一人暮らし

マグロの鎌

第1話

「おい、この家ってビールあったけ?」


「知らん。そんぐらい自分で確認しろよ。」


「ちっ、相変わらずケチだな~。」


そういって一人の男が立ち上がっり、キッチンへと向かった。


「ついでに俺のも取って。」


「はぁ?もしかして、俺に取らせるようにだましたな。」


「へぇ?なんのことだか...」


「すっとぼけやがって。」


男はそういいながらも俺の前にビールを置いていく。


「おいこれ発泡酒じゃねえか。それもノンアルコールじゃねえか。本物を出せ本物を。」


「そんなこと言っても仕方ねーだろ。この家にはこれしかねーんだから。」


俺は仕方なく発泡酒を空け、口の中へと流し込んだ。少しでもビールを飲んでいる気持ちを味わいたかったため、大げさにのどを鳴らした。


「こんなん飲んでもちっとも酔いやしねーよ。」


「当たり前だろノンアルコールだから。」


「分かってるって。」


俺らは酒に酔た気になりながら会話を進めていく。しかし、そんな自分だましなどすぐに効果は切れるものだ。やはり、一か月振りに会った友達と腹わって話すにはちゃんとしたお酒のパワーが必要だった。ものの二、三分で部屋は静寂に包まれた。その空気に耐えられず俺は立ち上がった。


