――殿、惨敗(結月 湊夫妻 30代)

 くっ、今日もダメだったか。

 こんなに毎日頑張っていても、どんなに努力しても手に入らないものはある。

 今までは努力すれば欲しいものは手に入ってきた。それなのに…。

 はぁ、帰宅する足取りも重いが、長瀬に確認の電話をしておかないと。


「長瀬、例のブツの件だが、そっちはどうだ?」


「こっちはダメです。塚っちゃんのところは手に入ったようです。」


「なんだってー!先を越されたか。長瀬、義弟がこんなに困ってるんだから義兄として協力してくれよ。高等部のとき、困った時はお互い助け合うって約束したよな。忘れたとは言わせないぞ。」


「湊さんこんな時だけ義弟とか言い出して…。塚っちゃんも引き続き協力してくれるそうです。もう四日連続ですが、手に入れるまではやめられませんよ。」


「もちろんこっちもだ。」


 何としても長瀬よりは先に手に入れたい――。



「ただいまー。」


「パパ、おかえりっ!」


 飛びついて出迎えてくれたのは俺によく似た長男の大地だいち、三歳。


海斗かいとは?ああ、おっぱい貰ってるところか。ただいま、結月、海斗。たくさん飲んでるか?」


「おかえりなさい、あなた。ちょっと、乳牛じゃないんだから絞ろうとしないでよっ!そんなことしなくても母乳出てるって。それよりあれはどうなったの?」


「はぁ……。手に入ったらこんな顔で帰ってくるかい。奏良そらは?」


 超お転婆な愛娘、奏良がリビングに走り込んできて目をキラキラさせて迫ってくる。五歳の幼稚園児なのに祖母や叔母の雅によく似た派手な美貌。


「パパっわたしのピンクのお花のキーホルダーは?」


「ごめんよ、今日は黄色のキーホルダーだったんだよ。明日も頑張るから、今日はこれで勘弁して。」


「え――っ。今日は絶対って言ったのに、パパの嘘つきっ!いつになったらピンクのお花のキーホルダー手に入るのようッ!」



 事の始まりは幼稚園の仲良しグループの藤井寺ふじいでら紗季子さきこちゃんがカバンにつけてきた、ハンバーガーチェーンのラッキーセットのおまけ、ピンクの花形キーホルダーだった。それを見た奏良と長瀬ながせ優奈ゆなちゃんと塚本つかもと菖蒲あやめちゃんが同じものを欲しくなって、それぞれの家族にねだったというわけ。

 仲良し四人組でお揃いで付けるんだと。

 ラッキーセットを一回食べればいいのかと気軽に請け負ったのだか、ただそれにはとんでもない落とし穴が待ちかまえていた。このおまけ、なんとネックレスとブレスレットと指輪とイヤリングと花形のキーホルダーの五種類が、ピンク、イエロー、グリーン、ブルーの四色、計二十種類もあり、色付きのビニールで包まれ中が見えなくて好きなものを選べないシステムだった。

 俺はもう四日間もランチはラッキーセットを食べていて、初日は『おまけは、いりますか?』と聞かれて『いるに決まってるだろう、何のためにラッキーセットを頼んでると思ってるんだ!』と怪しいおじさん化し、四日目は顔見知りになった店員のお兄さんに、『色はわかりませんが、せめて触ってキーホルダーを当てて下さい』と、特別扱いしてもらえるようになった。黄色だったけど。



「あなた、海斗のゲップお願い。夕ご飯の支度するから。」


「ああ、まかせろ。」


 ゲップ出させるのは得意中の得意なんだよ。ふふ。

 この俺の腕にかかってゲップの出なかった乳児はいない。

 腕利きの心臓外科医でも出なかった奏良のゲップもいつも楽勝だった。


 昼ご飯が連日ハンバーガーなので、連日焼き魚とか煮魚とか和食の夕ご飯にしてくれていて結月の優しさをしみじみと感じる。

 夕ご飯後に、膝に上った愛娘からもう一度説教され、明日は必ずと約束していると訪問者が――桜宮のじいじとばあばだ。


「どうしたの、こんな時間に。」


「ラッキーセットのおまけを集めているっていうから、今日はじいじの書道クラブとばあばのコーラスグループは全員ランチにラッキーセットを食べたのよ。はい、これ。どれがいるやつなの?」


 ざらざらと三十個以上、おまけがテーブルの上に散らばる。

 キラキラしたアクセサリーに大地まではしゃいでいる。


「あった!これよぅ。ピンクのお花のキーホルダー。ありがとう、じいじ、ばあば!うれしいっ!」


奏良の嬉しそうな顔。少し忌々しいが、これでラッキーセットからは解放される。


「じいじもばあばも甘いわね。私と凛姉が欲しがってもこんなに買ってもらえなかったのに、まったくもう。」


「それより、優奈ちゃんの分はあるのか?」


 無ければ明日もラッキーセットだ。長瀬を助けなければ。


「やった、もう一つあるよ。わたし、月曜日に幼稚園で渡そっか?」


「今からパパが届けるよ。」


「いやいや、優奈が喜ぶ顔が見たいから、じいじとばあばで行くよ。驚かせたいから電話するなよ、湊君。」


 こうして仲良し四人組はお揃いのキーホルダーをつけることができる。

 それにしても藤井寺め、覚えてろよ。


「このピンクのお花キーホルダー以外はどうするの?」


「私いらない。大地にあげるわ。」


「わーい、やったー!ぼくの宝物にするね。」


「海斗が口に入れないように気をつけてね。」


 大地が無邪気なのか物欲があるのかわからないが、とにかくよかったよかった。

 この一時間後に天王寺のじいじとばあばが、やはりラッキーセットのおまけと共に来訪する。奏良には冷たく『もう一個あるからいらない。』とあしらわれ、大地が大喜びで受け取らなかったら危ないところだった。

 しかしどうしておまけを集めていることを知っているんだろう。


「決まってるじゃないの、長瀬の地獄耳ばあばに聞いたのよ。」


 長瀬とあまり親しくすると何でも筒抜けになりそうで怖い。

 ああ、でも幸せ。明日の昼は自分が食べたいものを食べよう――。


            おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

期間限定彼女 清泉 四季 @ackjm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