〈幕間〉友情の魔術

 

 少年の名は――すめらぎひび

 響希は皇家と呼ばれる魔術師の家系にて産まれた。

 正直な所、響希は魔術など然程興味も無かった。

 響希にとって魔術とは、産まれた時から当たり前にあるものであり、一般者にとっては、当たり前に無かったもの。

 両親からは絶対に口外禁止と強く釘を刺されていたが、所詮クラスメイトに言ったところで馬鹿にされるのがオチだった。

 だが響希にとってそれは憶測でなく、経験談でもあった。

 響希は小学一年生なってすぐの時、一度だけクラスメイトに魔術のことを話してしまったからだ。

『僕の母さんと父さんは魔術が使えるんだよ。凄いでしょう?』と自慢気に。

 一年生とは言え、流石にそれが冗談の類だと誰もが無意識的に思っている。

 ――この世に魔法、魔術などある訳が無い、と。

 響希は同級生達に馬鹿にされ、悔しくて泣いていた。

 だって自分はそれを証明する魔術が使えない。それならと、皆を皇邸に連れて両親に魔術を見せてもらえばいいと思った。

 そして同級生達を連れて行った結果、母である響子に滅茶苦茶怒られた。

 響子は皆に謝り、魔術なんて無い。響希は友達が欲しかっただけなの……と嘘をついた。

 嘘をついて同級生達にいい顔をする。世間一般の子供達にはよくあることだ。

 響希は悔しくて魔術を教えてくれと両親に頼みこんだ。だが今は駄目だと断られた。そうして響希は、魔術が少し嫌いになった。

 普通、魔術師の家系は幼少期より魔術の才能を育む為に、訓練を開始するのが殆どだ。

 しかし皇の家系は、基本的に十二歳まで子供に魔術を教えない。響希がその理由を知るのはもっと後のことだった。


 響希が小学四年生になった頃、一人の転校生がやってきた。名前は翔太君。

 翔太君は中性的な顔たちで髪もサラサラのせいか、女の子にも見えた。

 普段から大人しい性格で、女子には気に入られるが、男子にはあまりいい顔をされなかった。

 響希も特別仲良くしようとは思わなかったし、よくいる転校生くらいの感覚だった。

 そして担任の先生は、翔太君の席を響希の後ろの席に決めた。最初はプリントを渡したりするだけだった。翔太君も終始大人しいから響希も特に喋ることもなかった。休み時間は翔太君の席に女子が駆けつけることも多かった。

 響希は休み時間になれば自由帳に魔術の詠唱を書いたり、親が置き忘れた本を勝手に盗み、魔法陣を見様見真似で模写したりするだけ。

 姉の月歌が一人暮らしで居なくなる前にこっそりと教えてくれたのだが、いまいち使い方が分からなかった。

 そんなある日だった。

 クラスメイトのガキ大将が響希の自由帳を奪い取って、皆に見せびらかしたのだ。

『おい皆、こいつ一人で魔術ごっこしてるぞ! ダセェ~』

 ガキ大将に合わせてクラスの皆がゲラゲラと馬鹿にするように嗤った。

 返してと言っても返してくれなかった。響希は怒ってガキ大将のよく出たお腹に飛び蹴りした。

 ガキ大将は響希よりもずっと体格がよかった。街の空手道場にも通っているらしく、すぐに響希はボコボコにされた。

 そんな時だった――。

 あの大人しくて軟弱そうな翔太君が、何処から持って来たのかバケツを一杯水に溜めてガキ大将にぶっかけたのだった。

 ガキ大将と響希の自由帳は、びしょびしょになった。

 そこで担任の先生が入ってきて、何故誰も止めないのかとクラスの皆怒られた。

 そしてその日の帰り道。

「あ、あの、助けてくれてありがとう」

 響希は翔太君の後を追いかけて、感謝の気持ちを伝えた。

「う、うん……それより、ごめんね」

「え? なんで謝るの?」

「だって……キミの大切な自由帳……僕が濡らしちゃったから」

 翔太君は、今にも泣き出しそうな顔をした。

「そんなこと気にしないで。それに僕すっごく嬉しかったんだから!」

「え⁉ どうして?」

「だって僕のために、あのデブに水掛けてくれたんでしょう?」

 翔太君は恥ずかしそうに顔を赤らめ、コクリと頷く。

「だって見たー? あの時のデブの顔?」

「う、うん……」

「口をパクパクさせて魚みたいだったよねー。ざまあみろってんだ!」

 何故か響希がフフンと腰に手をあて、自慢気だった。

「ダ、ダメだよ……そんなこと言っちゃ……」

 互いに顔を見合わせる。二人共、肩を震わせている。

 堪え切れなくなった二人は、笑いあった。

「ハァハァ……僕のこと響希って」

「もう知ってる」

「え」

「だって席、前だし……」

「それもそっか。宜しく、翔太君」

「うん、響希君……それよりさ一つ聞いていい?」

「どうしたの?」

「響希君が書いてた自由帳って、魔法の勉強とかしてるの?」

 響希はどう答えていいか分からず、口ごもってしまう。

「…………え、えっと……漫画に出てくるやつのマネだよ……」

「そ、そうなんだ……」

「うん」

 翔太君は酷く落ち込んだ様子だった。

「どうしたの翔太君……」

「え、うんん。なんでもないよ……」

「言ってよ!」

「え……えっと、馬鹿にしない……?」

「うん! だってもう僕たち友達だよ! 馬鹿にするもんか!」

「と、友達……うん。そう、だよね。響希君がね、本物の魔法使いだったら凄いなあって、その自由帳見た時からずっと思ってたから」

「え……いつから知ってたの?」

「転校したその日からだよ」

「えぇぇえええ⁉」

「すごい難しい言葉とか、上手な絵とか書いてあるから、意味はよく分からかったけど響希君は本物の魔法使いかもしれないって思った」

「そ、そうなんだ……そんな最初からバレてたんだ……」

「でも違うんだよね……」

 楽しみにしていたおやつを取られたように、心底残念そうな翔太君。

「あ、あのさ」

「うん? どうしたの?」

「ば、馬鹿にしない……?」

「え、う、うん。よく分からないけどさっき響希君が友達だから馬鹿にしないって自分で言ってたよね」

「あ、そういえばそうだった⁉」

「で、どうしたの?」

「あ、うん。その……魔法っていうか魔術なんだけど、実は僕の母さんや父さんや姉さんや祖母ちゃんとか皆、魔術が使えるんだ。僕は使えないけど……だから今の所は練習中……」

 響希は恥ずかしそうに、ちらっと翔太君を見た。

 翔太君は花が咲いたような、嬉しそうな笑顔で響希の肩を掴んだ。

「ほら! ほら! 僕の思った通りだったんだ! 凄いね、凄いよ響希君‼」

 響希が今までに見たことないくらい翔太君は興奮していた。きっとクラスの皆が見たらもっと驚くだろう。

「し、信じてくれるの?」

「当たり前だよ! え~いいなあ~かっこいな~。今度僕にも教えて欲しいなあ~」

 翔太君は両手を合わせ、一人別世界にふけっている。

「い、いいけど……いいの? 僕魔術使えないんだよ。本当に信じるの? それに魔術って言っても詠唱を覚えたり、魔法陣の描き方くらいしか僕も教えられないけど」

「信じるに決まってよ! 詠唱? 魔法陣? 凄い、凄いね! 僕の好きな本と一緒だよ!」

「そ、そうなんだ……」

 もはや響希の方が気圧されてしまっていた。

 二人はこうして、いつも一緒に時を過ごすようになっていく……。

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