「ん?どこか行くのか?」


「トイレだよトイレ。」


「ああ、それならそこを出て二個目の扉だぞ。」


「知ってる。」


そう言って部屋から出て行った。

言われた通り出て二番目の扉を開いたがそこはトイレではなく、寝室らしきとこだった。

それに気づいた俺は怒って部屋へと戻っていった。


「おい、おまえ嘘つきやがったな。」


「さっきのお返し。」


顔が見えなくても得意げな表情をしていることが分かった。

そのことにイラっとし小さく舌打ちをした。


再び部屋を出て自力でトイレを探すことにした。

と言ってもこの家はアパートの一部屋に過ぎないため、見てない部屋はトイレとあと一つだけだ。つまり二択だ。

とりあえず、俺は一番近くにある部屋に入ることにした。

そこはトイレだった。


「ふっ、これが灯台下暗しってやつか...いや、違うか。」


俺は用を足し、部屋へ戻ろうとしたが、部屋からビールを買ってこいと、ドア越しに命令されたので、仕方なくコンビニに行くことにした。


コンビニに着くと、まず毎週月曜の習慣である立ち読みをしに、雑誌コーナーへと向かった。

お目当ての漫画雑誌を手に取り、最初のカラーページを飛ばし、いきなり漫画のページを開く。

しかし、巻頭カラーではないのにかかわらず、そこにツーピースは載っていなかった。

不思議に思い、数ページめくって次の漫画の題名を見るがそれも違う漫画だった。

そのため俺は後ろにある、作者の一言コメントが書かれたページを見たが、そこにはツーピースの作者の名前は載っていなっかた。

つまり今週はツーピースは休みということだ。


「ちっ、一週間も楽しみにしてたのに。」


俺は持っていた漫画雑誌を棚に戻し、酒コーナーへと向かった。

酒コーナーに着くとさっきまで飲んでいた発泡酒が目に飛び込んできた。


「くく、これ買っててやろうかな。」


そんなことを一瞬考えたが、自分で自分の首を締める行為だと考えなおし、手に持った発泡酒を棚に戻し代わりにビールをかごに入れた。

かごをレジまで持っていこうとしたが、おにぎりコーナー付近で買わなくてはならないものを思い出し、今度は日常用品コーナーへと向かおうと振り返えった。

すると、レジに向かって歩いてきた女性とぶつかってしまった。

女性の手からは、50円引きのシールが張られたサラダパスタが転げ落ちた。


「すみません。」


そう言って俺はしゃがんでサラダパスタを拾い、彼女に渡した。

渡すとき目が合い、不意にドキッとしてしまった。

彼女は戻ってきたサラダパスタがぐちゃぐちゃになっていることに気づき、ため息を漏らした。

そして、総菜コーナーへと戻ていった。

俺は彼女よりも先にレジを済ませようと日常用品コーナーに急いで行き、ゴム手袋と消臭スプレーと雑巾をかごに入れ、速足でレジへと向かった。

幸いにも、彼女は替えのサラダパスタがなくなくなっていたのか、総菜コーナーの前で頭を抱えている。

俺はそのうちにレジを済ませ、コンビニを後にした。

コンビニを出て、自転車置き場を確認すると、そこには一台のピンク色の自転車が置いてあることに気づき、走って家へと帰った。


玄関に靴を脱ぎ捨てて、友人がいる部屋に入った。


「おい、そんなに焦ってどうしたんだよ...まさか!」


友人が汗だくになった自分の姿を見て何かを悟ったようだ。


「もしかして、今週のツーピース休みなのか?」


「すごいな、よくわかっ...じゃなくて、いいから準備しろ!」


「準備?あっ、分かった。」


すぐに事態が呑み込めたらしく、キッチンへと走っていく。


「おい、ゴム手どこにあるかわかるか。」


「それなら買ってきてある。ほれ。」


そう言ってゴム手袋を箱ごと渡した。

そして俺はテーブルに散乱している発泡酒の缶をかき集めて、洗い場へと持って行った。


ガチャ...


玄関の開く音が俺ら二人の動きを抑制した。


「強行突破だ。」


そう小さくつぶやいた。



俺の名前は斎藤勝文。

不動産屋に勤める28歳。

今日も今日とて真面目に仕事をしているかのように見せて、先輩が接客している間にネットサーフィンをしている。


ウィ~ン


自動ドアが開くとともに、いかにも東京にあこがれて田舎の家を出てきた少女が店内へと足を踏み入れた。

周りを見渡し、唯一開いている俺の前の席に足先を向けてきた。

それに気づいた俺はすぐさまネットサーフィンをやめ、仕事の画面に切り替える。


「あのー、家賃10万円以下で2LDKの家ってありますかね?」


座るなりいきなりその少女は質問してきた。


「えーと、渋谷区でお探しですか?」


「はい。」


俺は内心「こいつ、東京なめすぎだろ。そんなの1LDKでもねえよ。」と思ったが、嫌な顔一つせず言われた通りの条件を打ち込む。


「そうですねー、1Rでよければ何件かございますが。」


そう言ってパソコンを少女の方へ向けた。


「はぁ?それじゃあ、彼氏家に泊められないじゃん。もっと真剣に探してよ。」


これに対してはさすがにキレてもいいかと思ったが、そんな自分の首を自分で絞める行為はやめておこうと考えた。

実際、客にキレてクビになった先輩がいたからな。

そのため俺は、この怒りを胸に秘めることにした。


「わかりました...では2LDKの物件で一番安いのを探しますね。」


「早くしてよ。」


ホームページの条件のところを打ち直し、再びパソコンを少女の方へ向ける。


「そうですね、2LDKとなりますとどんなに安くても20万円以上になってしまいますね。」


「なにそれ?あり得ないんですけど。うちらが前住んでたところは、2LDKでも10万円以内だったし。」


なんだその訳あり物件みたいな破格な値段。訳あり...。

俺はあることを思い出し、それを彼女に伝える。


「分かりました。一軒だけ10万円を少し超えてしまいますが、2LDKでご用意できると思います。」


「はぁ?あんたうちの話聞いてた?10万円以内って言ったよね。」


それを聞いた俺はにやけてしまった。

いまのが最後の忠告だとも知らずに...。


「そうですか、ではこちらから大家さんに話をしてみますね。」


そう言って大家さんに電話をかけると、すぐに大家は出た。

そして、俺らは少しもめているような芝居をしてから電話を切った。

きっと、あいつは今頃にやけてるんだろうな。

そんなことを考えると、俺までまたにやけてしまいそうになった。


「なんとか、9万円でOK出ました。」


そう言って、指でOKサインをする。


「さっさと、紹介してその物件。うちこの後彼氏とデートだから。」


「わかりました。こちらの物件実は訳ありとなっておりまして。」


「訳あり?どんな訳よ?」


俺はこそこそ話をするように右手でにやけている口元を隠し、少女の耳元でこう囁いた。


「以前、殺人事件が起きたことがあるんですよ。この部屋で。」


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