4-11 JKと蛇と魔眼(上)
月歌が舞咲おひさま学園に辿り着く一時間半前のこと。
皇恵子は魔術機関東京支部のある一室に、制服姿の少女を連れてやって来ていた。
巨大な地下迷宮の中でも、更に奥の位置に存在するその部屋へと向かう少女は、戸惑いの表情を浮かべていた。
横長の廊下にはレッドカーペットが敷かれ、照明も薄暗く、蠟燭のようなオレンジ色の明かりが一定間隔に置かれているだけであった。
「ヒッヒッヒ。不安かえ?」
「まあ……少しだけ。なんか不気味だし。それに機関が地下にあるなんて思いもしなかったけど」
「そういもんかね」
恵子は杖を突きながらゆっくりと歩く。少しして、杖を突く音が止まった。
「ここじゃ。リアーナ」
リアーナと呼ばれた少女の名は、宮下・リアーナ。
現在、十八歳のリアーナは、一般の公立高校に通う高校三年生だ。
二日前に魔術師である両親を亡くした一人娘でもある。正確には、一人だが。
その件で訪ねてきた特殊犯罪部門の皇月歌に襲い掛かかり、気切させられた。置手紙の番号に渋々電話してみたら、向かいの者を寄こすと言われ、何故かボコボコにされた奴のおばあちゃんが来たという。
そうして現在、金のプレートで【所長室】と書かれた部屋の前にいる。
「失礼するよ」
コンコンと扉を杖で叩いた。
中から「どうぞ」と男性の落ち着いた声が聞こえてくる。
恵子に続いてリアーナも所長室に足を踏み入れた。
中央には、木材が漆黒塗りされた重厚感漂うデスクが置かれている。
「お久しぶりです。恵子さん」
落ち着いた声で迎えるのは、白いロングコートを身に纏う男だった。
長く腰まで伸びた銀髪に、整えられた眉、白い肌には髭一つ見当たらない。見た目は三十代前半くらいだろうか。
手に嵌める白い手袋には、染み一つない。
如何にも少し変わった上級紳士かぶれにも見える。
何よりも右目に黄緑色の瞳を、左目には日本人特有の薄茶色の瞳という、所謂オッドアイだ。テレビで見るのと違い、いざ目の前にすると結構気味が悪いんだな――と、リアーナは内心で思った。
「そちらにお座り下さい」
男の隣にいた如何にも美人秘書染みたスーツ姿の女性が、応接ソファーに案内する。
流れるように胸元辺りまで伸びた金糸の髪はブロンド。顔たちは美形でドイツ系アメリカ人のようにも見える。完璧な容姿に一つ、違和感を挙げるとすれば、左目に眼帯を付けていることだった。
恵子とリアーナは、高級ソファーに腰を掛ける。
そして男の方も、腰を降ろす。
「初めましてミスリアーナ。私は魔術機関東京支部で所長を務める
そう言って白道院は、名刺を差し出した。
「どうも。宮下リアーナ……って言います」
白道院の妙な雰囲気にリアーナは、たどたどしく自己紹介する。事前に恵子から一応偉い人だから失礼のないようにと言われてはいた。
「今回のご両親の一件、お悔やみ申し上げます。宮下夫妻はとても優秀な方達でした。東京支部にとっても……」
そこでリアーナは、手を挙げて「そういうのいいですから」と厳し気な口調で制止させる。
建前が嫌いなリアーナは、つい癖でやってしまったと、恵子を見たが、特に気にする素振りもなかった。
「おや、失礼しましたミスリアーナ」
ちょうどそのタイミングで、ブロンドの女が紅茶を三人分テーブルに置いた。
それを皮切りに、恵子が手に持って離さない黒い杖でテーブルの側面を軽く叩いた。
「そちらは随分とお綺麗な秘書さんだ」
恵子は少し離れた場所で佇むブロンドの女性を、顎でしゃくって見せた。
「ああ、彼女はそうですね……そういう感じです」
どこかぎこちない言い方をする白道院を見た恵子は、口元をニヤリとさせた。
「まさかただの愛人じゃなかろうて。えぇ小童よ」
白道院はばつが悪そうに頬を人差し指でかいた後、軽く仕切り直すように咳払いをする。
「では、早速ですが本題に入りましょう。ミスリアーナをNY支部に所属させる事について、理由をお聞かせください」
恵子は流し目でブロンドの女を見やり、女は視線を感じてはいるものの動じず天井を見続けていた。
「本人が故郷の国に帰りたがっての希望じゃよ。それに日本では嫌な記憶を思い出してしまうじゃろうしのう。ほれ、心機一転という言葉があるじゃろうて」
「なるほど。それがミスリアーナの心情を汲むとしてなら、私も賛同です」
白道院は一度、紅茶の入ったカップに口元を触れさせた。
「ですが」
カップをソーサーに戻し、怪しげな低声でこう告げる。
「本当にそれだけでしょうか」
リアーナは不覚にもびくっとしてしまった。白道院の右目にある黄緑色の瞳に吸い込まれそうな感覚だった。
「ヒッヒッヒ。相変わらず疑り深いのう。その内部下からも見捨てられんように気を付けるんじゃな」
「ハハ、それはご心配なく。疑り深い性格は生まれつき故」
「そうかい。なら本人に直接聞いてみたらどうじゃ、ええリアーナよ」
突然、話を振られたリアーナは、何を言っていいか分からず、情けなくも首を縦に二回振ることしか出来なかった。
白道院は、ジッとリアーナの瞳を見つめる。リアーナはゴクリと唾を呑む。
「そうですか……是非内としては東京支部に来て頂きたいと思ってはいましたが、それでは仕方ありませんね」
以外にもあっさりと事の成りを受け止めた白道院は、再度紅茶を啜った。
リアーナは安堵したのか、無意識のうちに赤毛が混じった橙色の髪先を軽く詰っていた。
「それで、もうNY支部の所長には連絡済みという事ですね」
「そうじゃ。既に手続きも済んでおる」
「ほう……随分と面倒見がいいですね恵子さん。あなたが身内でもない他人にここまでするとは、どうしても気になってしまいますね……」
「老い耄れの気まぐれじゃ。それに可愛い孫がリアーナに随分と酷い事をしたらしいからの……」
リアーナは少し罪悪感に見舞われながら紅茶を啜っていた。
「では老い耄れからも一つ聞きたいことがある」
そこで恵子のいつものしわがれた声の語尾が強くなった。
「……何なりと、私に答えられる範囲でお答えします」
「的外れなことじゃったらすまんがのう。白道院……お前さん、まさかとは思うが、ひょっとして火焔の魔女に一枚噛んでおらんか?」
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