――恐怖!白菊会(女神、女帝、クイーン)
「まあ、桜宮さんじゃなくて?お久しぶり。」
デパ地下で月に一度の至福の買い物タイムを楽しんでいるのに、どなたかしらこの美魔女――、あっ思い出したわ。
「天王寺さん、いつも娘がお世話になっています。」
「こちらこそ、子供たちが仲良くしていただいてありがたいですわ。今日は何をお買いになったのかしら。また流行最先端のお品かしら。スイーツなら私、相当詳しいんですのよ。」
私が買った買い物包みを興味深そうに見るのはやめてもらえないかしら。
セレブに探られるようなもの、買ってないんですけど。
「いえあの、主人が梅田屋の大判焼きが好きなもので。それだけですのよ。」
「まあ、お医者様は激務だから、甘いものが欲しくなりますわよね。…私もそれ、買って帰りますわ。それはそうと、私、以前から一度桜宮さんとゆっくりお話ししたいと思っていたのよ。こんな所で立ち話はできないから、来月の高等部の白菊会にいらっしゃいよ。」
「白菊会って言うと、学院の父母会でしたわね。」
「そうよ。半年に一度の白菊会ですけれど、高等部の父兄ならどなたでも参加できて、懇親会のようなものですわ。桜宮さんはお見掛けしないようだけれど、剣道部の保護者の方もみえると思いますし、皆さんと噂話も含めてお話しするのは楽しいし、有益ですのよ。絶対にいらしてね。では、失礼。」
言うことだけ言って颯爽と去っていく美魔女。
――セレブ父兄に混じりたくなくて、白菊会なんて一回も行ったことないのに。ああ、私が学院ОGなら……行かないと結月が困った羽目になるのかしら……
でも、一人では心細いわ…、誰か、そうだ、PTAのクラス役員を一緒にやった塚本さんに頼んで一緒にいってもらいましょう。
◇◇◇◇
「塚本さん、こっちよ。ごめんなさいね、無理なお願いしてしまって。」
「いいのよ、桜宮さん。私も天王寺さんには一度ご挨拶したかったし、長瀬さんや西九条さんともお話したかったの。誘ってくれて、うれしいわ。」
「塚本さんは訪問着なのね。私、仕事のスーツだけど、大丈夫かしら。」
「私はついでがあって、そのまま来てしまって…。それより、どうして会場がホテルのパーティールームなのかしら。会費がいるとは聞いてないけれど。」
「なんだか怖くなってきたわ。塚本さん、絶対にそばにいて下さいね。」
「挨拶だけしたら、素早く逃げ出しましょう。」
どうしよう。とんでもないところに迷い込んでしまった。父兄と言っても平日の午後、圧倒的に母親が多い。着物の人もちらほら見えるけれど、高級ブランドのスーツの人や、シックな装いだけど、身に付けているアクセサリーのデザインがこの宝石は高価ですって主張している人も多い。塚本さんったら上手く溶け込んでるわね。私なんてスタッフすれすれのスーツだわ。
取りあえず隅のテーブルに座って、理事長や白菊会役員の挨拶を聞く。
「塚本さん、私もう帰りたいかもしれない。」
「何言ってるの、ここまで来たんだからご挨拶だけはしていかないと、かえって失礼よ。それにしても、どこにいらっしゃるのかしらね、人が多くて。」
「どう振る舞ったらいいのか、わからないのが怖いわ。塚本さんは御存じなの?」
「私は他県出身だから知るわけないわよ。でもこういう時は知ってそうな方に聞けばいいの。私に任せて。近くの人に聞いてみるから。」
塚本さんが問いかけてくれたのは、ふっくらとした優しそうなご婦人。見るからに人が好さそうで話しやすそう。さすがね、塚本さん。
「すみません、私たち白菊会は初めてなんですけど、この後の懇親会でご挨拶したい方がいるんです。なにか気をつけることや、知っていなくてはいけないことがありましたら教えていただけないでしょうか。」
「まあ、そうでしたの。この白菊会は、高等部の生徒の父兄ですから、表向きは皆さん平等で『さん』付けでお名前をお呼びになるの。『様』呼びすると部外者って思われてしまいますよ。こういう会にありがちな派閥はほとんどないので安心してね、それぞれの父兄のお仕事が複雑に関係していらっしゃるから。只…、」
ふっくら夫人は少しだけ目を光らせて微笑んだ。
