四日目 六月十一日

4-1 月歌の知らない時間

 

 休日を一日挟んだ特殊犯罪部門のメンバーは、いつも通り出勤していた。

 午前中は、『宮下夫妻行方不明事件』の調査結果を、報告書に纏めたりしながら過ごしていた。

 そんな時だった。

「失礼するよ」

 しわがれた声で杖を突きながら部屋に入ってくるのは、恵子だった。

「恵子さん? どうしたんすか珍しい!」

 デスクワークに嫌気がさしていた出夢は、助け舟とばかりに声が嬉しそうに弾む。

「例の宮下夫妻の娘さんの件でちと本部にようがあってね……」

「何かあったんすか娘さん?」

「こら神司、仕事中だ。誰が休んでいいって言った?」

「イタッ、響子さんの鬼……」

 出夢はポコンとグーで殴られた頭をさすりながら渋々と自分の席に戻る。

 ヒッヒッヒッと掠れるような声で恵子は嗤った。

「いや、いいんじゃ響子。すまんが皆を集めてくれんか?」

「? ああ。まぁどうせ後で集めるつもりだったからいいけど……」

 それぞれがひと段落した頃に響子は、皆をホワイトボード前に集めた。

「どうしたんですか?」

 雪愛はいつものように首を傾げる。

「じゃあお先に要件だけ言っておくかの~」

 そう言って恵子は、皆の前にたった。

「え~宮下夫妻の娘の件なんじゃが……色々訳あってニューヨーク支部に引き取られることになったから安心しろ。以上じゃ」

『えっ――』

 本当に要件だけを伝えた恵子は、その場を去ろうとする。

 だが雪愛は心の中で何処かホッとするような安堵感を覚えていた。

「え、もう行っちゃうんですか恵子さん、せっかくお昼一緒に食べたかったのに……」

「すまんね~雪愛。宮下夫妻の件以外にも久しぶりに本部に来たからやる事が多くてね……。そう言って貰えるだけで老い耄れは、嬉しいよ」

 そうして恵子は、去って行った。

「さてと、それじゃあ」と言った響子は、皆の前で赤渕メガネを外しながらこう言った。

「事件の話をしようか――」


 ***


 少年は下校チャイムが鳴るや、すぐさま教室を出て走り出す。

 いつもの放課後なら、友達と運動場で遊んだりして帰るのだが、今日は居ても立っても居られなくて校門までダッシュした。

 それは何故か。大切な友人が何も言わずに転校してしまったから。

 今朝、担任の先生が残念なお知らせだと言っていたが、少年にとって、残念で済まされる問題ではなかった。

 少年は走る。走る。

 お馴染みの通学路を最短距離で。

 ――なんで、なんで……急に。


 ***


「――――噓……どうして。あの人が……」

 雪愛の顔は驚くほど血の気が引いていき、今にも失神してしまいそうなくらい青ざめていた。

「火焔の魔女……エノア・アトレア。名前だけでも皆は知っているだろう、厄介な奴だ」

「それって……」

 出夢は心配そうに雪愛を横目に見ながら、唾を呑む。

「ああ。今回の宮下夫妻の件に関しても少なからず奴が絡んでいるとみていいだろう」

「それが施設の門扉前で、隊長が見つけたっていう灰の原因ということでしょうか……?」

 月歌は冷静に壁際の前で立っている。

「……恐らく。翔太君が見た青い火の玉は、奴の魔術……かその他の類だろう」

「そんなの有り得ない! だって、だって、あの人の炎は――青くなんか無いっ!」

 悲鳴にも似た金切り声で叫び、雪愛は俯いた。

 月歌は雪愛が取り乱すのを見て、少し驚いた。

 雪愛は普段から感情的になりやすいタイプだが、ここまで冷静さを失うのは、月歌が特殊犯罪部門に来てから初めてだった。

「落ち着け雪愛」

「あの――」

 そこで月歌は、恐る恐る尋ねた。皆が月歌を一斉に見る。

「雪愛さんとその、火焔の魔女って?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る