後編:古代技師との話

ヘルム:(私は、また独りになってしまいましたか。最後の記録から258年…


人里離れたとある空き家で保管されているところを、古代技師の方に救われました。


推察ですが、その空き家は……双子だったリエルとイドが私の停止後、人目を避けて根城にしていたのでしょう。


案内してもらったとき、埃を被った二人の映し絵がありましたから。色褪せたそれは、にわかに信じられなかった時の流れを、私に容赦なく突きつけました。


彼等は魔法が使えるといえど、人間でした。私と違って寿命がある。あの部屋、長らく手入れをされた気配がなかった以上……二人とも既に亡くなっているのでしょう。


ああ……私に関わった人間は皆居なくなってしまう。古代技師様もおそらく例外ではないでしょう…


お願いですから、もう置いていかないでください……。私は幾度、大切な人を見送る、悲しみを味わえば許されるのですか?


これが理を踏み越えた代償だと言うのなら、あまりに酷な…!)


カランド:(……………空き家を訪れてからの、彼の挙動がおかしい。あの古びた絵を、食い入るように見ていた。


リアルな人間の絵に見えたけど……彼、何も教えてくれないし。どうしちゃったのかなぁ)


…………ね、ヘルム君。そろそろ戻ろうよ。夜は危ないからさ。


ヘルム:そうですね……長らくお待たせしました。すみません……


カランド:元気ないね。といっても、機械には元気も何も無いんだけどさ…どっかユニットの不具合があるなら教えてよ?


ヘルム:あ、はい。問題ありません…全ての機能は正常稼働していますので。(皮肉なことに、感情も思考も……ね)


カランド:何かあの場所で、君の知りたいことは分かった?


ヘルム:ええ……色々と。


カランド:そっか。"それ"が正常な状態だと言うのなら……何か辛い事でも見付けちゃったのかな。それとも…………


ヘルム:とても、懐かしい絵を見つけました。こんな永い時を経ても保存状態が良好で…………


(言葉を切ると、カランドに表情を見られまいと顔を背けた)


今も彼等が生きているような、不思議な感じです。


カランド:この絵、今の技術じゃ再現できないんだ。人の手で描かれた訳でもないようだし……


ホント、生き写しとはあーいうのを指すのかな?昔の技術って面白いなぁ。古代技師やってて良かったって思うよ、うん。


ヘルム:(…………!"映し絵"の技術が…もう失われたと言うことでしょうか。そんな………)


(ヘルムはその場に崩れ落ちた。調子を確かめようとするカランドにも、目をくれようとはしなかった)


カランド:ちょ、ちょっとどうしたの!?何か僕、まずいこと言った?


ヘルム:…………………………ごめん、なさい。一人に………してください…!


(走り去ったヘルムを、カランドはただ見送る事しかできなかった)


カランド:うーん……………怒らせちゃったのかな、僕。謝った方が良いのかなぁ?でもなぁ、訳も分からないのに謝るなってカロライン君は言ってたし…


ヘルム:リエル、イド……?私、どうしたら良いのですか…


このままじゃ私、貴方達の事を忘れてしまいます……!何も忘れたくないんです、嬉しい事も、悲しいことも……全て………。


形見が、映し絵一枚だけなんて…いえ、致し方ないのは分かっています。


(ヘルムは映し絵を抱えるとそのまま立ち尽くしている。追い付いたカランドは、そっと聞き耳をたてているようだ)


むしろ、こんな永い時を経て……再会できたことを喜ばねばならない。それでも………もう一度、もう一度で良かったから……


貴方達と、会って話がしたかった。


カランド:(………こりゃたまげたな。あの映し絵、知り合いが映ってたなんて。だけどこれで分かった事もある。ヘルム君がどうしてこの空き家に保管されてたのか……


知り合いなら、動けなくなったヘルム君を見捨てられず連れ帰るだろうし、最期まで側に居たいと思うだろう。


きっと、人里離れた場所だったってのも…ヘルム君が絡んだ事情に依るものなんだろうな)


ねぇ、ヘルム君。その絵……持って帰る?大事な人が映ってるんでしょ?


せっかく見つけた手掛かりなんだし……罰は当たらないと思うけどな、僕は。


ヘルム:技師様、お願いがあります。今晩だけ、この部屋で一人にしてください。一人で思い出に浸りたいんです。


カランド:………………うん、分かった。明日の朝迎えに来るから、無闇に外出ちゃダメだよ?


野獣が彷徨いてるからね、戦闘ユニットがない君一人じゃ危ないよ。


ヘルム:ええ……分かっています。


カランド:………………………じゃ、また明日ね。


ヘルム:おやすみなさい、技師様。


(カランドが立ち去った二時間後、ヘルムは映し絵を手に空き家を後にした)


…………ごめんなさい、技師様。私はもう……誰とも関わらないと決めました。


離別の悲しみを味わうくらいなら、優しい思い出に浸っていたい。何一つ忘れないように……


(次の日、空き家を訪れたカランドは彼が居ない事に気づく。机に残されたメモは、カランドへ宛てられたものだった)


カランド:あら、一人で行っちゃった……か。やりたい事が見つかったのか、それとも…………


"拝啓技師様、お別れも言わず居なくなる非礼をお許しください。私は彼等の生きていた道程を辿る旅に出ます。今となっては私自身の記憶にしか、彼等の事は残っていません。せっかく甦ったので……


今度は私が、彼等の事を思い続ける番になりたいのです。二度と会えないと分かっていても、私の中で生き続けられるように。


さようなら。どうか技師様、ご自愛くださいませ。敬具"

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