――闇将軍、塚っちゃん

 悠人、君が光なら、僕は影。(殿はサーチライト)

 君が剣道で目立ってる先鋒なら、僕は地味な次鋒。(殿は大将)

 君が鬼姫の彼氏なら、僕は輝夜姫が月読の君をかばうためのダミーの彼氏。(殿はその月読の君の彼氏………まったく。本当はちゃんとした輝夜姫の彼氏だ!)

 別にそれでもいいと、ずっと思ってきた。

 少数の友人が本当の僕を知ってくれていれば……。

 僕の家は忍びの一族。けっして光の当たる目立つところに立たない。

 高等部一年の時、桜宮さんと咲良の危機(クラリネット王子との破局)を殿に注進したのも僕。

 他にも予算委員会後の軋轢など剣道部員の危機をこっそりと解決してきた。

 勉強でも運動でも、いつも三番手あたりで息をひそめる。

 トップに立つと出る釘を思いっきり叩いてくるやつや、足を引っ張ろうとしてくるやつと戦わなければならない。そして動きを注目される。

 地味な名字に紛れ、僕の下の名前を知る人は少ない。

 だけど、もう隠れてはいられないのかもしれない。

 友人たちや彼女の光が眩しすぎて、影が出来ない……。助けて。



「赤、一本!大将戦、K学院!」


「「「塚っちゃーん!」」」


 部のみんなが取り囲んで祝福してくれる。


「よくやった、本当に塚本はやる時はやる男だよ。」


「いえ、みんなが応援してくれたから、力が出せました。」


 先輩たちと最後の試合、どうしても勝ちたかった。たとえ捨て駒の大将でも。

 非情な石橋先輩のオーダーによって、僕は連戦、大将だった。


「案外、塚本って大将に向いてるかな。」


「石橋先輩、やめてください。僕の前までで、二対二で気合が入っただけです。」


「本当は大将前までで決めておきたかったけど、塚本がいれば安心だったな。」


 光の当たる場所も悪くない――。


 ◇◇◇◇

「塚本君、数学のこの問題、教えてくれないかなあ。」


「悪いけど忙しいから他の人に聞いて。」


「じゃあ、ノートだけでも。」


「自分で使うから無理。」


 危ない危ない、うかつに他の女子と親しくしたら、咲良に冷たい目で見られるだけならまだしも、下手をしたら淀屋橋先輩の二の舞だ。

 僕は忍びの一族、誰にでも優しいわけではない。


「塚本ー化学のこの問題教えてくれよー。」


「いいよ、どれどれ、これはね。あっ、ノート貸してやるよ。明日返してくれればいいから。」


 化学の説明をしていると、男子たちが集まってくる。


「塚本って、いいやつだなあ。トップ10のやつらより教え方上手いし、親切で。」


「西九条さんが彼女なんだろう、あの超おしとやかなお嬢様の。」


「剣道でも大将で、余裕で勝ったらしいじゃん。」


「白菊会で、塚本の母さんに、天王寺先輩と長瀬と西九条さんの母さんが頭下げて真っ先に挨拶してたっていうじゃないか。」


「マジで!うちの母さんが三人を女神とかクイーンとか女帝って言ってるの聞いたことあるよ。そんな人たちと親しいのか。」


「そういえばこの前、図書館で殿と一緒にいただろ。勉強してるのかと思ったら、塚っちゃんが殿に『ダメです』って言ってたよな。殿より上なのか?」


「塚本って案外、闇将軍なのかもな。」


「いえてるー。」


 ――闇将軍。やめてほしい。僕に影の名前は必要ない。

 光の当たる場所は苦手、でも。

『塚っちゃん』それだけでいいと思っていたのに――。



「月読の君になりたいよう。どうしたらいいんだろう。」


 いつものメンバーで弁当を食べていた時、最近考えていたことが、つい口から出てしまった。


「えっ、塚っちゃんは月読の君になりたかったのか。」


「できるなら今すぐにでも代わってあげるけど。」