「天王寺さん、西九条さん、長瀬さんにはお気をつけて。そのお三方は学院のOGしかも同学年で、在学中はそれぞれ女神、女帝、クイーンと呼ばれていて派閥こそなかったものの独特の力をお持ちでしたわ。あと一人、女王がみえましたけど、今は海外にいらっしゃるから…。ともかく、あの方たちに比べたら、今の女王やクイーンなんて、お話になりませんことよ。」
「すみませんが、女神と女帝とクイーンについてもう少し詳しく教えていただけませんか?」
用事があるのはその三人じゃないの!ナイスよ、塚本さん。
「もちろんいいですわ。女神と女帝は特定の取り巻きのような友人を持たない、下級生みんなのお姉さまでしたの。女神は部活のテニスと恋愛に燃えていらしたし、女帝は格の釣り合う御友人がいなかったのだと思うわ。クイーンは下級生に人気で、料理研究家になっても応援する下級生が多くて。私もその一人なんですの。よろしかったらクイーンにご紹介いたしましょうか?」
「「是非ともよろしくお願いします!!」」
「塚本さん、クイーンを捕まえられれば、女神や女帝にたどり着けるわよ。」
「桜宮さん、影の名前はやめて、長瀬さんって名字にした方がいいんじゃない?」
しかし、クイーン長瀬はたくさんのセレブに囲まれていて、私たちは、ななかなか気がついてもらえない。
挨拶しようと努力はしたんだから、もうあきらめようか……。
「女神も女帝もクイーンも、誰か特定のお姉さまではなくて、下級生全員のお姉さまでいらしたから人気者で。待っていれば順番が回ってきますよ。」
「たとえ息子がクイーンの息子さんの親友でも、親同士はそうでもないものね。ああ、クイーンがあんなに遠い。」
「娘が剣道部でクイーンの息子さんと仲良しってだけでは、近寄れないわ。」
「あの、お二人のお名前を伺ってもよろしいかしら。私は豊中と申します。娘も剣道部ですのよ。」
「あら、失礼しました、私は塚本、こちらは桜宮さんです。」
「まあ、なんてこと、私としたことが。いつも娘がお世話になっていて。ちょっとお待ちください、それなら割り込んでみますわ。」
「やめてください豊中さん、私たち、そういうことをして目立ちたくないので。」
三人でわあわあしていると、周りの雑談がピタリとやむ。
顔を上げると、美魔女が微笑みながら自信たっぷりにこちらに歩いてきた。
その真横にも超和服美人が美しい所作で連れ立っている。
「ちょっと、皆さん、天王寺さんに西九条さんじゃないの。女神と女帝がそろってお話に見えるなんて、さすがクイーン長瀬さんね。」
「まあ、そんなことございませんわ。天王寺さん、西九条さん、お久……。」
女神と女帝はクイーンには目もくれずにこっちにやって来る。
「桜宮さん、来てくださって嬉しいわ。先日の梅田屋の大判焼き、あの後すぐにテレビで大物女優の差し入れって紹介されてから、長蛇の列よ。早めにゲットしておいてよかったわ。」
「あの、天王寺さんは桜宮さんと親しいんですの?」
クイーンが戸惑った表情で話の輪の中に入ってきた。
「あら、地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんったらご存じないの?桜宮さんはゴッドハンドフェイスエステもアウトドアも人気スイーツも流行のものにとっても詳しいのよ。私、いろいろ教えていただいてるの。」
「桜宮さん、ご主人に夫を手術していただいて、あの時は本当にありがとうございました。今ではすっかり元気ですの。それに結月さんには咲良がとても仲良くしていただいて、とても感謝しております。一度ご挨拶したかったですわ。今日の白菊会にはみえるって、女帝にお聞きしたので楽しみにしてまいりました。」
「えっ、桜宮さんの御主人はお医者様なんですの?」
「あら、地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんったらご存じないの?桜宮さんの御主人はそれは優秀な心臓外科医ですのよ。あの先生なら手術は成功間違いなしって雰囲気で、本当に救われました。」
「私は知っていたわ。スーパー銭湯で心肺停止だった方を生き返らせたのよ。とても的確で素早い処置で、まさに名医って感じでした。」
