悠人の夢

乙梨:……………。(奴らは……行ったか……)


(壁に激しく頭を打ち付けられた乙梨は、そのまま力なく座りこんだ。霞む視界は、どうやら眼鏡が汚れているだけではないようだ)


ぐっ…………さすがに…動けないか……


(震える右手で口元の血を拭おうとするが、上手く動かせず空を切る。諦めた乙梨は、そのまま目を閉じて壁に身を委ねていた)


日向:………?(こんな路地裏に、血の臭いが……。それも、かなりの量が流れているような感じがします)


(日向が袋小路にたどり着くと、壁に一筋の血の跡が残されていた。その血の真下には……


額と口から血を流した少年が項垂れて座っていた。身動ぎもしないその様は…医師である日向が、生死確認を躊躇う程だった)


大………丈夫…ですか?私の声が聞こえたら…返事を……………


乙梨:……………?(聞き慣れない、声だ…。少なくとも、知り合いの誰かでは…………)


(乙梨は声の主を確かめようと、僅かに顔を上げて前を向いた。見知らぬ男が自分の顔を…いや、目を覗きこんでいる。


相手の意図が読めない。怪我のせいか、"見抜く"力が弱っているらしい。それどころか、思考力も格段に堕ちてしまい…今、どうするべきかも分からなくなった。


そんな事を考えているうち、落ちかけていた眼鏡が右手に落ちた。一瞬掛けようか悩んだが…そのまま掛けないことにした)


日向:ごめんなさい、触れますよ?


(傷のある頭部を避け、そっと首筋に手を添えた。僅かに身体が跳ねたが、脈を測れない程危険な状態に陥っていることがすぐに分かった)


乙梨:……………(そう、か…。誰かはわからないけど……このまま委ねても、構わないな……)


(ある"確信"を持った乙梨は、血を吐くとそのまま気絶してしまう。そんな感覚を覚えたのは生きてきた11年の間で初めての事だったのだ)

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