1-6 お泊り会


 テラスと同時刻、月歌の自室にて。

「あぁ〜また負けた〜。グヌヌ……もう、月歌ちゃん少しは手加減してよ〜」

 雪愛は、残った二枚のトランプを見せるようにポンと放り投げた。

 その内の一枚はジョーカーである。

「雪愛さんは一々顔に出るから弱いだけです」

「もう〜月歌ちゃん大人気ない!」

 プンプンと言わんばかりに雪愛は頬を膨らませる。

 それを見た月歌は、私より年上なのだけど……と思ったが、これ以上何かを言うと泣きだしかねないと判断し、黙っておく事にする。

「あ、もうすぐ日付が変わっちゃうね。私達もそろそろ寝なきゃ」

「そうですね」

 人が五、六人は寝れそうな大きなベットに二人は向かう。

「もう……響希ったら」

 月歌はベットの真ん中で気持ち良さそうにスヤスヤと眠る響希のお腹辺りの服が捲れているのを直してあげ、掛け布団を被せる。

「ふふふ。月歌ちゃんもお家ではお姉さんなのね」

 雪愛は二人の光景を微笑ましく眺めて、自分もベットに入った。

「雪愛さん、電気消しますよ」

「うん、お休み月歌ちゃん」

「はい、お休みなさい」

 約二十畳ほどある、女の子さ皆無の簡素な部屋が一瞬で真っ暗になる。

 唯一の明かりは、部屋の窓から差し込む、新月と星の微かな光のみで、窓際に置かれている変な顔したウサギ(ウサゴン)のぬいぐるみが、より一層奇妙に見えた。

 響希がベッドの中心で大の字姿で占領してしまっているので、自然と二人は響希を挟むような配置で眠ることに。

 明かりを決して五分経った頃。

「ねぇ月歌ちゃん……まだ起きてる?」

「………はい、起きてますけど」

「なんか月歌ちゃんの部屋ってホテルの客室より大きいし、旅行の時みたいでドキドキするね」

「そうなんですか? 私はあまりそういう気持ちにはなれませんが。眠れませんか?」

「うん、少し。ねぇ月歌ちゃん、何かお話して」

「えっ、えぇ……私そういうの苦手なんです」

「じゃあ聞いて聞いて。私に何でも聞いて?」

「えぇ……私そういうのも苦手なんです」

「もう! それ全部だよ! 早く早く、私の事知りたくないの? 知りたいよね?」

「えぇ……そうですね……うーん」

 これといって何かいい感じの質問も大して思いつかない月歌は、必死に雪愛の事や特殊犯罪部門周りの事を考えてみる。

「あ⁉」

「どうしたの? 見つかった? 私の気になる所?」

「いえ、雪愛さんの事では無いのですが、特殊犯罪部門についてなら、少し」

「ヒドいヒドい! 私の事なんて月歌ちゃんはどうでもいいんだ。そうなんだ……私は月歌ちゃんの事がとっても大好きなのに……」

「ち、違います。誤解です雪愛さん」

「う、うぅ……本当?」

「はい、本当です」

「私の事好き?」

「はい。少なくとも嫌いではないです」

「……嫌いでは無いって、好きじゃないってことじゃん。う、うぅ、ううぅ、あぁあああんん!」

 鬼畜月歌ちゃんだ、鬼畜月歌ちゃんだ、と雪愛は泣き喚く。

 少し、いやかなり面倒くさいと思った月歌はとにかく早くこの二十二歳児を大人しくさせないといけないと思った。

「雪愛さんの事は、私も……その、好き……ですよ」

「えっ……」

 自分で言って後からじわじわと全身が熱くなった月歌は、慌てて話題を逸らすように喋る。

「そ、それよりも! 雪愛さんっていつから特殊犯罪部門に在籍しているんですか?」

「あ、そうだよね。月歌ちゃんはそういうの知らないんだよね。えーと、確か今年でもう五年……もう五年も経つんだ~。そうそう、ちょうど私が十七歳の時からだね」

「前から気にはなっていたんですが、そもそもこの特殊犯罪部門って他の部門に比べて異様に人員が少ないのは何でなのですか?」

「えっ、月歌ちゃんは響子隊長から何も聞いてないの、この部門のこと?」

「はい。六年前に魔術機関、東京支部で作られた特別部門でそこに隊長が任命されたっていうざっくりした情報しか知らなくて。私も三ヶ月前にこの部門に配属する事になったのも急でした。それに六年前の私はまだ十三歳で魔術機関には所属していませんでしたし、隊長も……お母さんも凄く忙しそうで、私もよく喋る方ではありませんから、そのままずっと聞かず仕舞いで。すいません」

