第10話 FairyTaleじゃいられない
歌って踊る声優として、私はデビューする。キラキラを振り撒いて笑顔を作り、ファンとの距離も近づく。
でも……私はそれを、素直に受け止められない。
希望で満ち溢れていた私の心に、黒いもやがかかった。
アイドル声優。声優アーティスト。そんな言葉が存在する。
基本的な活動は普通の声優と同じく、二次元のキャラクターを演じるものだ。それにプラスして、出演するアニメの主題歌をシンガーとして歌ったり、実際にライブ活動を行い、ステージ上で振り付けとともにキャラクターソングを披露したりする。
おそらく、私の声優としての最初の仕事も、アイドル声優という枠組みに入るのだろう。
しかし、このアイドル声優という言葉が、私はあまり好きではなかった。
アイドル声優と呼ばれる声優は、声優としての仕事以外にも、あらゆる活動を行う。
ラジオ番組に出演するのはまだわかる。しかし、漫画雑誌のグラビアや写真集の出版など、声優としての活動からかけ離れた仕事もある。人気声優がバラエティ番組へ出演しているのも見たことがある。
それはもはや、声優である意味がないのではないか。もちろんアニメのキャラクターの声を演じるわけだから、声優としての技量や適性は求められるのだろうが、それならどうして歌手やアイドルのような活動をしなくてはならないのか。
医者が弁護士の仕事もこなさなくてはならないようなものではないのか。いや、それはまた少し違うのかもしれないけれど……。
うーん……。うまく考えがまとまらない。
とにかく今の声優には、芸能人に近いようなタレント活動を含むマルチで幅広いスキルが、年々求められるようになってきている。声優を目指している間に感じていたその変化は、私の心の中に違和感として影を落としていた。
もちろん人前に出る活動も多いので、若さや容姿、スタイルも重要視される。
つまりそういった活動をする声優は、単純に声だけで評価されるわけではないのではないか。そのことに、かすかな不安を覚える。
私は二十一歳と比較的若く、容姿も地味だが決して不細工ではない……と自分では思っている。スタイルも良いとは言えないまでも、どちらかといえば細い方だ。
そういった部分が、今回のプロジェクトに選ばれた要因の一つになっているのだとしたら……とても複雑な心境だ。
浅海さんは私の表情から何かを感じ取ったらしく「まあ、今日はそんな感じでいいかな。慣れないことばっかで疲れちゃったと思うから、ゆっくり休んでね」と言って席を立った。
帰り道。現実感のないまま、期待とモヤモヤの入り混じった気持ちを抱えて電車に揺られながら、私は考える。
アイドル声優が人気なのは事実だ。
素敵な声で歌われる歌は多くの人が聴きたいと思うし、可愛い女の子は見ているだけでも癒される。
したがって、素敵な声で歌う女の子の見た目が可愛ければ、必然的に需要は生まれるだろう。実際、アイドルがグループを卒業後に声優になるパターンもよく見られる。
エンタメ業界では、声優とアイドルの境目はあいまいになりつつある。
私はそういった風潮に対して疑問を感じていた。はっきりとした嫌悪感とまでいかなくとも、どちらかといえば声優が声の仕事以外をすることに関しては反対の立場だ。
声優は声だけで勝負すべきだと思っている。少なくとも私は、声による演技以外での評価はしてほしくない。容姿やスタイルは関係ない。それが健全で正当な、あるべき声優の姿ではないのだろうか。
ただ、そんなことを言ったところで意味がないし、頭が固いと思われて終わりだろう。
声優の人気を決めるのは私ではなく、アニメやゲームのファンだ。
ついさっき、契約書にサインだってしてきたのだ。今更、事務所の方針に反対です、なんて言っても、一蹴されておしまいだ。
それどころか、せっかくつかんだ夢を手放すことになってしまうかもしれない。それは嫌だった。私のちっぽけなプライドなんて、今は捨てるべきだ。
そのうち、純粋にキャラクターを演じることもできるようになるかもしれない。
周囲に誰もいないことを確認し、小声で「よし」と気合を入れる。両手で小さくガッツポーズ。
ネガティブな考え方をするのは私の悪い癖だ。まずは前向きに挑戦してみよう。
仕事の実態なんて、外から見ているだけではわかるはずがないのだ。実際にやってみれば、考え方も変わってくる可能性がある。それどころか、何か新しい価値観を手にすることができるかもしれないのだ。
翌日から本格的にレッスンが始まった。
さすがに大手プロダクションなだけあって、輝かしい実績を持った専属のトレーナーがいる。教え方もうまく、着実に成長が感じられた。
しかし、歌とダンスのレッスンをしているときに、たまに集中できないときがある。
声優って、なんなのだろう……。そんなことを考えてしまうのだ。
ステージで歌って踊るのならば、それはもう声優ではなく、アイドルなのではないか。私は別に、アイドルになりたかったわけではない。アイドル自体は、決して嫌いではないけれど。
私が時代についていけていないだけかもしれない。時代は常に目まぐるしく変化するもので、娯楽の形態が変わっていくことなんて、珍しいことでも何でもないのだろう。そもそも、アニメという娯楽が出てきたのも、日本の歴史全体で考えれば最近のことなのだ。
アイドル声優には需要だってある。それは私にもわかる。
そう。理解はできるのだ。
でも理解できるのと納得するのは違う。その二つの概念の間には、簡単には飛び越えられない深い深い谷がある。
そして、そんな私自身の考えとは別に、一つの大きな不安もあった。
私は人前に出て目立つことはあまり得意ではない。いや、はっきり言って苦手だ。
幼いころから緊張しやすい性格で、小学校のときは進級するたびにやってくる自己紹介の時間がとても苦痛だった。たくさんの人の視線を感じると、首から上が熱くなってしまう。頭の中が真っ白になって、上手く話すことができなくなってしまうのだ。
数人を前に演技をするオーディションですら、私にとっては果てしなく高い壁だった。毎回、勇気を奮い立たせ、命を削る思いで審査員の前に立っていた。最初に応募するときなんて、応募書類をポストへ投函するのだけで一日かかった。
そんな私が、大勢の人の前で歌うなんてことが、果たしてできるのだろうか……。
ステージに立つ自分を想像するだけで、鼓動が激しくなる。
それからしばらくレッスンをこなす日々が続いた。
モヤモヤを感じている一方で、もちろん楽しみな気持ちもあった。
自分が思っていたのとは少し違っているけれど、憧れの声優という職業に就けたのだ。
本格的な声のトレーニングでは、私が知らなかった世界が広がっていた。台詞にはない音や息遣いの細かい部分まで、丁寧に指導してもらった。養成所のような場所に通えていなかったため、新鮮だったし嬉しかった。
上達が感じられると、歌やダンスも頑張ってみよう。そう思えてくる。
そもそも、最初からすべて希望通りにいくわけがない。今はきっと、我慢の時期なのだ。
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