――おうちデートでやりたいこと♡

「いらっしゃい、先輩、どうぞ上がって。」


 十一月のある日曜日、私は天王寺先輩とおうちデートする約束を取り付けた。

 幸いにも、いいえ、家族がみんな出払うチャンスを逃すわけにはいかない。

 父さんと母さんが出かける予定と、凛姉がデートでいない。ふふふ……。

 今までも外デートは何回か試みたけど、暑かったり、雨が降ったり、人が多かったり、お金がかかったりと楽しさを帳消しにするくらい大変だった。

 一つでも嫌なのに、大抵はさらにおしゃれ靴が痛かったり、トイレに行きたくなった時に言い出しにくかったり、生理痛で薬を飲んでもお腹が痛い日だったり、呪われているとしか思えない。

 だが、自宅ならこちらのテリトリー。快適に過ごせるっていうものだ。

 叱られないように、掃除もしっかりやったし。


「お邪魔します。結月、はいこれお土産のメロン。桐箱に入ってるやつな。」


「キャー先輩、大好きっ!」


「お手軽なやつだなあ。小さい時に誘拐されなかったか?」


「怪しい人にはついて行かないに決まってます、失礼な。」


「ご家族の方は?挨拶しないと。」


「フッ、抜かりはありませんよ。全員外出中で昼過ぎまで帰ってきません。」


「えっ、じゃあ……。」


「もちろん二人っきりです。」


 満面の笑みで答える。


「結月、ここは戸惑いの表情を浮かべて見つめ合うのが正解だと思うんだけど、どうして江戸時代の悪代官みたいな顔してるんだ。なにか企んでるのか。」


「なんですか、悪代官って!私、今日のおうちデートでやってみたいことたくさんあるんです!一緒にDVD観たり、たこ焼きパーティーしたり、先輩とはチェスをしたことなかったからそれと、後は…。」


「わかった、順番にやっていこう。まずDVDな。あっ、お茶なら緑茶をマグカップでくれよ。どうせたくさん飲むから。」


 高校生男女で映画を見るとき、何を見るか、かみ合わないことは多い。

 なので今回はお弁当メンバーにも協力してもらい、警察ものに医者が協力するパターンのサスペンスDVDをチョイスした。


「先輩、秘書の男が怪しいですね。脇役なのに有名な俳優さん使ってますから。」


「ちょっと、そういうことは聞きたくないんだよ。黙って見てろ。」


「…はい。」


 DVDは私にも先輩にも大ハマりで、とっても面白かった。


「トリックが意外でしたね、先輩。」


「犯人は秘書の男だったな…。」


「…すみません。」


 ロマンチックな展開には全くならなかったが、楽しい時間を過ごせた。

 映画でしくじるよりよっぽどいい。トイレが混んでるとかないし。


「先輩、もうお昼です。たこ焼き焼いて食べましょう。準備はしてあるから、食卓にどうぞ。」


「俺、やったことないけど、結月が焼いてくれるの?」


「一緒にやるんです!教えてあげますね。簡単ですよ、子供でも上手に作れるんですから。」


 電源を入れて、油をなじませ、生地の材料を流し込む。タコや天かす、ネギ、紅しょうがを適当に入れるように先輩に指示する。

 適当な量というのに戸惑う先輩が可愛い。


「で、焼けてきたらこの千枚通し(たこ焼きをひっくり返すとがった棒、もともとは工具)で、周りをくるっとしてひっくり返すんです。はみ出ている部分は中に押し込んで、丸くするの。」


「なるほど、面白いな。雅が喜びそうだ。これ、もうひっくり返していいかな?」


「ちょっと早いかな、あっダメですってばもう。先輩ってせっかちですね。」


 どんどんたこ焼きを焼いているのに、どんどんなくなっていく。

 一人前の量が決められている食事の時、先輩はごく普通に一人前を食べていたのに、誰がどれだけ食べたかはっきりしない食事の時、たくさん食べる人なのかしら。これが本性?