「まぁ色々あるよね、月歌ちゃんも。私も聞いた話だから全部が本当か分からないけど、あと少し長くなるけどいい?」

「はい、幸いまだ眠気がきませんので」

 フフと微笑んだ雪愛は、ゆっくりと想い出を探るように語り始めた。

「まず、これは聞いた話なんだけどね、響子隊長も元々は『精鋭部門』の第一線で活躍する凄い魔術師だったのだけど、ある時に一度だけ大きな失態を犯しちゃったみたいでね」

「えっ……確かに一時期凄く落ち込んでいた時期がありましたが、全く知りませんでした」

「でね、響子隊長が一度だけ犯した失態ってのはね、ちょうど魔術機関パリ支部との合同任務だった時なんだけど、そこで響子隊長が敵に拉致されちゃったみたいでね」

「拉致⁉ でどうなったんですか?」

「五十人規模の術師混合犯罪独立組織をね――――たった一人で壊滅させたんだって」

「はっ―――本当に⁉」

「うん、私もそれを聞いた時はびっくりした。でもアジトどころか助けに来た仲間も何人か大怪我させる程暴走したみたいで、ほら魔術機関だけじゃないけど三大機関って何とか条約ってあるでしょ」

「はい。術師間和平条約です」

「そうそれ。一般者にも被害が及びかけて、街の一部が破壊されたらね……」

「秘匿の法に反しますね」

「まぁその時は流石に三大機関が動いて、陰陽術師が暗示を掛けたり結界を操作しながら表世界をコントロールして、錬金術師が建築物の修繕をしたりしたのだけど、問題はその結果として響子隊長が島流しにあった」

 月歌はおおよその話の流れが読めた。

「成程。問題を起こしたのは魔術機関側。けどお母さんは今まで第一線で活躍する程の魔術師でクビにするのは惜しかった。そこで魔術機関として責任問題の行き着いた先が『特殊犯罪部門』って事なんですね」

「うん。響子隊長は今までの実績が水の泡になったって言ってた。とにかく最初は一人で、雑用以外の仕事は何も回ってこなかったって。で、そこで当時ゴロツキだった出夢先輩が路地裏で一般者のチンピラに術を行使しようとして響子隊長にボコボコにされて気付いたら加わってて、その一年後に私も加わって、恵子さんも『元老』を退いてからサポートとして加わったりして、最後に月歌ちゃんが入って今の特殊犯罪部門なんだよね」

「出夢先輩と雪愛さんの話もとても気になりますね……」


 雪愛は少しの間、無言になった。

 そしていつもより真剣な声音で語りかける。

「……ごめんね月歌ちゃん、先に謝らせて。私と出夢先輩も最初から月歌ちゃんが響子隊長の本当の娘じゃなくて皇家に引き取られた養子だって知ってたの」

「……そう……だったんですか」

 月歌自身も響子と親子として関係のぎこちなさからいずれ感づかれると思っていたし、特別隠すつもりもなかったのでそこまで動揺する事も無かった。

「ごめんね。今まで黙ってるようなマネして」

「いえ、雪愛さんや出夢先輩が謝るような事ではありませんから。むしろ気を使わせてしまって申し訳ないです……」

 沈黙が生まれ、響希のスヤァと気持ちよさそうな寝息だけが聞こえてくる。

「―――私は、九歳の時に大震災に巻き込まれた一般家庭の一人っ子だったんです。そこで―――両親を亡くしました」

「えっ……⁉」

「そんな時、私の住む街に任務で来ていたお母さんに、大怪我をしていた私が拾われたんです。そこで私は皇の養子という形で引き取られました。勿論、親戚は反対しましたが、皇家の財力を知り、私も反対しなかったので特に揉める事もありませんでした」