「あの、心肺停止ではなかったというか…、主人は開業医ではなくて勤務医ですから、そんなに…あまり騒がれたくないのでこの話はもう。」
「なんて控えめな方なのかしら。さすが湊の彼女、結月さんのお母様ね。普通なら自慢しても当然のことですのに。」
そこへ豊中母まで参戦してきた。
「桜宮さんの姉娘の凜さんでしたっけ。大層な人気で彼女の彼氏を奪えたら大金星って女子たちのトラップに、淀屋橋さんの息子さんが引っかかって大恥かいたって。たしか娘がそんなことを言ってたわ。」
「えっ淀屋橋さんの御子息が?」
「あら、地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんったらご存じないの?私は知ってましたわ。すぐさま凜さんの彼氏におさまったって、あなたの息子の悠人くん、男子たちにとってもうらやましがられていたわよ。湊が言ってたわ。」
「またトラップを仕掛けられるといけないから、咲良と結月さんと塚本君でお昼は一緒に食べているの。いつもおかずをありがとう。申し訳ないわね、クイーン。」
「えっ、クラスの男子友達か、剣道部の友達とでも食べているのかと…。女帝の娘さんの咲良さんまでがご一緒に…。」
「長瀬先生のおかずが美味しくて、結月が少し太ってしまったの。凜がうらやましがってて。長瀬先生にお会いしたいって、ずっと言ってましたの。うちは共働きなのでいつも凜がご飯のおかずを作っていて結月が手伝っているんです。」
「……そうだったんですか。(地獄耳クイーンの名を欲しいままにしたこの私がなんて体たらくなの……)」
そこへもう一人、あたりを払う不思議オーラをまとった光沢のある布地のワンピース夫人が加わった。
「クイーン長瀬さん。在学中は私の学年が一つ下で競えませんでしたが、息子たちは同学年。いいライバルとして競い、必ずや藤井寺家が勝って見せますわ!」
「「「プリンセス藤井寺!!」」」
「悠人と藤井寺くんがライバル?またも地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんったらご存じないの?かしら。悠人ったら帰ったらただじゃおかないわ。」
「それは私たちも知らなかったわ。藤井寺家はやっかいよ。」
「ちょっと、それより私のこと紹介してよ、桜宮さん。」
「あら、気配が全然…あの、塚本さんです。剣道部の。」
「まあ、悠人がいつもありがとうございます。」
クイーンはさすがに塚本さんには丁寧にお辞儀をしていた。
息子同士初等部の時から仲良しらしい。
「部活だけじゃなくて、いつも湊が仲良くしていただいて。」
学年が違うのに、部活だけじゃないって、相当親しいってことよね。
「この間、塚っちゃんを紹介していただきましたが、聡明で穏やかそうな人柄で、うちの咲良にはもったいないですわ。」
咲良さんとつきあってて、もう親に紹介済みなの、塚本さんの息子さん。しかも塚っちゃんって呼ぶほど親しくしてたの?塚本さん、あなたの息子、何者なの。
「まあ、塚本さんの息子さんと西九条さんのお嬢さんが…。」
「地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんったら…ホホ…。」
「本当にね。」
こうして和やかに白菊会は終わった。豊中母にたくさんの情報をもたらして…。
◇◇◇◇
白菊会から帰ってきた母さんは機嫌がよさそうだったのに、俺を見るなり説教モードに切り替わっていた。
「ちょっと悠人、凜さんとは仲直りしたの?」
「したけど、母さんは口出さないでくれよ。」
「母さん、ちょっと誤解していたわ。凜さんに謝っておいて。ごめんなさいねって。よかったら、また遊びに来て欲しいわ。」
「……何があったの?」
「それよりアンタ、母さんに学校の話をこれから毎日五分はしてくれないと、お小遣いはあげませんからね。」
「なんだよ、俺は毎日あったことを母親にしゃべるタイプじゃないんだよ!」
「今日の白菊会で何回『あら、地獄耳クイーンの名を欲しいままにした長瀬さんったらご存じないの?』って言われたことか!屈辱だったわ。」
「…………。」
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