――女神、春日局とお茶をする

【塚本さんとお茶をしながら、いろいろとお話したいの。都合のいい日を教えていただけないかしら。あ、今回桜宮さんは誘わない方がいいわよ、。】


 恐ろしい、天王寺女神からの呼び出し――。こういうものに逆らってはいけないことはよくわかっている。だけど、一人は怖すぎる。桜宮さんが駄目ならそうよ、地獄耳クイーン長瀬さんにすがりましょう。

 私には光の当たる場所は向いてない。クイーンの陰で気配を消すしかないわ。


「長瀬さん、天王寺さんに手土産ですと、何がいいか、教えていただけないかしら?(長瀬さんみたいな人は下手に出て教えて下さいって接するのが正解のはず)」


「女神にお会いになるの?いつ、どうして?」


「お茶に誘われたんですけど、もうどうしていいやら。心細いわ。長瀬さんもご一緒していただけないかしら。智弘も悠人君のこととても頼りにしていますの。だめなら西九条さんに……。」


「お待ちになって、一緒に行くのはいいのだけれど、女神がなんて言うか……。まあ、あの人の好きなものはわかっているから、それを手土産にすれば大丈夫だと思うけれど、一応確認してみて下さる?」


 女神の返事には背筋が凍った。


【もちろんよろしいわよ。


 それって、どういうことかしら。何でもお見通しなのよ感満載なんですけど。

 別にバラされて困る過去は…ちょっとだけあるけれど、法に触れることはやってないはず。



 どうしても行けない急用ができることなく、私とクイーンは約束した日時に天王寺家に難なくたどり着いた。クイーンは素敵マダムが着るワンピース、私は大島紬の着物。これでいいのかしら。クイーンは慣れた様子で呼び鈴を押す。


「さすがクイーン、何回も来ていらっしゃるのね。」


「いいえ、初めてよ。」


 一体、女神とクイーンと西九条さんの女帝って、どういう関係だったのかしら。敵対していたようには見えなかったけど、仲良しでもなさそうな……。


「いらっしゃい塚本さんにクイーン、よく来てくれたわね。」


「あの、天王寺さんがお好きとクイーンにうかがって、フルーツタルトとレアチーズケーキを買おうと思ったのですけれど、クイーンが手作りして下さるって言うので手土産がそういうことになっております。」


 緊張のあまり、変な挨拶になっちゃったわ。ああ、どうしよう。


「ありがとうございます。さあ、どうぞ。今日は最近お友達になったのですけど、塚本さんに是非お引き合わせしてほしという方が一人、いらしてるのよ。お楽しみにね。フフフ。」


 一体誰なのかしら、社長夫人になったから…まさか、もう、クイーン、いえ長瀬さんはどうしてそう生き生きした表情をしているのよ、私が困っているのに。


 リビングのソファには、同じくらいの年のにこやかなご婦人が座っていて、私たちを見ると、親しげな様子で立ち上がる……。あ…………。


春日かすが!!」


「お久しぶりね、つぼね。お元気そうで何よりだわ。」


「春日も…。いえ、今のお名前は?」


「昔通り、春日でいいわよ。私も局と呼ぶから。」


「塚本さん、あなた、局っていう二つ名をお持ちだったの?どういういわれかしら。お二人で春日局かすがのつぼねってこと?地獄耳クイーンの名を欲しいままにした私に隠し事はできないわよ。」


 そう、私は他県だけれどお嬢様学校として有名だった女子校に通っていた。そこでは生徒会が力を持っていて、生徒間のトラブルを未然に防いでいた。いじめや仲間はずれがあると噂になれば、学校のイメージや雰囲気が悪くなり自分たちにも不利。でもどうしてもいざこざは起きてしまう。

 生徒会長は春日局と呼ばれ、何か問題が起きそうな時は大きくなる前に対処し、手に負えなくなったときは先生に通報するという使命があった。

 生徒会のメンバーは大奥と呼ばれ生徒たちからは警戒されていたが、本当にトラブルをチェックしていたのは生徒会長―春日かすが―によって選ばれた一般生徒―つぼね―。

 三年生の時、私のパートナー春日はそれまで全く私と仲良くなかったのに、私を局に指名してきた。『あなたに向いてると思うの。一般の生徒たちは局の存在を知らないから、バレないように頼むわよ。』そう聞いたとき、納得がいった。今まで春日局がトラブルをどうやって知りえたのか不思議でしょうがなかったから。

