不幸な事故

イド:そろそろ寝るからリエルに主導権を渡すかな…(どう足掻いても、俺では寝れない。そろそろ落ち着いてくれてると良いんだが……)


(意を決して主導権をリエルに託す。目覚めたリエルの身体は、恐怖からか小刻みに震えているようだ)


リエル:はぁ…どうしよう。怖いよう…

"あの人"が彼らと違うのは頭ではわかってる…なのに。身体が拒絶する…どうして…?


イド:(……妙、だな……リエル。

随分時間が経ってんのに…………?

うっ…!俺としたことが……やっちまった…リエルが怯えて当然じゃねえか…)


(イドはリエルのフラッシュバックを見て愕然とした。呆然としている間に主導権が無理矢理イドに戻る。)


イド:……どうしたもんかねぇ。

記憶の掌握はしてやるが…難しいんじゃねえか?


【記憶概要】

キスレブ総統府地下・実験エリア


数名の科学者に注射や実験を強いられている…(そのなかにソラリスの別の医師の姿があった)。

だが監禁されるでもなく、マニュアルをこなした後、またD区画に戻される。

【イド発露の2年前の出来事である。】


(リエルを寝かせるのを諦めたイドは、そのまま先生の居る医務室を訪れた)


イド:先生…ちょっといいか?


先生:おや?こんな時間にどうしたんですか、イド君?もう夜は遅いですよ。


イド:さっきな…リエルの欠けていた記憶を見てきた。

実験の最中…ソラリスの医者があの場に居た。恐らく…原因はそいつだ。先生の事をソイツの仲間と認知してる可能性がある。

ずっと違うと己に言い聞かせてたが…な。


先生:…………なるほど。

(あれに関わってそうな人は…スタイン、ですけど…)地上担当の者ですか、彼はそもそも医師では無いんですけどね。


イド:え。違うのか…?あくまでリエルの思い込みだから仕方ねえか…

完全に思い出せたから俺が記憶を掌握できるが…それでも慣れるのは難しいだろうな。


先生:思い出せなくても恐怖は残るでしょうね。(フラッシュバックを完全に防げるなら多少はやり易い気もしますが…)


イド:……そうだ、先生。何でもいい、眠れそうな薬貰えねーか?

リエルが引っ込んで出てこねえから、俺じゃ眠れねえんだ。


先生:……え?眠れないんですか?

いつぞやの時はよく眠れてたので大丈夫なのかと思ってたんですが。


イド:あ、ああ…あれはエーテルの使いすぎで動けなかったようなもんだ。

俺が主導権を握ってる間は回りが気になって安心できねえからおちおち眠れねえよ。


先生:(それは……無意識に安心してた、と言ったら怒るでしょうか。)


イド:……?(今…先生の考えが読めた。

精神感応……か。本当に通じることがあるなんて思わなかった。実験の負の遺産…いや副産物、だな。)


先生:…どうぞ。そもそも睡眠導入剤(薬)は効くんですか?エーテルのお陰か結構無理が効いてると言いますか…あの熱で動き回ってたので不思議です。


イド:さあ……俺は飲んだことはねえけど…


先生:本音を言うなら効かないと分かっている薬を飲むのはオススメ出来ませんねぇ。

今回はお試しで処方しますが…

ダメそうなら次は別の方法も考えた方がいいと思いますよ。

(もしかして、あの日は休む間が無かっただけではなく、イドが主導権を握っていたから……?)


イド:ああ…そうする。(案外便利だな、精神感応。本音も筒抜けだ。逆に読まれたらやべぇが)


先生:(最悪薬が効かなかったら…またエーテルガードで押さえた方が良いのでしょうか。いえ…動きは封じられても肝心の意識があれば意味がないような…)


(イドは居室に戻ると、薬を服用する。寝床に横たわりしばらく目を閉じているが…)


<30分後>


イド:効かねえ……か。身体が重くなったが意識が飛ぶことはない。失敗したな…(まだ、眠るという感覚が上手く理解できないな)


ダメ元でやってみっか……リエル…起きろ…


(主導権を渡してみる)


リエル:……うっ…凄く…ねむ………い?


