記憶の混乱

【個人居室】


先生:IDカードを落としたまま何処に行ったんでしょうか…

まだ寝てるんですか…?カードだけ戻しておきましょう。


(首にカードを掛けた途端、管理端末の警告が表示された。)


要診察…ですって?医務室連行ですね。


リエル:………?あれ…ここ………

お部屋じゃない…………?


先生:あ。リエル…お目覚め、ですか?


リエル:……!?(りえる…って誰……?)


(少し辺りを見渡しなにかに気づくと逃げ出した)


先生:リエル!?そんな体調で何処に行くつもりです!


(リエルは一瞬振り返ったがなにも答えず逃げてしまった)


先生:…なんでしょう、今の感じは…

暴走のそれとも違う、違和感…?


リエル:げほっ…はぁ…はぁ………

なんで…?何であの人、僕を…りえるって呼ぶの…………?(それにあの人……)


イド:………ん?誰か…走ってくる………!?


(相手は前を見ていなかったのかモロに正面衝突した)


うーいてて……り…リエルか?


リエル:……僕は……りえるじゃない………!


(足を縺れさせながら立ち上がると、また逃げ出そうとする)


イド:(リエル…じゃない…まさか……記憶が…?)


待てよ、サイ!

………サイ・ウェパール……だろ?


リエル:……………!僕のなまえ……

知ってる………の……?


(名を呼ばれた瞬間、彼の動きが止まった。おそるおそる振り返る)


イド:……ああ。知ってるさ。

一体…何をそんな慌てて…逃げている?


走りすぎてふらふらじゃないか。少し…落ち着いたらどうだ?


リエル:あ…………


(そのままうずくまってしまった。動けないようだ。)


知らない……ひと…知らない……場所………怖い…よ………!


イド:そうか。怖かったのか。怖いなら…俺が側に居てやる。だから、落ち着くまでゆっくりするといい…


(リエルは無言で頷くとしがみついた。)


(とりあえず…部屋戻るか。人目につくし……ん…?)おい…サイ?身体が暑いな。具合でも…悪いのか?


リエル:あの……ね…言わ………ないで…。

だいじょぶ…だから…………!


(言葉に反し身体は震えている)


イド:……そうか。わかった。(失念してたけどリエルは医者嫌いだっけな…。でも"あの記憶"は先生が掌握してるはずだが…)


(安心したのかリエルはそのまま眠ってしまったようだ。その間に部屋に連れ帰る。)


イド:(えーっと……管理システムは……?

予想通りか。素人目にも具合が悪いのはわかるからな。そういえば…なんでリエルは走ってたんだ?医務室とは逆方向だが…)


先生:ん…?…おや、知らぬ間にイドの所に。……手伝ってもらいましょうか。


イド:……?メッセージか。

(なになに…?調子の悪いままリエルが逃げたから……そのまま連れてこい……?移動中に起きたら厄介だからな…。

すまない、先生。下手に移動して起きたらまた逃げるかも知れない…そっと来てくれないか?内密に話がしたい…)


先生:さすがはイド。この様子では接触したうえで側に付き添ってるようで…伊達に守護者たりえた訳じゃないんですね…行きますか。


イド:うーん…寝かそうにも離れないな…

(まあ…無理にひっぺがして起きたら元も子もない。諦めるか。)


先生:……!(珍しい…あのリエルが抱き抱えられて…)


イド:………やあ、先生。すまない。


先生:いえ…こちらこそ。避けられてどうしようかと悩んでいたので、助かりましたよ。


イド:……一体、いつからこんな状態なんだ?色々変だが。


先生:今朝からですよ。昨日の夜中にカードを紛失して…明け方に戻しにいったら具合が悪いと出たもので。そのまま連れ帰って今に至ります。


イド:……ふーん。その様子じゃカード無くした時には既に調子悪かったんだろうな…なんとなくだが。


先生:そう…ですよね。記憶の混乱とは関連があるか分かりませんが…


イド:……記憶と言えば。単なる消失…じゃなさそうなんだよな。医者嫌いは確かにかつてのリエルだが……名前の拒絶なんか無かったし…何より。

俺になつくのは……妙、なんだよな。リエルの真名を読んだだけで大人しくなったけど…本来あり得ない。


先生:ふむ…現に今も抱きつかれてますもんね。そうとうなつかれてますね…


イド:寝かそうにも離れないから困るんだが……。


先生:…確かに一度しがみつかれると起きるまで離れませんもんね。…ちなみに名前の拒絶って…?


