治療を受けない自由3

一ノ瀬:残念だけど余命がそんなに長くない患者さんが居てね。ずっと治療を続けてたんだけどさ……ある時申し出があった。


"治療を終えて残された時間を、家族のそばで過ごしたい。"


昔はそんな話、持ってのほかだったの。1日でも長生きさせるって…躍起になってたのかな。


でも、その患者さんの思いは違った。家族と離れて、痛くて苦しい治療を受けて余命を延ばすより…


家族と一緒にいて、穏やかな最期を迎えたいってね。それから、かな。"緩和医療"という概念が生まれたのは。


八重間:………緩和医療……?


一ノ瀬:平たく言うとね、痛みや苦しみを取るだけの治療しかしないの。またの名を"終末期医療"。


治る見込みがない患者さんの希望に添えるよう助力する。実際そうなったら、精神的な支えになるよう図ったりするのさ。


………だから、患者が診断を拒むなら、医者はその意思を尊重しなくちゃいけないの。


ちなみに君が敵対視してる日向君だけどね、あの子は……その概念が無いみたいだ。


おまけに自分の大切な人を、過去何度か助けられなくて……ずっと後悔して、自分を責め続けてた。だからこそ……八重間君みたいな患者を、放っておけないんだと思う。


手遅れになってしまう前に…救いたいと。生きたくても生きられなかった、その人を思うと…


君の死にたがってるような言動が許せないんだろう。もちろん、日向君の言い分も間違っては無いんだけどさ………だからと言って無理強いして良い理由にはならない。


……日向君の代わりに謝るよ。ごめん。彼も悪気はないんだけどね……それが患者の為になるかは、また別の話だから。


(いきなり謝られて、八重間は呆気にとられてしまった。あまりに想像と違いすぎて、どう反応して良いのか分からなくなった)


八重間:………俺の方こそ、すみません。全然知らなくて…勝手に疑ってました。


一ノ瀬:いいよ。お詫びと言っちゃなんだけど……痛みが出たら、僕の部屋においで。この薬で良ければ分けてあげるよ。日向君の目を誤魔化すにはうってつけだろう?


…お……良かった。そろそろ一時間経つけど、目立った副作用も無さそうだし。一応聞くけど調子どう?


八重間:………大丈夫、です。


(その答えを聞くと、一ノ瀬は首元のカードを外した。)


一ノ瀬:そっか。じゃ、そろそろ出ても大丈夫だよ。


八重間:………あ、あの………痛くなくても、時々来ても……いいですか…?


一ノ瀬:うん。遠慮せずいつでもおいで、話し相手でも付き合うよ。


八重間:………ありがとう、ございます。


(八重間は一礼すると、そのまま部屋を後にした。一ノ瀬は思わず微笑んだ)


一ノ瀬:………押してダメなら、引いてみろ。まだまだ、だね……

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