1-3 皇邸にて、パーティー&聖遺物
二階にある食堂の扉を開けようした月歌は、宮田に止められた。
「月歌様、ここは私、宮田が開けさせて貰います」
「そんな、別にいいのに……」
「では、お入りください」
宮田が開けてくれた扉を進もうとした時、月歌は大勢の人がいる事に驚いた。
「え」
『月歌 《ちゃん》《様》。お誕生日おめでとう~《ございます》』
「えぇええええ⁉」
パァアアアンンとクラッカーの音が食堂内で高らかに響き渡る。
月歌は余りの驚きに目を白黒させ、宮田は後ろで再び大号泣。
「な、何で
「はい、月歌ちゃんこれ。十九歳の誕生日プレゼント。大事にしてね」
雪愛は、細長い赤い箱を月歌に渡した。
箱は誕生日仕様なのか、金のリボンで綺麗に装飾が施されている。
「あ、ありがとうございます……雪愛さん。大事にします……嬉しいです。でも、何処で私の誕生日を」
「いいえ。喜んでもらえて良かった~。あ、それよりも、大変だったんだからね。月歌ちゃんがこの特殊犯罪部門に配属されたのが今年の三月でしょ~。
三ヶ月も一緒にいるのに私、月歌ちゃんの誕生日知らない。どうしようと思って響子隊長に聞いたのが、五月末。
そしたら六月八日だっていうから大慌てで、このパーティーをしようってなったの」
「当たり前だろ月歌。この出夢先輩はそれくらいのイデッ」
「この人は今日のお昼、一緒に月歌ちゃんのケーキ予約してるの忘れて、更にパーティーがあるのすら忘れる最低な先輩だから気にしないでね月歌ちゃん」
雪愛はこめかみに青筋を浮かべながらヒールのかかとを、出夢の足にぐりぐりと押しつけている。
雪愛は青系で統一したドレス。出夢もタキシードを着ていて、使用人はいつも通りの制服だが、月歌は少しだけ自分の服装が恥ずかしくなった。
「月歌。おめでとうさん」
宮田の後ろから老婆のようなしわがれた声が聞こえくる。
月歌はそれが直ぐに誰の声か気付いた。
その者はコン、コンと黒の鱗模様で加工された杖を突きながら、月歌の方へとやって来る。
黒とは反対に両手には、染み一つない真っ白なシルクの手袋。
整えられた美形の中にある鼻筋はすらっとしており、歳と共に垂れた目元と口元、額に刻まれた皺から長寿の貫禄が伺える。
清潔感のある白髪を後ろで纏め、外套には、黒のトレンチコートの前を締めたスタイリッシュなスタイル。
足元には金の装飾が所々に施された黒革のブーツを履いており、耳元には最高級のダイヤモンドピアス。
その姿は、ロンドン貴族の紳士に負けず劣らずの品格を漂わせていた。
老女の名は
皇響子の母であり、御年で六十二歳になる恵子は、魔術機関の中でも一番の危険性と人口が所属する『精鋭部門』の最前線で、最も活躍した魔術師の一人である。
現在は魔術機関 東京支部『特殊犯罪部門』のサポートメンバーとして、娘の響子を支える為に時々、任務にも参加するが、基本的には前線から退いている。
「恵子さんこんばんは~」
「恵子さんお邪魔してまーす」
雪愛と出夢は、軽く挨拶をする。
続けて食堂にいた使用人が、一斉に頭を下げようとするのを先読みしてか、先に手を掲げ、それが必要ないという合図になり、パーティーは再会する。
「恵子さん。ありがとうございます」
「月歌。こんな時くらいお婆ちゃんと言っておくれと何度も言っておろうに」
「ハハ。そいつは無理もねぇよ、恵子さん。流石に俺だって自分の婆ちゃんが元とはいえ、あの九天階位で『元老』だったと知った日には、どう対応したらいいか分かりやしねぇ」
【世界九天階位】それは世界七カ国に存在する魔術機関の中から与えられる名誉称号、地位を表す位階。そもそも選ばれるだけで奇跡に等しいレベルなのだが、日本人から選ばれるとなると相当なレアケースである。
「そういうもんかねぇ」