(イドの目論み通り、リエルが主導権を握った瞬間見事に堕ちたようだ)


先生:おや…ようやく眠れたようですね。


(手元の端末にはリエルの名前と休息中の表示が出ている)


しかし…やはりイドに薬の類いは効かないようですね。困りました。


リエル:ううん…


(夜が明けて、リエルは目が醒めたようだ。)


あれ…何か忘れちゃったような…

わかんないけど、とりあえず出掛けよ…お腹空いたし。


先生:(おや…リエルですね。掌握の効果が出たのか、試しに接触してみましょう。)リエル、おはようございます。


リエル:えっと…おはよう…ござい…ます?

(どういう意味なんだろう…?)


先生:(ぼんやりしてるのはいつもの事、なんでしょうか…?とりあえず拒絶されないのは助かりますね。)どこかへお出かけですか?


リエル:あのね、お腹が空いたから…お出掛けするけど、場所がわからないんだ…どこだっけ……?


先生:食堂ですかね?一階に降りて右手にありますよ。


リエル:あのね、ありがとう。


(一礼するとそのまま走っていったが、先生の指示した方角とは逆方向だ…)


先生:あちゃー…そっちは逆なんですけど…もしかして……方向音痴、なのでしょうか?

いや…よく考えれば普段イド君に任せているから一人で歩いたことが無いのかも知れませんね…


リエル:………あれ…ここどこ…?そもそもどっちから来たっけ…


(突然後ろから誰かに刺されたようだ。そのまま倒れてしまい、主導権がイドに移る。)


イド:は……?な、なんだ?


(慌てて辺りを見渡すが人は居ない。身体を起こすと背中に鈍痛が走る)


この痛み、や…やべぇな…!とりあえず戻るか…


先生:あれ?イド君…。さては…見かねて出てきたんですかね。


(その時、イドの様子がおかしいことに気付く。端末を見ると異常表示が出ている)


イド:せ……先生…すまん。リエルが……何者かに刺された……!顔は…見れなかった。


先生:何ですって?


(イドの背中には深々とナイフが刺さっている。だが幸いにも急所はそれているようだ。)


とりあえず私の部屋に行きましょうか。


(先生はイドを抱えあげると走っていった。途中、堪えきれずに血を吐いた様子を見て焦りそうになる)


先生:少し傷が深いですね…薬が効かない以上、あまり下手に弄れませんし…(想定していた、最悪の事態になってしまいましたね)


イド:か…構わねえ…!身体は何を打っても動くが…やってくれ!


先生:分かりました。しかし…身体が動くのは危険ですから、最悪エーテルガードを使わせてもらいますよ。


(イドは無言で頷く。そもそも動く気も無いようだ)


<一時間後>


(粗方処置は済んだようだ。薬が効いたのか、我慢のお陰か、エーテルガードを使う必要もなかった。)


先生:危なかった、ですね…少しそれていたら致命傷になりかねないですよ…


一体誰が刺したのか、内部の人間ならシステムログが残ってますかね…


(端末を操作している。どうやら交戦履歴を見ているようだ)


交戦場所【旧棟 個人居室前廊下】

対戦相手【エレハイム・ヴァンホーテン少尉】


警告:数名の職員が負傷。いずれもエレハイム・ヴァンホーテン少尉が関与。


イド:……(何を…調べて……?)


先生:これはまずいですね…"ドライブ"の副作用、でしょうか。確か今日は実験だったはず。


(端末を置いて出ていってしまった先生。イドはその端末に表示された情報に目を通している)


イド:交戦…記録……?刺したのは…こいつか…。


エーテルガードは…されてないな。しかし…"ドライブ"って何だ…?

色々確かめてぇが…深手を負った今の俺じゃ…たどり着く前にリエルの身体が力尽きそうだ…


先生:あ。イド君にエーテルガードを付けるのを失念していました…!(もし、あの情報を見て抜け出してしまったら……)

端末を置いてきてしまったので確かめようも無いんですね。取り急ぎエリィの身柄確保を急ぎましょう。


(イドは何をするでもなく端末を眺めている。しばらくしてエリィと先生が交戦し、取り押さえた旨の表示が出た。


先生がエリィに脱ドライブ薬を投与する。そのまま意識を失った彼女を医務室に連れて帰った。)


イド:……(あいつか…エレハイム・ヴァンホーテンってのは…見た目によらずとんでもねえ奴だな)


先生:良かった…イド君。端末を見て出ていってしまったかと冷や汗をかきましたよ。

事情は後で説明しますが…彼女への手出しは無用ですよ。


イド:先生がそう言うのなら。しかし…今度襲って来たら容赦できねえぞ。


(軽く舌打ちするとそっぽ向いてしまう。)


先生:協力、感謝します…イド君。

(やはり少しは気を許してくれたのでしょうか…?)


