第14話 Dragon Dance


 私と同様に、小豆や友も苦戦しているようだった。


 特に小豆は声優に興味がないところからのスタートだ。多少、演技のレッスンをしたとしても、一、二か月ですぐに上達するわけでもない。ストレートに言ってしまえば、演技力が低い。素人が聞いてもわかる程度には顕著だ。小豆も必死に食らいつこうとするが、かけてきた時間という絶対的な壁にぶち当たっている状況だ。


 彼女が歌手になるため、声優として必死に頑張っていることは、共感はできないけど理解はできる。でも、企業側、つまり浅海さんはなぜ彼女をスカウトしたのだろうか。

 私は一度、浅海さんにそれを聞いたことがある。


 偶然、彼と二人きりになったときのことだった。

「どうして、小豆みたいな子をスカウトしたんですか? あ、別に誰を責めてるとかじゃなくて、単純に疑問だったんです。たしかに彼女の歌は素晴らしいと思いますが、声優という仕事に関してゼロからのスタートじゃ、少しきついと思います」


 なんだか上から目線のようになってしまったことに話しながら気づいて、質問をしたことを少し後悔した。

 しかし浅海さんは特に咎めることもなく、私の質問に答えてくれた。


「ゲームの外側にも、物語が必要なんだ」

「ゲームの、外側……ですか?」

 意味がよくわからなくて、私は聞き返す。


「うん。これは僕の持論なんだけど、アニメや小説、ゲームでもいいや。何かストーリー性のあるものを消費するときに、消費者側が一番感動するポイントって、どういう部分だと思う? まあ、ジャンルによって違いはあるかもしれないけど、一般的に考えて」


「……うーん。ちょっとよくわかりません」

 少し考えてみたが、答えは生まれない。


「あはは。ごめんごめん。ちょっと抽象的すぎたね。じゃあもう少し具体的に。少女向けの恋愛漫画があるとして、一番盛り上がるのってどういうシーン?」

 先ほどよりはわかりやすい例を挙げて、浅海さんは聞き直した。


「例えば……ですけど、告白して付き合い始めるシーンとか……ですか?」

 少し自信がないながらも、私は浮かんだ答えを口にする。


「そうだね。じゃあ、ミステリー小説の場合は?」

「あまり読まないのでわからないんですけど、探偵が犯人を名指しするシーンですかね」


「そうそう。そういうこと。つまり、ストーリーの中で受け手側を感動させる部分ってのは『変化』なんだ」

「変化……」


「そう。変化。友達から恋人へ。これは二人の関係性の変化。意外な人物が犯人だった。これは読者自身の認識の変化。何かが変わったことに対し、消費者は感動を覚える」


「なるほど」

 なんとなく言いたいことはわかった。けれど、それが小豆の話とどう繋がるのだろう。


「そして、人間の『成長』も変化のうちの一つだ。できなかったことができるようになったり。以前に負けた敵にリベンジして勝ったり。そういった『成長』という変化は、消費者に大きな感動を与えることができる」


「ああ、たしかに」

 私も今まで観てきたアニメや読んできた漫画で、印象に残っているシーンを振り返ると、思い当たる節がいくつもあった。とても説得力がある。


「でも、こういった創作物って、世の中にはたくさんあふれているよね。そうすると、消費者ってのは徐々に慣れていってしまう。感動に対して免疫ができていってしまうんだ。またこのパターンか。あの作品のパクリじゃないか。そんな否定的な思いすら抱かれてしまう。だから僕は、創作物の外側で『変化』を起こせばいいと思ってる」


「外側で、ですか?」

 少し話についていけてない。


「うん。それが、声優〝上田小豆〟の成長だ。彼女は君も知っている通り、声優としては未熟だ。正直、彼女を声優として起用したことで、獲得できるはずのユーザーが数パーセント減るかもしれないと思っている」


「はぁ」

 とんでもないことを言っているような気がするのは、私の気のせいだろうか。


「じゃあもし、この先、上田小豆が声優としての技術を向上させたらどうなるか」

「この先……」


 来るのかどうかすらわからない未来を、私は思い描いてみる。

 今はまだ演技力のない彼女が、声優として大きく成長する。それはまさしく『変化』だ。


「演技が上手くなった。声優として成長した。ユーザーがそう判断すれば、あとはこっちのものだ。まずは根強いファンがつく。ついでに、歌姫の成長、なんてそれっぽい文句で話題になるかもしれない。彼女の起用で失った売り上げの二倍、いや、三倍は取り返せるはずだ」

 浅海さんは不敵に笑う。この人は、いったいどこまで――。


「もちろん、上田さん自身が嫌で、声優なんか辞める、なんて言ってきたら、それはそれで仕方がない。そのくらいのリスクは承知の上だ。あ、駄洒落じゃないからね」


「へぇ。色々と考えてるんですね」

 感心七割、皮肉三割で私は言う。


 声優をお金儲けの道具として見ている部分があることに対し、不信感を抱かないわけではない。でも、利益を生み出すのがプロデューサーである彼の仕事だ。


「ふふふ。わかってくれたかな。じゃあ、そろそろ打ち合わせの時間だから僕はこれで。気を付けて帰ってね」


 もうすぐ夜の九時になるというのに、まだ仕事があるのか……。考え方はどうであれ、浅海さんが仕事に対して熱意を注いでいるのはわかる。頭が下がる思いだ。


「はい。ありがとうございました」

「ちなみに、今説明したことは、全部とっさに思いついたことだから。真に受けないでね」

 そう言って浅海さんは席を立つ。


「ええっ⁉」

 私は思わず大きな声を出してしまった。


「僕は正真正銘、あの子の歌声にやられたんだ。演技力なんてどうでもいいって思えるくらい、あの子の歌を誰かに届けたいと思った。それだけ」


 騙された……。そして次は、今の発言が真実かどうかも怪しくなってくる。

 どこまでが本当で、どこからが嘘なのか。どれが建前で、どれが本音なのか。にこやかに笑う彼の表情からは、それらがまったく見えてこなかった。


「あと、城咲さんについても、事務所のコネとかじゃなくて、僕が直々にスカウトしたってことも教えておくよ」それは紛れもなく、私が考えていたことだ。心を読まれていたように感じて、息が止まりそうになる。「君たちMASKはきっと、日本を代表するようなアーティストになる」


 一瞬、彼の眼光が鋭くなった気がした。

 本当につかみどころのない人だ……。

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