〈幕間〉神童は、やがて氷の雪となす(始)

 

 女魔術師の名ははしなが

 雪愛は東京都桜幻おうげん市で生まれた。

 二百年以上の歴史を誇る魔術家系の橋永家で、長女として幼少期から橋永家に代々伝わる『氷』属性魔術の才能を開花させ、両親を度々驚かせた。

 反対に六歳年上の兄は、所謂落ちこぼれだった。

『氷』の属性魔術は、扱う者も珍しく、魔術家系として受け継がれている家系は、世界でも極少数とだという。

 しかし雪愛の恐るべき才能は、魔術そのものよりも、その類稀なる魔気エーテル血管の『質』と、圧倒的『魔力マギアフォース制御コントロール』にあった。

 雪愛は幼稚園から中学まで、エスカレーター式の私立女子校で育つ。その中でも雪愛の性格は、明るく気さくで、誰にでも優しく、クラスメイトには好かれる傾向だった。

 両親はそんな娘を見て、これから魔術師としてやっていくには大丈夫だろうかと不安に思ったりもした。

 しかし魔術稽古で見せる雪愛の才能は、そんな不安すら杞憂に感じてしまう程に優れていた。

 雪愛は一般者として、魔術師として、両者の世界を知っていく過程で、どちらも嫌いにはなれなかった。強いて言えば魔術の世界は、神秘的であり残酷なイメージがあったものの、雪愛の正義感はそれすら守ってやればいい、そう思っていた。中学までは。

 やがて人生の分岐点となる決断の十六歳がやって来る。

 雪愛からすれば『二択』。両親からすれば『一択』。

 雪愛は大いに悩んだ。周りの同級生達はやがて高校生になる。自分はその当たり前の生活から離れて、魔術機関に就職という形を取るのか。

 女子校で育った雪愛には、共学にだって憧れがあった。当然、大学生活や留学もしてみたい。

 願わくば恋もしてみたり……そういった普通の女の子としての願望は、兄の突然の破門をきっかけに容易く奪われた。

 とはいっても両親は、雪愛を早かれ遅かれ魔術師として歩ませる事に変わりはなかった、というのは、魔術機関に勤めてすぐに気付かされた。

 魔術機関に入社した雪愛は、『橋永』という家名が想像していた以上の知名度だった事を知る。

 勿論、魔術機関に入ったばかりの新人には、どれだけ名家であろうが、そうでなかろうが雑用から始まる。その数か月後に能力テストを受け、配属部門を振り分けられる決まりだ。

 雑務期間を終え、能力テストを受けた雪愛は、魔術機関東京支部の中でも、一番の人員と任務の危険性が伴う『精鋭部門』に配属が決まった。

 最初は簡単な『魔術絡み』事件の任務を先輩とこなしていき、後に魔術以外の『術師絡み』事件の任務をこなしていった。

 やがて順当に成果を積み上げていった雪愛は、次に死者が出るような『凶悪犯罪』事件などを経験していくようにもなる。

 そこで雪愛は、現実の醜悪さ、力無き弱者が搾取される理不尽さを、目の当たりにする。

 それでも持ち前の明るさで、自分の正義を信じ、職場の同僚達とも有効な関係を築いていった。

 だがそれ故か、自身の心が少しずつ摩耗し、小さな亀裂が入っていることにこの時点では、気付かなかった。

 雪愛の才能は、周りが目を見張る程だった。

 ダダでさえ『氷』の【属性魔術】は珍しく、何よりも凶悪犯罪事件において圧倒的に活躍の場が多かった。

 周囲の魔術師達は、雪愛の圧倒的なまでの魔力マギアフォース制御コントロールの才能を前にこそ気付かなかったが、それは異常なまでの動体視力があってこそ成り立つ技術だった。

 その有り余る才能を上層部は認め始め、十七の少女に『海外合同任務』にも就くようにと命じ始める。

 これには二つの思惑があった。

 まず一つ。日本の若き魔術師の才能、実力を世界に見せつけるいい機会だということ。

 二つ目は、これにより世界九天階位の会議に彼女の名を上がらせる為。

 魔術機関は、世界にも七つ存在している。

 日本:東京支部

 ドイツ:ベルリン支部

 イギリス:ロンドン支部

 フランス:パリ支部

 イタリア:ローマ支部

 カナダ:トロント支部

 アメリカ:ニューヨーク支部

 この階位持ちが、自国の魔術機関にどれだけ所属しているか、していたか、という歴史は、後々の発言権や政治権にも関わってくる。

 雪愛はこれに対して――留学してみたかったしラッキー、と前向きな気持ちで世界を飛んだ。

 だが世界の凶悪犯罪事件は、今まで経験してきた国内事件よりも遥かに一癖も二癖も違った。

 何度も命の危機を迎え、何とか生き延びるも、逆にその数だけ人の命をほうむった。

 その度に雪愛の心は酷く傷んだ。

 結論から言うと雪愛には、魔術師の――『才能』はあっても、一番無くてはならない――『常識』が欠けていた。

 救わなければいけない――『命』はあるし、でもだからといって殺さなくてはいけない――『命』なんて無い。

 それが橋永雪愛の全てであり、心から生まれた善の正義だった。

 次第に抹殺命令や組織壊滅命令を、時々背くようになっていくものの、その実力は折り紙つきで、雪愛がいる任務部隊では、大幅に仲間との死者数が減っていたのも事実だった。

 やがて世界九天階位を決める世界会議にて、雪愛の名が浮上する。

 そしてアメリカ人女魔術師を最後に、数年間空席が続いていたという階位を、齢十七にして与えられることになった。

 ―――『天九位:神童』―――

 これには東京支部を含め、橋永家にしても重大な快挙となった。

 そして橋永雪愛の名は、世界に轟き始める……。

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