 月歌は昔を思い出すように、白塗りの高い天井一点を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「最初は生活や関わる人全てが、魔術師の家系という非現実が、大きく変わっていく環境に戸惑い、ずっと閉鎖的だったと思います。今もあまり変わりませんが……でも親切にしてくれる宮田さんやお母さん、お父様、お婆ちゃんに他の使用人さん達、何より―――響希が生まれました」

「じゃあ響希君は……」

「はい、私が義理の姉だということを知りません」

 月歌は隣で眠る響希の前髪を軽く詰った。

「そうだったのね……」

「もう少し響希が大きくなった頃に教えようと、お母さんが言ってました。これが私の―――すめらぎ月歌つきか―――の、本当の正体なんです」

「……月歌ちゃん、やっと自分のこと話してくれた。でもじゃあ何で、ずっと一人暮らしなんてしてるの?」

「えっ……と、それは……なんて言うか……」

 月歌は言いずらそうに、口ごもる。

「もしかして彼氏⁉ 男⁉」

「ち、違います! か、か、彼氏だなんて。私みたいな閉鎖的な女に彼氏なんて出来るはずもありません……」

「え~月歌ちゃんならすぐに彼氏が出来てもおかしくないと思うんだけどな~こう『守ってあげたいッス』とか。あ、でも月歌ちゃんより強い男の人は、少ないだろうから、『𠮟られたいッス』とか。 で、で、誰なの、魔術師? どこの部門?」

「だ、だからいませんってば! そもそも私が十六で家を出たのは、これ以上皇家にお世話になるが嫌だったから! 養子の私がここにいていい資格なんてないと思ったから‼」

 月歌は自然と声が大きくなっている事に気付き「すいません……」と呟いた。

「ふふっ」

「な、何か可笑しいですか?」

「ううん、なんか嬉しくなっちゃって」

「?」

 月歌は雪愛が何故嬉しいのか分からなかった。

「きゃ⁉」

 そこで雪愛が唐突に軽い悲鳴を上げた。

「もうびっくりした~響希君か」

「? どうかしましたか雪愛さん?」

「響希君が私のおっぱい触ってる……」

 月歌は慌てて響希のいる方を見た。それはもうガン見した。顎が外れそうな光景だった。

 もうすっかり目が夜闇になれたせいか、響希ががっつりと両手で雪愛の胸に触りながら「おっきいマシュマロだ~美味しそ~ムニャムニャ」と寝言を言っていたのを発見し、慌てて足を引っ張るように引き剝がす。

「もう響希! 何してるの⁉」

「フフッ可愛いね響希君。いいな~私も弟とか妹とか欲しかったな~」

「そう、なんですか?」

「うん。私は六つ離れた兄しかいないから……」

「お兄さんがいたのですね。それではダメなんですか?」

「ダメよ、あんな兄。私に命令しかしてこない兄なんか! もう考えただけでムカツクぅ」

「何か大変そうですね……」

「でもやっぱり私は弟が欲しい、かな……」

「どうしてですか?」

「えっ、聞きたい? 聞きたいの⁉」

 雪愛は分かりやすい程嬉しそうに、声を弾ませた。

「は、はぁ……まぁ話の流れからして……」

「ふふーん、じゃあ特別に教えてあげる~」

「えっ⁉」

 雪愛は微笑みながら響希に詰め寄り、その上から月歌の手を優しく握っていた。

「もう既に妹は、月歌ちゃんがいるから……ね」

「えっ……と、その……私が雪愛さんの妹ってこと……」

「そう、でもたまに『雪愛さん、違います。こうです、ああです』とか鬼のように私を虐めてくるけど……でもそこも可愛いくって、とっても大切な妹なんだよ~」

 月歌は自分の体温が発熱している事に頭が混乱する。

「……何て言えばいいか、そのよく……分からないです。でも、そう言って頂いて……嬉しいです……」

 月歌は恥ずかしさで、雪愛の方を向く事は出来なかった。

 喋り終えた雪愛はふわぁと欠伸を漏らす。

「眠たくなってきたね、もう寝よっか」

「そうですね……おやすみなさい、雪愛さん」

「お休み。月歌ちゃん」

 長く語り合った二人は朝まで目覚めることはなかった……。

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