「こんなに美味しいたこ焼きは初めてだよ、食べ過ぎても止まらない。」


「出来立てだからじゃないですか。気に入ってもらえてよかったです。」


 マグカップに緑茶のお代わりをなみなみと注いであげながら、食べ盛りの息子をもつ母のような気分になった。私は猫舌なのであまり早くは食べられない。

 ロマンチックな展開はちょっとは期待していたけど、全くならなかった。

 でも、ランチとしては大成功だった。しかもお安く済んだし。


「ちょっと片付けておきますから、ソファーで待ってて。」


 先輩と緑茶入りマグカップをソファーに追いやり、食卓を手早く片付けておく。

 少しだけ洗い物をして、チェスセットをもってソファーへ……。

 そんな私の視界に信じられないものが飛び込んできた。


「えっ、先輩、そんな…。」


 ミステリーみたいに殺されてないのはいいけど、 寝てる!

 ロマンチックな展開どころじゃない、何寝てんのよこの人。

 先輩はすっかりくつろいだ様子で、父さん愛用のひざ掛け毛布にくるまってソファーに横たわっている。どうして、なんでよ!

 DVDでくつろいで、たこ焼きでお腹いっぱいになったら、寝ちゃうわけ?

 ……。うぬう、寝てしまったものはしょうがない。

 寝たのなら起きるまで待とうホトトギスよっ。起こしたり、殺しちゃわない私って優しいわね。ふふん、寝顔見て喜んでるからいいわ。

 先輩は、イケメンかイケメンでないかと聞かれたら、…イケメンと答えてもやぶさかではないだろう。人の好みもあるけど、長瀬君や塚っちゃんの方が顔面整っていると私は思う。でも雰囲気が、リーダーっていうか、人の上に立つというか頼りになりそうな人で、そこがいいんだよね。今寝てる先輩は全くの無防備だけど。

 それだけ私に気を許してるってことにしておいてあげよう。

 しばらく見ていたいけど、夕ご飯の用意とか、洗濯物をたたんでしまうとかやっとくこともあるので家事を進めることにした。


 三十分以上、家事をして、先輩が起きたか目をやる。


「あっ、既視感デジャヴ。」


 ――私は以前どこかでこの光景を見たことが確かにある。

   先輩がくつろいで私のそばで眠る姿――


 もしかして、前世でも、ううん、前々々世からの運命?あぁん、素敵!



「ただいまー悠人も一緒だけどいい?結月は何を身もだえしてるの?不気味よ。」


「おかえり、凛姉。もう帰ってきたの?」


「帰るってラインしたじゃない。昼過ぎまでは邪魔しなかったから時間はたくさんあったでしょ。なに、父さん、もう帰ってたの?」


「えっ父さん?」


「いつもの場所で魚河岸のマグロになってるじゃない。」


「こんにちは、お邪魔して…!!凛さん、この人、殿だよ。」


「既視感じゃなくて、自分の父親かっ!道理で見たことある光景だわ。」


 結局先輩は、三時近くに両親が帰ってくるまで眠っていた。


「結月ったら、緑茶をマグカップで出すなんて。ちゃんとお客様用の湯飲み、あるでしょう。」


「だって…。」


「だってじゃありません。本当にこの子は…。躾けがなってなくて恥ずかしいじゃないの。」


 凛姉に言われるならまだしも、母さんに言われたくないわ。躾けときなよ、自分で。そして先輩、自分でマグカップ頼んだこと言いなさいよ。


「申し訳ありません、よそのお宅でこんなにくつろいでしまって。昨日は夜遅くまで勉強していて。」


 天王寺先輩は素早く体制を立て直して爽やかに挨拶していた。

 もう一度言う、マグカップは自分の希望だって言えよ。


「いやいや、わかるよ。外で気を張って頑張る人は、家でくらい、くつろがないとなあ。うちは天王寺君には眠ってしまうくらい居心地がいいってことで、光栄だ。いくらでも眠ってくれ。よかったら私の魚河岸のマグロ同盟に入るかい?」


 長瀬母作製マドレーヌを頂きながら、父さんは先輩をとても気に入ったようで、先輩もスーパー銭湯でかっこいい父さんを見ているので、その話が弾んでいる。


「あの、俺もマグロ同盟に……。」


「ああ、長瀬君。君はマグロ同盟に向いてないんじゃないのかな。どうしてなんだろう、君には殺意しか湧かないんだよ。天王寺君は、息子がいたらこうかなっていう気がして、うれしくてしょうがないのに。」


 凛姉は助け船を出さずにそっぽを向いていた。


「どうして俺はマグロ同盟に入れてもらえないんだろう、凜さん。」


「大丈夫よ。そのうち父さんは、天王寺君にも殺意を感じるようになるから」

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