イド:そのままだよ。僕は……りえるじゃない…………そう言って、逃げ出そうとした。それに…真名を呼んだだけで名前も知らない筈の俺になついたし…


先生:なるほど…さっき感じた違和感はこれですか。しかし本当に…イドの記憶は無いんでしょうか?もしかするとイドの記憶だけ残ってたとか。


イド:逆…じゃないか?俺に関する記憶があったら…逃げただろう。なにせ…先生としょっちゅう一緒にいるんだ。

調子が悪いか聞いたときも、言わないでって頼まれたし…やっぱり記憶は無かったと思う。(いつも名前を呼ばれてるのに、今日に関しては一回も呼ばなかったし)


先生:うーん…とりあえずまとめましょうか…リエルの名の拒絶・私とイドの記憶の消失・トラウマの再燃…でしょうか。


イド:うーん…そうだな。

……聞こうと思ってたんだが、記憶の掌握システムって先生が管理してたよな?


先生:え、ええ…最近触ってないんですけどね。……もしかしてトラウマの再燃って…?


イド:それが一番可能性がある。医者嫌いに繋がるのは全て過去の記憶からだ。掌握されてたら少なくとも逃げることは無かったと思う。


先生:なるほど…?ちょっと…待ってて………ください。

……!?これは…何故?掌握される……記憶が…?


イド:………?待ってくれ、先生。下から2番目。それ……最近の記憶じゃないか。上も何個か…掌握解除されてやがる。


先生:それもそうなんですが…おかしい…ですね……?私の権限が"拒絶"されるんです。


イド:ど…どういう意味だ……?まさか……ハッキングか?


先生:まさか。外部システムとは連携してません。入り込むにも…外からはあり得ないでしょう。

なにせ…リエルの精神と直結させてるんですから。


イド:………ちょっと…貸してくれ。俺がやる。


先生:あ……はい。一応イドの権限も使えるはず…です。入ってみてください。


イド:……………これと…これを掌握。

んでこいつを…掌握解除。

……どう…だ?


……………よし。変わった……な?


先生:…なるほど。精神と直結させてたせい…ですか。(だとすれば、ある意味致命的なバグ…ですね。)


イド:……………?とりあえずこれでリエルは元に戻れるのか?


先生:…多分、大丈夫とは思いますけど。私は席を外すので……イドが直接確かめてくれませんか?逃げられても厄介ですし…


イド:……ああ。わかったけど……そもそも起きねーぞ、リエル。


先生:あ。具合が悪いの…失念してました。どこが悪いのか…知りませんか?


イド:うーん…身体が熱かった以外はわからん。リエルは話す気もなかったからな…


先生:そうですか。不本意ですが…解熱剤を打つので観察頼みますね。


イド:…ああ。わかった。


リエル:……ううっ……?

こ……ここ………どこ?


(そもそも……なんで…抱きついてるんだろ…?)


イド:……起きたか?


リエル:………イド…さん……


イド:………立てるか?リエル。


リエル:う…ん…………?

わっ…!?


(バランスを崩し倒れてしまった)


イド:(熱は多少治まった筈だが…マトモに立てない……か。)

先生に診てもらうか?説明できっか?


リエル:…うん。なんとか…


イド:(抵抗を示すそぶりは…ないか。)

わかった。背負うから一緒に行くぞ。


リエル:……あり………がとう…


イド:…先生。後は頼む。自分の意思で…来たから。


先生:お手数かけました、イド。えーっと……大丈夫ですか、リエル?


リエル:…あのね、ふらつく…

寒いし…カードも無くしちゃって動けなかったの…


先生:ええ、分かりました。とりあえず横になってください。(今日の記憶は…消えたようですね…)

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