学校一の美少女が明らかにガチのオタクなんだが?

金澤流都

学校一の美少女が明らかにガチのオタクなんだが?

 俺がオタクというものに感じるのは基本的に同族嫌悪で、そういうわけで同人書店なんてめったに行かないのだが、その日は間が悪いことに俺と同じくオタクの姉に引っ張られて同人書店に来ていたのだった。姉がボーイズラブ作品を物色する間、俺はうごめく同族に嫌な気分になりながら、ぼーっと突っ立っていた。


 向こうの、主にオリジナル作品や昔の作品の同人誌があるほうで、きれいな黒髪の女の子が買い物していた。着ているものは清楚なワンピース。この空間にある意味とても似つかわしいし、とても似つかわしくない。まるでソシャゲのレアカードから抜け出てきたような、白いワンピースに長い黒髪というその女の子は、オリジナル漫画やイタコ漫画のぎっしり詰まったカゴをレジに通した。俺はその横顔を見て衝撃を受けた。


 俺のクラスの愛嶋ふみさんだ。

 ふみさんはどでかい紙袋に同人誌を詰めてもらい、出口へと歩き出して――俺に気付いた。


「……あっ」

 ふみさんは半ば悲鳴のようなそんな声を上げた。俺は見なかったフリをしたがもう遅い。ふみさんも俺の顔を完全に認識して、その整った顔を恐怖に引きつらせた。


 読める。読めるぞ。いまごろふみさんの頭の中では、俺が学校でふみさんのことをべらべら言いふらし、ふみさんはスクールカーストを転落。最上位種族「キラキラ女子」から最下位種族「キモオタ」になり、いままで親しくしていたキラキラ女子たちから疎まれ蔑まれ、いろいろと詰んだ高校生活を送る……という映像が展開されているはず。


 俺は若干詰まり気味に、

「が、学校のやつらには、なんも言わないからッ」と言った。ふみさんは小動物のような愛らしい顔にいささかの安堵を浮かべると、


「ほんとに……? ほんとにクラスのみんなに、黙っててくれるの?」と訊ねてきた。


「当たり前だよ、だいいちふみさんが同人書店にいたなんて言ったって、そもクラスの大半が『同人誌』ってなんだかわかんないよ」


 俺がそう言うと、ふみさんは小さく頷いて、「ありがと」と言うと、高価そうな靴のかかとを鳴らして同人書店を出ていった。


「おーい俊也。なにやってる」姉が戦利品を抱えてそう声をかけてきた。

「あーすまん。帰ろう」というわけで俺は、学校一の美少女がガチのオタクであるという、すさまじい秘密を手のひらに握りしめることになった。


 次の日学校にいくと、ふみさんは当たり前みたいにキラキラ女子集団の中にいて、先生にバレない化粧だとか制服の着こなしだとか、そういう随分とポンチな話をしていた。


 俺は知っているのだ。このキラキラ女子が、リアルガチでオタクであることを。

 ふみさんは楽しそうに、リップティントがどうだとか話しているけれど、もし俺がふみさんの秘密をばらしたら、ふみさんはあの集団の中にいられなくなる。

 なんとなく悪魔的、背徳的な誘惑にかられた。この秘密をダシにして×××で×××なことをしてやろうか。わお、エロ同人誌みたいな展開。


 でも俺にはそんな勇気はなかった。俺はふみさんとのムフフ展開などそもそも考えちゃいけない身分なのである。「その他大勢」に徹するほかないのだ。

 だいいちそんなことをして悲しむふみさんなんか見たくない。俺は、初めてオタクに「同族嫌悪」ではなく、「仲間」の感覚をおぼえていた。ふみさんは仲間だ。どんなジャンルが好きかはよく知らないけれど、オタク仲間であることは確かだった。

 ふみさんとだったらコミケとか行ってみたいな。ふみさんならコスプレしても似合いそうだ。なにが似合うだろう。そればっかり考えて一日すぎた。


 次の日も、ふみさんは己がオタクだとみじんも発さず、ただただキラキラ女子に徹していて、俺はエロ同人誌みたいなシチュエーションを想像しつつもそんなことをする勇気はどこにもなく、ふみさんに似合うコスプレを考え続けた。金曜日の放課後、やっと結論が出た。ふみさんはオンリーワンで、カラコンなんか入れてほしくないしウイッグなんかかぶってほしくない。黒髪に黒い目の、ただただ愛らしいふみさんでいてほしい、と。


 金曜日の放課後、リュックサックに荷物を詰めていると、ふみさんが近寄ってきた。教室には俺とふみさんしかいない。ふみさんとのムフフ展開を一瞬想像して否定する。


「時任くん……なんで黙っててくれるの?」ふみさんは耳に甘美な声でそう訊ねてくる。

「だって言いふらしたとこで得することなんてないし」俺は素直にそう答える。

「ありがとう。時任くんが黙っててくれるから、毎日平和」

「そりゃよかった」俺はそう答えると、リュックサックを背負って教室を出ようとした。


「待って。なにかお礼させて」

 ……。

 き、キター! ムフフ展開キター! 思わずガッツポーズが出そうになるのをこらえる。振り返るとふみさんは濡れた仔犬のような瞳で、


「あ、あのね、駅前に行きつけの喫茶店があって、そこのコーヒーがすごくおいしいから、ご馳走させて」


 と言ってきた。ムフフ展開じゃないんかーい。いやムフフ展開を期待したらいかんと自分でもわかっておるだろう。自分を軽く叱りながら、ふみさんと校舎を出た。


 俺はコーヒーの良し悪しが分かるようないい味覚なんて持っていないが、ふみさんがおいしいというならきっとおいしいのだろう。ふみさんはお嬢様だと噂が広まっていて、それならコーヒーの良し悪しだって分かるだろうし。

