――私にも届かない

 休日出勤の代わりに珍しく平日に休みをもらった。

 湊さんは授業があるから、夕方大学で待ち合わせて近くでご飯を一緒に食べようって約束する。待ち合わせ場所はええと、夢眠ムーミンっていうカフェテリア。

 自分の通った大学じゃないから、わかりづらい。


 夕暮れの大学構内、のぞいたカフェテリア。

 見つめ合ってはいないけど、微笑む美女と困惑する湊さん。

 ふーん、そう。別に怒ってはいない。呆れてるけど。

 憮然として佇んでいると、声を掛けてくる男子大学生たち。

 今それどころじゃ……。


「結月さん、この前はありがとう。あの後、結局夕方まで寝てたよ。お礼言えなくてごめん。」


「結月さんはこんな所で何してるの?」


「天王寺と待ち合わせかい。あいつだいぶ前に出てったけど。」


「池田くん、岸部くん、江坂くん、こんにちは。もう夕方だけど。」


 江坂くんが私の見ていた方を見て顔をしかめる。


「あいつ、また天王寺に迫ってるのか。しつこいなあ。」


「大丈夫だよ、結月さん。オレが呼んできてやるよ。」


「ありがとう池田くん、でもいいのよ。自分で追い払えないなんてポンコツすぎるでしょ。それよりお腹すいたわ。一緒に夕ご飯食べましょうよ。ここの大学の学食、行ってみたいな。なんだか大学生に戻った気分。」


「天王寺はいいのか。」


「連絡してきたら大学の食堂にいるって言えばいいでしょ、岸部くん。」


「それならこの夢眠の二階の食堂が美味しいよ。」


 食堂に落ち着いて、それぞれ獲物をゲットする。

 私は怒っているのでガッツリ食べようとステーキ丼、池田くんはとんかつ定食、岸部くんはから揚げ定食、江坂くんがハンバーグ定食。

 ハンバーグ定食もよかったな。


「こんな時女子って普通、取り乱したり怒ったりするのに、結月さんは落ち着いてるね。自信があるの?」


 少し心配しながら岸部くんが聞いてくる。


「うーん、これが初めてじゃないのよ。高等部のときはもっと大変なことになってたしね。学院の女王とクイーンが湊さんを取り合って…、あれに比べたら相手は一人だし、自分で何とかするでしょ。」

 

 あっこのステーキ丼、お肉柔らかいし、タレが美味い。お値打ちだわ。

 この三人が塚っちゃんや長瀬くんなら、おかず少し分けてもらうのにな。


「なんだよ、その女王とクイーンが天王寺を取り合うって。面白そうな話だなあ。詳しく教えてよ。」


「そんなに面白くもないわよ。あれは私たちがまだつきあっていない、高等部の二年生と一年生のときのことで、私も詳しく知らなくて姉に聞いた話なんだけど。」


 ◇◇◇◇

 詳しくはこういう話。


 天王寺湊と同い年の女王とクイーンは、初等部の時から張り合っていた。(当時は影の名前ではなく本名だったが、混乱するので女王とクイーンのままいきます)

 同じくらいの家柄、同じくらいの成績、同じくらいのかわいさ加減。

 他に抜きんでて目立つ女子がいなかったせいで、この二人が学年のツートップであることは暗黙の了解だった。

 まだ上級生がいたときは、目立った争いごとにはならずにすんだ。

 しかし中等部三年になり抑える上級生がいなくなったとたん、クイーンが好意を寄せる男子を、女王が横からかっさらうように告白してゲットしたからさあ大変。


「随分と阿漕あこぎな真似をしてくれるじゃないの、女王。」


「別にクイーンの彼氏を取ったわけじゃないでしょ。さっさと告白しなかったあなたが悪いんじゃなくて?私だって振られたかもしれないのよ。見当違いな文句を言うのはやめてくれるかしら。」


 勝ち誇る女王の栄華は長くは続かなかった。なんとクイーンは高等部で女王の彼氏を振り向かせるという快挙を成し遂げたのだ。


「悪いわね私からじゃなくて、彼の方から申し込んできたのよ。彼、あなたより私の方が好きですって。女王は振られたことになってお気の毒ね。」


「あら、ちょうどよかったわ。私も他に好きな人ができて、別れたかったから助かったくらいよ。私のお古で良かったらどうぞ。」


「ふん、彼氏を盗られた女がよく言うセリフと一言一句同じじゃないの。負け犬の遠吠えってやつ?」


 ところが、女王の次のターゲットが天王寺湊だったから、面倒なことになった。天王寺はそれまで浮いた話がなく、家柄といい、賢さといい、顔は他にもイケメンはいたがイケメンの部類で、周りからの信頼度が抜群だった。誰がどう見ても二人が取り合っていた男子よりハイレベルな物件。すぐに女王とクイーンの間で天王寺をゲットした方が勝ちという図式が出来上がり、クイーンの彼(女王の元カレ)はあっさりとお払い箱になる。