「どうしてよ。塚っちゃんって呼び方、合ってるのに。」


「だって、月読の君は咲良の輝夜姫とセットになっているじゃないか。それになんか最近、闇将軍とか言われだしてるし。そんなのいやだよ。」


「いいじゃないか、闇将軍、かっこいい。俺なんかプリンスになりそうだったんだぞ、恥ずかしい。藤井寺がいてくれて助かったよ。」


「凛姉は鬼姫だったのよ。今でもみたいだど。」


「俺なんか彼女が鬼姫なんだぞ。まったく。」


「そこ、同一人物だよね。しかも惚気入ってるな、悠人。」


「塚っちゃんは塚っちゃんじゃないの。それじゃあダメなの?」


「…塚っちゃんでいいけど、なんだかちょっと寂しいかも。影の名前が欲しいなんて、どうかしてるな。でもみんな、僕の下の名前、当然知ってるよね。」


「へっ!も、もちろんだよ、長いつきあいじゃないか。何言ってんだよ。」


「「し、知ってるわよ。」」


「怪しい。ちょっとせーので言ってみてよ。」


「そんなの言わなくても知ってるのに。信用できないの?」


 咲良の優しい微笑みすら、ごまかしているんじゃないかと疑わしい。


「まあまあいいじゃない咲良、言ってあげようよ。」


 相談する時間や名前を調べる時間は与えないぞ。


「じゃあいくよ、せーのっ!」


「「「智弘ともひろ!」」」


――ああ、僕が浅はかだった。みんなちゃんと僕のことはわかってくれている――


「みんな……。ありがとう、ごめん、少しでも疑って。」


「塚っちゃんがすっきりするなら、お安い御用さ。」

(小さい頃は、ともくんって呼んでたからな。ひろの部分は自信がなくて小声で言ったのバレなくて良かった。)


「仲間じゃないの。」

(今年剣道部の名簿を作ったのは私よ。覚えていてラッキーだったわ。)


「私はともくんの彼女じゃない。」

(お父さんと漢字は違うけど同じ名前なのよね。じゃないと危なかったわ。)


 こうして穏やかに一日を終え、帰宅すると……。



「大変よっ智弘、父さんがっ!!」


 血相を変えた母さんが玄関に飛び出してくる。どうしたんだろう。

 父さんは大企業に勤めてはいるが、いつも取締役になれそうでなれない、微妙な地位で家族のために働いていた。それなのにまさか…。


「どうしたの、倒れて病院に、いやもう死んじゃったの?」


 今朝はあんなに元気だったのに。ああ、なんてことだ。

 もしかして僕が喪主か。光の当たる場所は苦手なのに。

 まだ中等部の弟と初等部の妹がいるのに。

 いや、落ち着け、僕がしっかりしないと。喪主くらい完璧に務めてみせる。


「違うのよっ!会社の上層部の不正が発覚して、会長、社長は辞職、取締役も黒とグレーばっかりで、どうやら父さんに社長が回ってきそうなのよっ!お昼のワイドショーその話題で持ちきりよっ!」


「なんだって!父さんは三番手、四番手の位置が好きだった言ってたのに。光の当たる場所は苦手だって…。」


「父さん、めちゃめちゃフラッシュ焚かれて光ってて、顔が脂でテカっテカに光ってたわ。」



 ――そしてもう一人――


「天王寺さん、お聞きになった?ワイドショーで連日報道されているKAKUYO産業の新社長の塚本さんって学院の父兄だって噂でしてよ。」


「その方ってこの前、桜宮さんと御一緒だった塚本さんの御主人ってことじゃないかしら。またしても桜宮さんったら旬の人を少し前からとらえていたのね。さすがだわ。この私が勝てないなんて、フッ、世間は広いわね。塚本さんとも一度、ゆっくりお茶でもしたいわ。」


 女神から塚本母へのお茶会の招待は近い。たとえ光の当たる場所が苦手でも。

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