 駅前に小ぢんまりとたたずむ「喫茶 フラミンゴ」という建物に入る。存在は知っていたがいまも営業しているとは知らなかった。


「ブレンドふたつ。それからチーズケーキふたつ」

 ふみさんはマスターにそう伝えて、適当な席にかける。その向かいに座る。

「あのね、時任くん、いつもずっとありがとう……黙っててくれるから、クラスで嫌われずに済んでる……で、時任くんジャンルはなに?」


 いきなりジャンルを尋ねられた。俺は少し悩んでから、

「アニメだったらだいたい何でも見るし、漫画も特別好きだ、っていうのはなくて――まんべんなく。なにか特定のジャンルにのめり込むわけじゃない」


「あ、そういうタイプ。あたしとおんなじ」ふみさんは笑顔になった。

 コーヒーとチーズケーキが出てきた。ふみさんは、


「面白い漫画ってなんだと思う?」と訊ねてきた。戦争が起こりかねないやつだ。俺は、

「ストーリーが面白くても絵が下手だと萎えるな」と答えた。


「わかりみ大学主席卒業」と、ふみさんは今どきのリアクションをした。


「そうそう、ストーリーがどんなに良くても絵が下手だとがっかりするよね……キャラクターが描き分けられてないのにやたらたくさん出てくるとか」


「うわっわかるそれ! 髪型と眼鏡で判別するほかない漫画とか苦痛だよな!」


 と、思わずネガティブな方向に盛り上がってしまった。チーズケーキもコーヒーも、なかなか進まず、気が付いたらすっかり日が暮れていて、俺は家に帰って門限破りでこっぴどく叱られたのであった。


 しかしこの門限破りは家族には小さな一歩だが俺には大きな一歩だった。なんと、ふみさんとLINEを交換したのである。えへへへ、と顔が緩む。


 日曜日の朝すごく早い時間に、LINEの通知でたたき起こされた。寝ぼけ眼でメッセージを読む。ふみさんからアニメ映画へのお誘い。いよっしゃあ、とガッツポーズをする。ふみさんと、オタクに流行りのアニメ映画を観て、帰り道展開について喧々諤々の議論をする。すごく楽しかった、こんなに楽しいことがあっていいんだろうか。俺はハッキリ言って陰キャだぞ。なんで学校一の美少女が俺にこんなふうに親しくしてくれるんだ。わからない。


 単純にヒミツを握ってしまったからだろうか。

 それだとしても出来過ぎた話である。


 映画のあとマックで昼飯をぱくつき、ふみさんにそこを尋ねてみると、

「……あたし、オタクの友達っていないから、時任くんと話せてうれしいの」

 と、ふみさんは小さくつぶやくのだった。


「ロッカーの前で漫画読んでる女子たちと漫画の話したらどうだ?」


「だってあの子たちBLにしか興味ないもん。BLは確かに日本の漫画カルチャーを語るうえで外せないし、あたしだって風と木の詩とかトーマの心臓とか読むけど、でもBLの話しかしないなんてつまんないよ。もっと深い漫画はいっぱいあるじゃん?」


 なるほどふみさんは「総合的オタク」という感じなのだろうか。


「時任くんはいろんな漫画読んでるし、一つにかたよらないよね」


 ふみさんはそう言い、微笑んだ。しかしそのとき、マックのドアが開いて、同じ高校の野球部のやつらが続々と入ってきた。まずい、ふみさんの秘密がバレてしまう。


「あっれえ愛嶋じゃん。時任と一緒にマックってどういうことだよ?」

 もう遅い。野球部のやつらは俺らに気付いている。しまった――。


「……一緒に映画観にいってきた。ツイッターで話題のやつ」


 ふみさんは、毅然とそう言った。野球部のやつらは顔を見合わせた。


「えっなに、お前ら付き合ってんの? 愛嶋と時任が?」

「時任くんは、すごく熱心にオタクやってる。あたしもそれには及ばないながらオタクやってる。もう隠したってしょうがないから言うけど、あたしはオタクだ」


 ふみさんの力強い言葉に、野球部のやつらは気圧されたようだった。

「お、おう……愛嶋ってオタクなのか。意外」

 野球部のやつは顔をヒクつかせてそう答えた。


 次の日学校にいくと、ふみさんはキラキラ女子集団の中にいた。安堵する。その集団のなかから、


「ねえ時任くん、あの映画面白かったよね? オタクじゃないのが普通に見ても胸キュンだよね?」

 と声をかけてきた。キラキラ集団はアニメ映画というだけで躊躇していたらしい。俺は、


「お、おう……普通に恋愛映画だと思って観ても面白いと思うぞ」

 と答えた。ふみさんはニコニコして、


「でもね、ストーリーのギミックがすごく面白くて。冒頭のシーンで――」

 と、映画をオタク的に解釈した映画論をぶち上げ始めた。キラキラ集団は面白そうに――決して馬鹿にしているのでなく――その話を聞いていた。そして、その会話を聞いていた腐女子集団が、その映画について思うところがあったらしくふみさんに話しかけた。


 俺がふみさんの秘密を守った結果、クラスをバラバラにしていたスクールカーストが、少し弱くなった気がする。俺の勝利!


 いや違う。

 それはすべて、ふみさんが明らかにガチのオタクだったから、だ。

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