――バレなくてよかった過去(塚っちゃん母)

 あなたは光、私は影。

 春日は生徒会長でわたしは一般生徒。

 別にそれでもいいとずっと思ってきた。春日の役に立てるのなら。

 女子のグループトラブルや派閥争いを誰にも知られずに春日に注進したのは私。

 誰にも知られていなかったはずなのに――。


「ちょっと局、聞いてる?」


「えっ、ごめんなさい。少しぼうっとしてたかしら。」


「報告は以上かしら。他に何か心配事とかない?」


「ええ、大丈夫よ、春日。」


 副会長、書記、会計の大奥メンバーに指示を出し始めた春日から目を逸らして、私は生徒会室をひっそりと後にする。


 春日には言えなかったが、ここ最近私は問題を抱えていた。

 初めは気のせいかと思えるくらい些細ささいな出来事で、次第に確信に変わっていく。


 ――私、誰かに嫌がらせをされている――局である私が。


 一番初めは、筆箱の中の使いかけの消しゴムが無くなったこと。

 落として失くすことはよくあると思ったけど、お気に入りの鉛筆の小さくなったのもほぼ同時に無くなっていた。

 体育の着替えの時に誰かに見られている気がして、その後に髪を結んでいたリボンが無くなった。制服の上にのせておいたのに。

 それから本を読むときにいつも使っていた金属の薄いしおりも。

 私は局なのに誰にやられているのか、まったく心当たりはない。

 証拠もつかめない。

 これ以上、上履きとか無くなったら恥を忍んで春日に助けてもらうしかない。

 その前にだれか助けて!


「先輩、こんな廊下の端っこで何をしているんですか?」


「あ、あら、しのぶさん。別に何もしてないわよ。」


「部活、始まりますよ。あ、制服の襟に髪がついてます。」


 後輩の忍さんは自然な動作で髪を取って、私から離れていく。


「どうもありがとう。」


 にっこり微笑んだ私は、何気なく彼女の方を振り返り、その場で衝撃のあまり茫然自失になった。

 だって私、彼女が私の髪の毛を素早くハンカチに挟んで、スカートのポケットにしまい込んだのを確かに見たんだもの!


 私……、忍さんに呪われてる!

 ほら、誰かを呪う時は呪いたい相手の爪や髪が必要っていうじゃないの!

 でも何で、どうしてよ。後輩の中では可愛がってる子なのに。

 迷惑だったの?あああ、私、他人のことばっかり見て、自分がどう思われているかなんてこれっぽっちもわかっていなかったのね。


 局失格だわ、春日に言ってやめさせてもらおう。そして助けてもらおう。

 呪いで体調が悪くなる前に。もうちょっと胸が痛い。



 翌日、生徒会室に春日を訪ねようとしたときに、春日から呼び出しを受けた。

 ちょうどいい、局をやめて私の悩みを相談させてもらおう。

 生徒会室に入ると、大奥のメンバーが勢ぞろいして、その前に一般生徒が三人立っている。三人とも悪事がバレたといった顔でおびえているが、その顔触れを見て嫌な予感がした。ああ、気持ちが悪い。きっと呪いが私の体を蝕んできたのね。


 クラスメートでいつも私と目が合うとすぐに逸らす蛍池さん。

 図書委員会が同じの二年生、桜島さん。

 そして部活の後輩、塚本忍さん。


「三人とも、あなたに謝罪したいそうよ。」


 春日が言うと、三人は我先に話し出す。


「ごめんなさい、私あなたのリボンが欲しくて、でも、同じものを買えたから新しいのを返すつもりだったのよ。それからハンカチも。」


「しおりは私です。それから先輩が借りた本、いつもすぐ後に借りてました!」


「部活で擦りむいたとき、絆創膏もらっておきながら使わないでしまい込んでました。あと、タオルもネコババしてました。すみませんでした。」


「ちょっと、私だって先輩と同じリボン欲しいわ!」


「なによ、図書室でいつもへばりついていたくせに、知ってるのよっ!」


「タオルをネコババなんて許せない!ずるい!返しなさいよっ!」


 なんか気がつかないうちに、ハンカチやタオルまで無くなっていたのか…。


「あの、消しゴムと鉛筆は?」


 三人は知らないという風に首を振る。春日が何かに気がついたような顔をした。


「あら、大切なものだったの?私がこの前あなたの筆箱から借りて、生徒会室に置きっぱなしにしてたわ。ごめんなさい。はいこれ、返したわよ。」


 春日あ~、言ってよう。

 私のことを助けようとしていたことも。

 しかし、どうして私なんかに憧れるのかしら。

 春日とか大奥メンバーの方がずっと美人なのに。


「物静かな雰囲気がミステリアスで素敵だったんです。」


「いつも優しくて後輩のこと気にしてくれて…。」


「落ち着いた大人の女性っぽいところがなんともいえないんです。」


 ……三人とも、ちょっと変わった趣味ね。私は地味なだけなのに。


「ファンクラブのように組織立ってればすぐにわかるけど、個人的に三人バラバラで動いていたから生徒会のメンバーもつかみようがなくてね。それに、あなたが使えなくて人手不足だったわ。ともかく嫌がらせではなくてよかったわね。」


 ニッコリと微笑む春日。私のこと気にしてくれてありがとう。

 鉛筆と消しゴムのことはこれに免じて許してあげるわ。


「お願いだから何か欲しい時はひとこと言ってね。私、三人とも友達だと思ってるから普通に話しかけて。」


 こうして私の悩みは春日率いる大奥メンバーによって解決した。

 本当に春日って有能ね。


「蛍池さんと桜島さんは帰ってけっこうよ。塚本忍さん、少し話があるから残ってちょうだい。」


大奥メンバーと私、忍さんの六人しかいなくなると、春日はおもむろに口を開く。


「塚本さん、あなた、三人の中で一番気配を消すのが上手いわ。危うく見逃すところだった。少しだけターゲットを見過ぎていたから気がついたけれど。局、この子を後継者に育てて。次期局に向いてるわ、人手不足だからもう一人局が欲しいところだったしね。」


「あの、局って何ですか?」


 私は忍さんに春日と局のことを説明してあげた。


「ということは、私は局のことを教えてもらうために先輩と親しくできるってことですよね。やります、やらせてください!」


 こうして私は忍さんを立派な局に育て上げることになる。

 仲良くなったついでに立ち寄った忍さんの家で忍さんのお兄さんと出会い、私は彼に一目ぼれをしてしまう。 春日局、忍さんありがとう。



「ところ忍さん、私の髪の毛持って行かなかった?」


「あらやだ、気づかれていたんですか?あれは仲良くできるおまじないなんです。とっても効き目があるって、評判で。やりかたは自分と仲良くしたい人の髪の毛をですね……。それのおかげで先輩と私は親しくなれたって思いません?」


 呪いでなくておまじないでよかった。心から大奥に感謝します。

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