――あなたに届かない 結月23歳、湊24歳

「久しぶり、やっと会えた!」


 私は社会人一年生、天王寺先輩は大学の五年生になっていた。

 先輩は一年浪人した後、B大医学部に合格している。

 試験の最中は邪魔をしないようになるべく会わないようにしていたの。

 先輩の、ううん湊さんの下宿してるマンションに着いて、買い物してきたエコバックを下ろしてまず彼を、ぎゅっと抱きしめておく。


「結月、ごめん、今掃除機かけてるとこ。試験中は家のこと何もできなくて。」


「ううん、いいの。ところで、私とのお楽しみタイムをしてからご飯にするか、ご飯を食べてからお楽しみタイムにするか、どっち?」


「悪い。先にご飯にして。お腹すいた。」


「オッケー、この前のデートの時は私の言うこと何でも聞いてくれたから、今日は何でも言うこと聞くよ。でも、掃除機は任せたから。」


「サンキュ。あっ風呂も入りたい、昨日入らずに寝ちゃったから。」


 まず、ご飯を仕掛けてお風呂を…わぁ掃除サボってたな、ざっときれいにしてお湯をためる。あっ、洗濯機もスイッチオンしとこう。勝手知ったる湊さんの家。

 小さい頃から家事はやってきた。今は家電製品が優秀だから段取りが良ければ大したことは無い。さて、メニューは…台所の流しがえらいことになってるわね、まずここを何とかしてと。


「何作ってくれるの?」


「作らない、材料切るだけの湯豆腐。そろそろお風呂入ったら。」


「ありがと。」


 ありていに言えばお鍋だけど、水炊きとかしゃぶしゃぶっていうと、やれ人参だマロニーちゃんだ、あれもこれもということになって、いいとこのお坊ちゃまの湊さんはうっとおしい。湯豆腐ということにして豆腐と白菜とネギとえのき、あとは冷凍庫にあるだろう豚肉か牛肉を入れて柚子ポン酢で食べるだけ。

 普通は湯豆腐に肉を入れないけどいいの。

 だって、ご飯の後のお楽しみタイムの時間が無くなっちゃうじゃない。


 野菜をガンガン切っていって、冷凍庫から牛肉の薄切り肉を出して解凍する。

 さすが天王寺。いい肉入ってるわね。

 カセットコンロを出していると、インターホンが鳴った。宅配かな。


「よお、天王寺、来たぜ。」


 インターホンの画面には男子が三人。友達かな。あ、この人たち。

 取りあえず開錠ボタンを押してから、入浴中の湊さんに報告しに行く。


「何、結月。一緒に入る?」


「入りたいのはやまやまだけど、のんびり浸かってる場合じゃないかも。江坂くんたち来たよ、あっ、もうドアのとこまで来てる。入ってもらっとくね。はーい、いらっしゃい。どうぞ。」



「あれ、結月さんいるの?お邪魔しま―す。」


 この三人は、湊さんの大学の友達でいつも一緒にいる江坂くんと岸部くんと池田くん。そこへお風呂上がりの湊さんがバスタオルで髪を拭きながら現れた。


「あれ、今日約束してたっけ?」


「いや、試験終わって暇だからみんなでゲームでもやろうかって。ライン既読つかないけど来ちゃったよ。あっ、風呂入ってたのか、俺も入っていい?一昨日から入ってなかったんだよ。」


「僕も。ここの風呂広いから二人でも楽々入れるよな。」


 岸部くんと池田くんはバスルームに消える。私と同じ、勝手知ったる人んちね。


「ごめんね、お邪魔だった?」


 唯一の常識人、江坂くんは申し訳なさそうに言う。

 いいのよ、江坂くん。これが高校生とか、ただの大学生ならインターホンにすら出ないし、間違って入れてしまっても即刻叩き出している。

 この人達は医学部の方々。近い将来、立派なお医者様になって、私の家族が年末年始の病院やってないときとかに体調を崩しても助けてくれるだろうし(父さんがちょくちょく友達にやられてる)、仲良し家族同士で旅行に行って体調を崩しても助けてくれるだろうし(父さんがちょくちょくやられてる)、湊さんのピンチも助けてくれるだろう(今現在は助けることの方が多いらしいけど)。

 大切に扱って損はない。


「全然、大歓迎よ。ちょうどご飯できたから食べて行って、お鍋だけど。」


 嬉しそうな顔の江坂君。いそいそと割り箸や器を並べてくれた。

 湊さんが缶ビールを出したり柚子ポン酢と胡麻だれを出したりする。

 一人暮らしなのに結構広いリビングの広めのテーブルで、昆布をしいたお鍋がカセットコンロで温まる。色々と野菜を入れた後、追加の野菜や肉の用意をする。

 白菜は全部使ってかさ増しして、冷蔵庫の中にある入れて大丈夫そうなものは何でも入れちゃえ。

 ご飯がまだ炊けていないし、足りなくなるかもしれない。

 冷凍うどんあったな、あれでしのいでおこう。

 風呂上がりの岸部くんと池田くんも参戦して、すきっ腹男子四人の食べる量はうちの四人家族とは全然違う。こういう時、湊さんはたくさん食べるし。


「みなさん、男子って野菜不足になりがちだから、野菜たくさん食べて行って。」


「ありがとう、気が利くなあ結月さんは。」


「そういえばここのところ野菜あんまり食べてなかった。」


 ビールも飲むのに、うどんもどんどん食べるし、池田君はダシの昆布まで食べている。もっと昆布入れとけばよかった。

 肉は多分天王寺家から持たされてきたものだろうから、全部使ってしまった。


 私は抜かりなく高そうな肉を中心につまみ、男どもには野菜をたくさん食べるように仕向ける。その後ちゃちゃっと洗濯物を干しておく。

 さあ、もう働かないわよ。

 ご飯も全部食べて見事なまでに完食した男子たちがゲームを始める前に、お楽しみタイム用に持ってきたDVDを取り出す。


「一緒に見ようと思ってレンタルしてきたの。みんなで観たらとってもお得よ。」


「ああ、それ面白いよ。犯人が人間を完全に溶かしちゃう酵素を発見して、殺人を犯しても死体が発見されなくなるってミステリーだろ。ラストでさ、ゴフッ。」


 池田君のみぞおちに岸部君の肘鉄が決まった。江坂くんが笑いながら取りなす。


「満腹だから、DVD観てからゲームしよう。」


 DVDはとっても面白かった。

 ラストで犯人が『君と一番初めに出会っていたら』とヒロインに告白するところがよくありがちなセリフだけど切なすぎる。犯人なのにとってもかっこいいし、完全犯罪が出来ればいいのにって応援してしまったわ。

 気がついたら男子四人は魚河岸のマグロのように寝ちゃってたけど、いいの。

 マグロの扱い方は心得ている。

 タオルケットを出してきてみんなにかけてあげると、湊さんだけが生き返った。


「ごめん、今日はこんなことになって。」


「ううん、いいの。大学のとのつきあいは大事にして。音がして起こすといけないから片付けずに帰るね。今度は私の言うこと全部聞いてもらうから、覚悟しておいて。」


 物わかりのいい彼女だけど、片付けまではやってられない。

 江坂くん、岸部くん、池田くん、貸しにしとくから私か湊さんに返してよ。


 この貸し、案外早く返してもらうことになるんだよ、これが。

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