみんなを引っ張るような立場だった。同級生には、カリスマ性がある、なんてことをよく言われた。


 初めて受けたオーディションで、私は最終選考まで残った。

 そしてこのまま、グランプリを取って、声優として華々しいデビューをする。きっとすぐに夢は叶う。そう思っていた。私の予感はよく当たるのだ。


 あっさりとここまでこれたことに、特に驚きはなかった。努力した結果がついてきた、ただそれだけのことだ。そもそも私は自分のやりたいことをやっているだけで、努力とも思ってないけれど。


 最終選考での、私の順番は最後だった。

 候補者たちが不安と緊張を露わにしている中、私は平然としていた。やれるだけのことはやってきたし、何よりグランプリを取れる自信があった。他の候補者よりも私は上手い。


 決して過大評価などではなく、それは事実だった。

 私には才能も、それを開花させるための素質も備わっていた。


 開始から約二時間が経過し、やっと私の二つ前の候補者の番になった。正直、待ちくたびれてしまっていた。

「373番。星川愛です」


 私よりもちょっと年上に見える女性は、少しだけ声が震えていた。彼女も例に漏れず、緊張しているようだった。


 彼女の演技が始まって――。

 ちょっと、ほんのちょっとだけ、心臓が鼓動を速めた。もしかすると、グランプリはこの人になるかもしれない。一瞬、そんな気がした。


 演技は普通に上手い。さすが、最終選考まで残っただけのことはある。でも、その程度だった。私の方が圧倒的に上手い。そう言えるはずなのに。何が引っかかっているのだろう。


 そして――私は気づく。

 私が声優を目指すきっかけになった、動画投稿サイトのライブ映像を見たときの胸の高鳴りと同じものを、今感じていることに。


 きっとこの子は、綺麗な歌を歌う。綺麗なだけじゃない。人の心に響く歌だ。

 いつか彼女の歌声が、たくさんの人を魅了するだろう。

 そんな、確信にも似た予感があった。


 結局、グランプリには私が選ばれた。

 早速、アニメの役のオーディションをたくさん受けさせられそうになったけれど、私はそれを断った。


「私、やりたいことがあるんです!」

 グランプリの受賞を知らせる電話で、私は宣言した。

 声優を目指したきっかけを、熱い思いを語った。


 浅海プロデューサーに紹介され、そのまま『ティンクル・シンフォニー』というゲームで、南白菖蒲の役を演じることになった。


 ゲームのキャラクターを演じながら、現実世界でもそのキャラクターとして歌って踊る。

 それは、私のやりたいことそのものだった。


 菖蒲の在籍するグループ、MASKには他に三人のメンバーがいた。

 顔合わせのときに、私は心臓が止まりそうになった。


 星川愛がいたからだ。

 私の予感はよく当たる。


 それでもまさか、こんな風に同じグループとして活動することになるなんて思ってもみなかったけれど。


「私……この前のオーディションのとき、唐澤さんの演技、見てて。すごいなって思って……」


 彼女は言った。どうやら私のことを覚えていたらしい。私も彼女のことは覚えていたけれど、なんとなく言い出しづらくもあったので、

「そうなんですか⁉ ありがとうございます!」

 とっさに知らないふりをして、私は彼女に笑顔を見せた。

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