第7話 夢のつぼみ
「実は今、僕はある大きなプロジェクトを企画しているんだ」私のすべてを見透かすように細められた目は、真剣なプロデューサーのものだった。「っと、ごめん。もう座っていいよ」
「プロジェクト……ですか?」
私は椅子に座って聞き返す。
「うん。その内容なんだけど――」
私も真剣に耳を傾けて、浅海さんの話を聞いた。
それは、スマホゲームを中心とした大きなメディアミックスプロジェクトの話だった。
近年、スマートフォンの普及によって、スマホアプリ市場は盛り上がっている。課金型のスマホゲームで、無名の企業が何億もの利益を得ることもざらだ。次々とヒット商品が生まれている。
その中には、音楽リズムゲームも含まれている。手元に向かって来る丸や四角のマークを、音楽に合わせてタイミングよくタップするものだ。操作が直感的で、スマホとの相性が良い。
そんな中、大企業――株式会社『ムジカ』が新作の音楽リズムゲームを開発しているらしい。ここでやっと、目の前に『ムジカ』の社長がいる理由がわかった。
浅海さんは「まだ極秘だから、絶対他の人には言わないでほしいんだけど」と前置きをしてから、開発中のゲームの詳細も教えてくれた。
スマートフォン向けゲーム『ティンクル・シンフォニー』。
とある音楽事務所の総合プロデューサーとなって、所属アーティストをプロデュースする、という内容の音楽リズムゲームだ。ゲーム中で演奏される楽曲は、実際にキャラクターたちが歌っているものとして収録される。
この手のコンテンツは流行の廃りも目まぐるしいため、機を逃したくない。そんな『ムジカ』の思惑によって、企画は急ピッチで進められている。
今回、そのキャラクターを演じる声優の候補として、私が目をつけられた……。
「——とまあ、そういうわけなんだ」
「はぁ……」
予想以上に規模の大きい話で、私の頭の中は混乱していた。アニメだったら、瞳が渦巻いていることだろう。
「ちなみにこの仕事は、キャラクターに声を吹き込んで、歌を歌って、それだけで終わりじゃない」
「どういうことですか?」
「最初に、メディアミックスプロジェクトってのは言ったと思うんだけど、その活動の一環として、リアルの世界でも声優さんたちに活動してもらう」
「リアルで……」
「うん。たとえば……」浅海さんは、現在人気を獲得している某アイドル育成ゲームや某ガールズバンドプロジェクトを例に挙げた。私も少し触れたことがある。
「キャラクターを演じる声優が、実際にライブをしているのは知ってるよね。つまり、世間にそういう流れが来ている。それに乗らない手はない。それに僕は、今挙げたものよりも良いものを作れる自信がある」
最後にギョッとするような大言壮語を吐いて、浅海さんは言葉を締めくくった。冗談かな、とも思ったけど、彼の目は本気でそう言っているように見えた。
とりあえず浅海さんの言っていることは理解した。声優がキャラクターの台詞だけでなく歌も担当する、ということになるのだろう。
言ってしまえば、流行に乗っかっただけのようにも思えたが、流行というのはイコール需要であり、企業の判断としては正しい……と思う。たぶん。
私はといえば、いきなりそんな大きな話をされても、なかなか受け止めきれない。が、確実に、挑戦してみたいと思う気持ちもある。
しかし、不安も躊躇いも強く感じる程度には、私の心は小さくて臆病だった。
ここで迷いを全部かなぐり捨てて、突き進むことができたらどれだけよかっただろう。
悩んでいる様子を察したらしく、浅海さんが口を開いた。
「星川さんは、自分の声って聞いたことある?」
「いえ」たまにカラオケに発声練習しに行ったときに、息抜きに歌うことはあるけれど。「ちゃんと聞いたことは……ないです」
「それなら一度、ちゃんと聞いてみてほしい。すごく、素敵な歌声をしてるから」
浅海さんは真剣な目で、そんなことを言った。
「え?」
そりゃあ、浅海さんはプロデューサーであって、私をスカウトしているわけだから、褒めるのは当然といえば当然なのだけれど。真剣な表情でそんな台詞を言われるのは初めてで、とても照れ臭かった。
「もちろん、星川さんのオーディションのときの演技は悪くなかった。声優としてやっていけるくらいの実力はある。これはお世辞じゃなくて、プロの僕が下した妥当な判断だ。もしかすると、グランプリに選ばれてもおかしくはなかったかもしれない」
「あ、ありがとうございます」
嬉しさがこみあげてくる。今までのオーディションでは落ちて終わりだったので、こうして自分の評価を直接聞くのは初めてだった。頑張ってきてよかったという気持ちになる。
しかし、続けて浅海さんの口から出てきた台詞に
「あの子がいなければ、だけどね」
私の心臓が跳ねる。
「たぶん君もわかってると思うから言うけど、先日のオーディションのグランプリは、390番の彼女だ」
390番、唐澤瑠璃。番号まできっちり覚えていた。そして、私の見立て通りだ。
唯一無二の声。声優になるために生まれてきたのではないかと思えてしまうほどに、彼女の声は特別だった。
「オーディションのときに、声優として評価すべき項目だけを見れば、彼女が圧倒的にグランプリにふさわしい。でも、僕はあのとき、君の声を聞いて可能性を感じたんだ。素敵な歌を歌うんじゃないかってね」
可能性。紛れもなく、私が望んでいたもので、みっともなくあがいてでも縋りたいものだ。でも、どうしてだろう。素直に喜ぶことができなかった。
それはたぶん、浅海さんが私に見出したのは、純粋な声優としての可能性ではないからだと思う。
だけど贅沢は言っていられない。
「オーディションでは台詞だけだから、どんな声でどんな歌を歌うのかなんて知りようもないんだけど、僕にはわかった。こういう仕事を続けてると、なんとなく勘が冴えてくるんだよね。そして今日、星川さんの歌声を聴いて、予感は確信に変わった」
「でも、私……」
思うように歌えていなかったはずだ。
「たしかに、緊張して声はガタガタだったかもしれないけど、その奥にある本当の輝きを、僕はちゃんと見つけた。だから、安心して」
浅海さんは私の発言に先回りをして、そんな台詞を一ミリの照れもなく口にする。
目の前に、夢の一部が見えた。今つかまないと、絶対に後悔する。
「色々と言ってきたけど、僕は星川さんと一緒に素敵なものを作り上げたい。でも、最終的に決めるのは星川さん自身だ。断ってくれてももちろんかまわない。さて。この仕事、やってみる気持ちは?」
改まって、浅海さんが私に言った。目がギラギラしている。
正攻法でつかみ取った勝利ではない。たまたまタイミングが良かっただけだ。
華々しくデビューするわけでもない。声を演じるとはいえ、ゲームのキャラクターだ。私の憧れていたアニメの声優ではない。
それでも、やっと夢の端に手が届いた。だから、このチャンスを逃してはいけない。
私は立ち上がって言った。
「やってみたいです。やらせてください!」
素敵な物語が始まる予感がしていた。
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