恵子はククッと怪し気に微笑を湛えた。
「あぁ……けど内にはその天階位持ちが他にもいるって事が俺は一番おっかねぇよ恵子さん……」
「出夢よ、お主も災難な奴じゃ」
「みんな~お話は一旦その辺にして、先に乾杯しましょう~」
いつの間にか雪愛は使用人と共に、全員分のグラスをテーブルに用意していた。
「月歌ちゃんはオレンジジュースね。はい、どうぞ。フフッ、来年は一緒にお酒飲もうね~」
「そうだな月歌! この出夢先輩が二十歳になったら大人の嗜みって奴をイデッ」
「月歌ちゃんに手ぇ出したら本気で殺すから」
「雪愛……何でそんなマジに犯罪者を見るような目で俺を……」
いつの間にか月歌は、微笑みを零している自分に少し驚いていた。
乾杯の音頭は雪愛が取り、食事はバイキング形式で、使用人を含め総勢二十人以上が食堂で談笑などを交わしていた。
普段から皇邸では、使用人も主人たちと共に食事を取ることになっている。勿論、仕事や予定次第で、多少のずれは生じるが、これは主である響子が決めた方針でもあった。
パーティーが始まって十分後には、髭を綺麗に整えた三十代のダンディー紳士が、食堂に入り、月歌に声を掛けてきた。
「やぁ月歌」
「……お父様」
『お帰りなさいませ、ご主人様』
使用人の皆が一斉に頭を下げた。
皇家準当主様であり、妻は皇響子。
勿論、正希も魔術機関 東京支部に所属する魔術師だ。
所属部門は『事務管理部門』という言葉の通りの部門である。
正希は元々、中流魔術師の家系に生まれ、皇家という一大家系に婿入り婚という形で結ばれた。
正希は皆に向けるように手を軽く挙げ「続けて」と促した。
「これは私からのプレゼントだ。煮るなり焼くなり売るなり好きに使ってくれていい」
正希が胸ポケットから取り出したのは、小さい鉄の塊だった。所々に尖りや凹凸が見える。
「? これは……?」
この何の変哲もない鉄の塊は、工事現場などで一つや二つ落ちていてもおかしくない鉄屑に思えて、月歌は首を傾げる。
「あぁ……これはね、『考古学部門』の知り合いから譲り受けたモノだよ」
堂々と娘の誕生日に鉄屑を渡す父親は、普通の家系からすれば最低でしかないだろう。
だが月歌には父親の言葉を聞いて、鉄屑を持った手に軽く汗ばむのを感じた。
「え……それって、凄い貴重な代物じゃ……」
正希はハニカムような照れ笑いを見せ、整えられた髭を詰る。
「これは聖遺物だからね。売れば相当な代物だよ」
「そんな! 売るなんてとんでもない。でもどうして、こんな貴重な代物を私なんかに……」
「謙遜なんてしないでくれ。月歌は私と響子の大事な娘だからね」
「……はい。けど、一つだけ聞いてもいいですか?」
「ああ、どうしたんだい?」
「いくら私の誕生日だからと言っても、流石にこんな貴重な代物をどうして?」
正希は少し困ったような表情を見せる。
「そこは娘として素直に受け取っておくものだよ……と言っても君は賢いから納得しないのも理解している。
「そう、だったんですか……」
「というのは後付けであって実のところ月歌が二十歳の誕生日に渡そうと、私の
今までに抱いた事の無い感情に月歌は、どうしていいか分からず鉄屑をパーカーのポケットに閉まった。
「それに私の手元にあっても何の必要もないからね。
「はい、ありがとうございます」
微笑を湛えながら正希は、使用人達の元へと向かって行く。
月歌はその後ろ姿に、暫く頭を下げ続けた。
「あ」と正希は首だけ曲げるように振り返り。
「そうだった……一番大事な事を言い忘れていたよ」
「―――【
「え……」
「それからお誕生日おめでとう月歌。今日はゆっくりと楽しみなさい」
もう一度、月歌は深く頭を下げた。
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