第15話 リワインド


 私が霞朱里を演じるのと同様に、小豆と友にもそれぞれ役が与えられている。彼女たちが演じるキャラクターも、当然のように魅力的だった。


 上田小豆が演じるのは、静葉しずはかなで

 クールな表情を崩さない、無口な少女。青いショートカットは外側にはねている。ストイックな性格で、自分にも他人にも厳しく、妥協を許さない。そんなところは、少し小豆と似ている。


 城咲友が演じるのは、熊貝くまがい美亜みあ

 とても丁寧で穏やかな性格の、お嬢様然とした女の子。艶のある緑のロングヘアーが特徴的。ですます調で話す。大人しいイメージとは裏腹に、ステージ上では堂々とした立ち振る舞いをする、強いメンタルの持ち主。


 二人とも演者とキャラクターに共通した部分が多くて、浅海さんのスカウト能力の高さが改めてわかる。


 そしてもう一人、南白みなしろ菖蒲あやめという、紫色の髪をしたミステリアスなキャラクターがいるのだが、私はまだ彼女を演じる声優を知らない。


 一度、浅海さんにそれとなく尋ねてみたが「ああ、そのうち紹介するよ」と濁されてしまった。


 とにかく私たちは三か月後、MASKのキャラクターを演じる声優として、そして、MASKそのものとしてデビューする。


 華々しくステージで歌って踊るゲームの中の彼女たちを、私たちは再現しなくてはならない。果てしなく不安だったけれど、すでに後に引けないところまで来てしまっていた。やるしかない。

 練習に明け暮れる日々は、猛スピードで過ぎ去っていった。




 そして私が霞朱里の役をもらってからおよそ一か月。

 ついにMASKとして活動するメンバーの、最後の一人との面会のときがやってくる。


 私と小豆と友は、事務所内のとある一室に集められていた。

「はい、注目。MASKの最後の一人を紹介します」

 浅海さんがそう言って部屋に入ってくる。私と目が合った瞬間、気まずそうに視線を反らしたのは気のせいだろうか。


「それじゃあ入って来て」

 浅海さんの、転校生を紹介するときの教師のような台詞によって、私たち三人の前に、一人の女の子が現れた。


 その姿を見て――私は息をのむ。

 一拍遅れて、衝撃が脳天を貫いた。


 見間違いだろうか。それとも、これは悪い夢の中なのだろうか。

 眉の上で整えられた綺麗な黒髪。少し距離のあるここからでも、腕や脚の細さがわかる。猫のように大きな瞳が、こちらをじっと見据えていた。


唐澤からさわ瑠璃るりです。よろしくお願いします」

 あの日、私の夢を打ち砕こうとした才能が、そこに立っていた。


「あなたは……」

 思わず声が出てしまう。


「えっと……初めまして」

 当の本人、瑠璃は首をかしげて私を見る。どこかで会ったことがありましたっけ……と、その視線が語っていた。


 そうだ。彼女の方は私のことなんて、覚えているわけがない。彼女にとっての私は、その他大勢の候補者と同じ、踏み台でしかない。


 唐澤瑠璃は、三か月前に私が落ちたオーディションでグランプリをとった女の子だ。

 なぜ彼女がここに? 私の頭は疑問符でいっぱいになる。


「あ、いや、私……この前のオーディションのとき、唐澤さんの演技、見てて。すごいなって思って……」


「そうなんですか⁉ ありがとうございます!」

 屈託のない純真無垢な笑顔で、彼女は言った。


 私はあなたの二つ前に出てました。その言葉を、私はぐっと飲みこんだ。

 きっと、彼女の眼中に、記憶に、私はいない。


 でも、どうして……。毎回、あのオーディションでグランプリに輝いた新人声優は、事務所の強いプッシュによって多くのアニメに出演し、そのまま人気声優となるパターンがほとんどのはずだ。


「あのオーディションって、このプロジェクトのためのものってわけではない……ですよね?」

 疑問が口から滑り落ちる。初対面なのに、少し深入りしすぎている気がして、言い終わってから私は焦る。


「はい。そうなんですけど、こういうの、やってみたくって」

 彼女は怒るでもなく、無視するでもなく、恥ずかしそうに笑って言った。


 こういうの、というのは、アイドル声優のことだろうか。アイドル声優をやりたくて、彼女はこの業界に入ったのだろうか……。


 理解ができなかった。


 同じ事務所に入った以上、いつか会うことになるかもしれないと思っていた。けれども、こんな形で、横に並んで同じ歌を歌うことになるなんて、想像もしてみなかった。


 順当にアニメの声優ができるのなら、そうすればいいじゃないか。わざわざ回り道をしなくたって。一気に頂点まで駆け上がれる実力を、あなたは持っているはずなんだから。


 お腹の底あたりでうごめくそんな気持ちを自覚して、私は気づいてしまった。


 順当? 回り道? 誰がそんなことを決めたの?


 アイドル声優よりも、顔を出さずに声だけで勝負する声優の方が上で、優れていて、高尚だ。そんな風に、勝手に思い込んでいて。

 私はきっと、アイドル声優をどこかで見下していたのだ。


 声優とアイドル声優。その二つに壁を作って。どっちが優れていてどっちが劣っている。それを自分で決めつけて。誇りを持ってアイドル声優をしている人だっているのに。


 私は……声優失格だ。

 唐澤瑠璃の満面の笑顔に、その事実を突きつけられたみたいで、自分自身の醜さに心が沈んだ。


 どうにか感情を表に出さないようにしながら、私たちは自己紹介を交わす。瑠璃は終始にこやかで、年上ばかりの私たちに対して物怖じせず、かといって失礼な態度を取るでもなく、今日初めて会ったことが嘘のように馴染んでいた。


「さあ、改めて、MASK全員集合だ。これからはこの四人で活動していく。仲良くするように、なんて小学校みたいなことは言わないけど、大切な仲間であることは各自、理解しておくように」


 浅海さんは、相変わらずどこまでが本心かわからない声音で、模範的なまとめの一言を述べた。最後に、私の方を少し心配そうに見て、部屋を出ていく。私の考えていることがなんとなくわかっているのだろう。あの人に隠し事はできない。


 さっそく次の時間は四人揃って歌のレッスンとなった。各自が今まで練習してきたパートを合わせる、初めての合同練習。


 瑠璃の声はやはり素敵だった。それに伴って、歌声も素晴らしかった。どこか謎めいた雰囲気の中に、たしかに優しさが宿っている。私のイメージしていた南白菖蒲の歌声そのものだった。


 私なんかが、彼女と一緒に歌っていいのだろうか。せっかくの純粋な歌声を濁してしまわないか心配だった。

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