 そして私は局を引き受けた。だって、一年生の時にクラスの子に意地悪されたとき、当時の生徒会長、先々代春日局がすぐに助けてくれたのだから。

『私が先生に報告したら、大学への内部進学が無くなるどころか学期の途中でも転校していただくことになるわよ。』大抵この一言で片が付くけれど、春日局に知られたと気がついた子はすぐにいじめをやめた。また、相手を陥れたくていじめられたと言っていないか裏を取るのも局の役目。春日と局、二人で春日局だった――。


「まあ、そんなことが。」


クイーンは噂話が聞けて大満足でしょうね。私は正体を知られたくなかったのに。


「局は大層優秀で、私は先生に手に余るトラブルを報告するという失態を、一度もしなかったのよ。いつもトラブルが小さいうちに報告が来て、私と他の大奥のメンバーで何とか出来たの。」


「そうね、うちにも地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんがいたじゃないの。あなたのおかげで結構助かった生徒がいるのよ。」


「えっ私?私は助けてないと思うけど。」


「あなたから噂を聞いて女王が助けてたわ。手が足りないときは私と女帝もね。」


「どこも同じなんですね。」


「私、今でも助けた方はもちろん、いじめた方からもめてくれて良かったと、感謝されているのよ。手柄はほとんど局のものなのに。」


「春日の迫力が恐ろしかったからよ。今の春日は優しそうで別人のようね。」


 こうしてお茶会は思っていたより和やかなひと時だったわ。

 よかった、あのことが天王寺さんや長瀬さんにバレなくて。


 ◇◇◇◇

 同日、学院の敷地の隅のちょっとした池のそばのベンチにて 

 女神の息子のお茶会。


「塚本、ちょっと相談なんだが。」


 殿はペットボトルの緑茶を握りしめている。僕と悠人にもそれぞれジュースをおごってくれている。ここ、アベックの定位置で咲良とよく座ってるから男三人で座りたくないんだけど、そんなことは言ってられない。


「なんでも言ってください、殿。」


「長瀬には相談していない、塚本に相談したいけど一緒にいたから……。お前はついでだ。」


「何でですか、俺も殿の力になれますよ。」


「今回は彼女がいて、関係が対等か、男が主導権を握っているやつに相談したいんだ。長瀬のところは凛先輩が主導権を握っているだろう。」


「そ、それは…。」


「友達の石橋も深井も今宮も、全員つきあっている相手の女子の方が強そうだ。その点、超おしとやかな西九条さんの彼氏、塚本なら大丈夫だよな。」


「咲良が超おしとやかかどうかは置いといて、相談って何ですか。」


「…実は、結月とデートには行くんだが、全然進展しないんだよ。手をつないだりハグしたりしたいんだけど、きっかけが無くて。どうやったらいい?」


「(そこからかい!手をつなごうって言えばいいのに。)あ、僕は荷物を持ってあげようとして、手を出したら咲良が手をつないできたから…。その次からは自然につないでたので参考になるかどうか。でも剣道部女子は自分で持つのが当たり前の防具袋より重いもの、デートに持ちませんよね。」


「…そうだな。」


「あと、咲良が風邪で休んだ時、結月がプリントとか持ってお見舞いに行く役を僕に代わってくれて、お見舞い行った時、元気になってってハグして……したかな。」


「えっ、何したって?しかし、やる時はやるなあ塚本。殿、結月が風邪を引いたらその作戦でいったらどうですか?」


「あいつ中等部の頃から風邪とかで体調崩したことあったか?」


「……いつかタイミングか巡り会わせが上手くいけば何とかなりますよ。チャンスが来るのを待って、逃さないように。」


「結月が主導権握った方が早いんじゃないですか、殿。」


「………。」

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