イド:(そんなつもりはねえが…まあ、少しは……許しても良いのかも知れねえ。)


先生:(脱ドライブ薬でようやく落ち着いたようですね。ドライブの投与は実力者の付き添いが必要だとカールに進言しましょうか…)


エリィ:あ…こ、ここは…私…なんて事を…


先生:よかった…気がついたようですね、エリィ。脱ドライブ薬を投与したのでもう大丈夫だとは思いますが…


エリィ:あ……あの…皆さん、無事…なんですか?


(先程の自分の行動を思い出し震えている)


先生:幸い、死者は居ませんよ。重傷者1名、軽傷者5名です。


エリィ:……すみません…ご迷惑をおかけして…


先生:大丈夫です。原因はドライブの濃度が高過ぎたのでしょう…しばらくは使わないように。良いですね?


エリィ:……分かりました…


(二人のやり取りをよそに、無言でベッドから降りるイド。)


先生:や、イド君…どちらに?


イド:ちょいと…用を足してくる。


(エリィには目もくれずそのまま出ていった)


エリィ:あ…あの人…まさか……?


先生:…?どうしました、エリィ?


エリィ:……い…いえ、何でも…ありません…(似ているけど…同じ人なのかしら…?聞くのが…怖い…)


先生:(薄々勘づいているようですね。私から敢えて言う必要は…無いでしょう。当人どうしに任せますか。)


(用を足したイドが戸の影で会話を聞いている。)


イド:(もしかしてあの女、勘づいたか?なら突っ込んで来るのか…面倒だな。)


先生:ちょっと私は席を外しますね。何かあれば呼んで下さい。


(先生と入れ替わるようにイドが戻ってきた。顔を背けたまま寝転んだ)


エリィ:あ……あの。その背中の傷って…


イド:あ?……これがどうした?


エリィ:すみません…私の…せい、なんですよね…?


イド:………ふん。シラフじゃなかったんだろ。なら今回は許す。

但し……次はねえぞ。シラフだろうがラリってようがぶちのめすからな。分かったらとっとと寝させろ。


(本心を言えば今すぐぶちのめしてえが…先生に頼まれた以上、義理は守る。精々正気を保ちやがれ。)


(エリィは朝になって静かに医務室を後にした。)


先生:イド君、起きてますか?


イド:……ああ。どうした先生?


先生:彼女への手出し無用…守ってくれてありがとうございます。


イド:……何度でも言うが、次はねえ。義理は果たしたぞ。


先生:それで十分ですよ。


イド:さて……聞かせてもらおうか。奴の暴走の原因…"ドライブ"だっけか?なんなんだ?


先生:戦意高揚剤。読んで字のごとくですが…戦闘で負けそうになったとき、戦う意志が無いけど戦う必要に迫られている…

その時に服用する薬です。

今回は薬の濃度を変える実験だったようです。


イド:野暮なこと聞くが…何のために?無理矢理戦う必要なんか…


先生:彼女は……戦闘部隊に所属しています。時に落とせない戦いに向かう必要が少なからずあるんです。

当たり前ですが薬ですので不要不急の時は服用を禁止していますが。


イド:そう…か。(流石に無差別にテロするような危ねえ薬、普段から使ってりゃヤバいわな…)


先生:……しかし、眠れないのは分かりますが、もう少し休んだ方が良いですよ。血が減って貧血気味なんですから。


イド:…そうだったな…


(二人きりになったせいか、緊張が解けたようにあっさりと眠ってしまった)


先生:……(しかしまあ…今回の件でリエルにトラウマを植え付けてしまったのでは無いでしょうか…万にひとつ有るか無いかの事故、でしたし。)

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