 天王寺湊が難攻不落状態でもバレー部の女王とバスケ部のクイーンは体育館の練習時間割当を巡り男子も巻き込んで騒ぎになり、二人の競争は激化した。


「何とかして天王寺くんをゲットしたいわ。あの人、好きな人いないわよね。直接告白するか、手紙か、ぐずぐずしてるとまた女王に先を越されるわ。」


「天王寺くんって彼女いないわよね。彼は一体どういう女の子がタイプなのかしら。今回もクイーンに勝たなくては。」



「天王寺、女王とクイーンに狙われてるぞ。気をつけろよ。」


「何をどう気をつければいいんだよ。俺、あの二人が似すぎていて、外見の見分けはつくけど中身は同じにしか思えないんだよ。全然タイプじゃないし。」


「お前、女子相手だとキツイこと言えなくてはっきり断れないじゃないか。」


「今宮、そばにいて俺の代わりに断ってよ。」


「またかよ。今までに何人断ったと思ってるんだ。僕が恨まれるだろ、もうやらない。つきあうつもりはないって言えばすべて解決するよ。言えないならつきあうしかないなあ。それも面白そうだけど。」



 そんなある日、天王寺湊はお弁当を持ってくるのを忘れ、学院のカフェテリアで一人昼ご飯を食べることになってしまう。


「天王寺くん、一人?ここいいかしら。」


「えっ、あ……。」


 返事をする前にさっさと向かい側に座ったのは、忽然と現れた女王。


「あのね、天王寺くん私…。」


「ちょっと抜け駆けはやめてほしいわ。女王。卑怯じゃないこと。」


 女王の隣にランチののお盆を持ったクイーンがこれまた手品のように現れる。


「聞き捨てならないわね。天王寺くんに告白するのにいちいちクイーンの許可がいるとでもいうのかしら。迷惑な独占欲よね。」


「前のときもそうだったけど、先に告白すればチャンスは大きいじゃないの。今回は同時に告白して選んでもらいましょうよ。すっきり、ハッキリでしょ。それとも公明正大なやり方では自信ない?」


「面白いわね、受けて立つわ。今ここで決着をつけましょう。」


「(どこが公明正大なんだよ、何が面白いんだよ。もうダメだ、俺の気持ちは完全に無視されている。昼飯はまだ途中だが諦めて逃げよう) あの、俺、どっちともつきあう気はないから、じゃあ。」


「優しいのね、天王寺くん。みんなの前で私を選んでクイーンに恥をかかせたくないんでしょう?大丈夫よ、さあ私を選んで。」


「なんですって!!」


 ここでクイーンから女王へ強烈なビンタがお見舞いされる。


「痛ったあ!やったわね、クイーン!!」


 女王からクイーンへのお返しのビンタがさく裂する。


 周りのクラスメイトやそれぞれのグループのメンバーも凍り付く。

 いいところの家の子は暴力沙汰を取りさばくのに弱いもの。



「そこから私が湊さんを戦線離脱させてあげたの。部活の先輩が呼んでるってウソついて。いつも助け船が入るから自分で追い払えなくなったのかもしれないわ。」


「その後、どうなったの?」


「剣道部の三年に湊さんの従姉の高井田葵先輩っていうお姉さま――お母さんが湊さんの両親のどちらかの姉だったかな、その人が収めてくれた。カフェテリアでの騒ぎで父兄にまで知られて、親まで出てきそうだったらしいよ。」


「へー俺だったら、わからないから取りあえず二人ともつきあってみたいけど。」


「そういうこと言ってるとひどい目に遭うわよ、池田くん。」


「それよりも天王寺、どうする?もうご飯食べ終わるけど。」


「任せときなよ、やつを二十秒で呼び寄せて見せるから。」


「岸部くん、マジシャンなの?」


「簡単さ。おい江坂協力して。結月さんを後ろから軽く抱きしめてみて。」


「えっ、いいのそんなことして。」


「面白そうね、やってみて。」


「こう?」


「オッケー、いい写真撮れた。ええと、『二十秒以内に二階の食堂に来ないと結月はオレが貰う。』と。これを送るとな。…………。二十秒待てよ。」



「結月――!どういうことだよ、これ!」


 すごい勢いで走り込んできた湊さん。単純にうれしい。


「おお、本当に二十秒で呼び寄せたな。いや、二十秒かかってないかも。」


「お前がさっさと追い払わないからだろ。結月さん、夢眠の前で固まってたぞ。」


「写真は江坂だけどオレのスマホから送っただろ。気がつけよ、あはは。」


「なんだよ岸部、からかったのか。人が悪いなあ。」


「私たち、もう夕ご飯食べちゃったよ。どうするの、湊さん。」


「待ってて、急いで食べるから。」


「みんなの分もデザートおごってよ。待ってるから。」


 なんとか本日は喧嘩とかにならずに軟着陸出来てよかった。

 でも自分で追い払えるようになってよ。

 さて、いつまでも不機嫌でいても時間がもったいない。


「湊さん、この後一緒に観ようと思って、今日もDVD借りてきたの。これなんだけどね、ちょっとマニアックだから池田くんでも知らないと思うんだ、あの…」


「ああそれ、宇宙人が来襲して地球人のサンプルを一万人差し出せって攻撃してきたやつだろ。その一万人をどうやって選ぶかっていう……痛――っ!」


 テーブルの下で池田くんを蹴飛ばしたのは私だけではないはず。

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