――あなたか、それともメロンか
「こんにちは、お邪魔します。」
天王寺家は何回かお邪魔しているけど、いつも緊張する。
メロンとテスト勉強だけど、天王寺先輩と過ごせるっていうのがうれしいに決まってる。たとえご家族がいても。
「今お茶入れるから、ダイニングテーブルの適当なところに座ってろよ。お茶は何がいい?コーヒー?紅茶?それとも緑茶?」
「緑茶がいいな。」
「あ、俺も緑茶が一番好きかな。」
「あの、おばさまは?ご挨拶したいのだけど。」
「母さんは今日は夕方まで出かけてるよ。なんだよ、心配しなくてもメロンは二つあるからたくさん食べていいし、そろそろ颯と雅も帰ってくるよ。」
先輩は笑いながら、なぜかブランドもののマグカップになみなみと緑茶を入れたのを渡してくれる。そんなには緑茶飲まないのに。先輩って相当緑茶好きなの?
「雅ちゃんと颯君なら、今日は園芸部の畑に寄るって言ってたわよ。雅ちゃんが畑仕事をやってみたいから、颯君におねだりして連れて行ってもらうって。」
「えっ、じゃあ……。」
「…この家に二人っきりです……。」
ちなみに天王寺家にはお手伝いさんはいない。定期的にハウスクリーニングを頼んでいるだけ。正真正銘の二人っきりだ。
「………(落ち着け、まず落ち着くんだ、俺。これは大チャンスだけど事前に想定してなかったせいでどうしたらいいのかパニックだ。危機管理が大切ってこういうことか、いや、違うだろ。ここで何もしないっていうのはありえないな、しかしどこまでならOKなのか、長瀬、いや塚本でもいいから相談したい!)」
「………(ラッキー!先輩二人きりなんてチャンス、めったにないわよ。学院じゃどこで見られてるかわかったものじゃなくて、すぐ噂になっちゃうけど今なら先輩と二人きりでお茶をしようが、メロンを食べようが、テスト勉強をしようが、手を握ろうが、ハグしようが、闇討ちを仕掛けて簀巻きにして堀に放り込もうが思いのままってことね。さあ、どうしてくれよう。)」
しばらく二人で見つめ合った後、先輩はメロンと包丁を取り出した。
網目が細かくて、とっても美しいメロン。美味しそう。
「まず、メロンを食べような、結月。」
「はい。」
私のことわかってるわね、先輩。
「半分くらいでいいか?」
「はい。」
私がそんなにメロン食べると思ってるの、先輩?…食べるけど。
「テスト勉強はリビングですればいいかな。」
ちっ、わかってないわね、先輩。
「リビングよりも先輩の部屋がいいな。男子の部屋って見たことないから。」
あっ、メロンを切る先輩の手が大きくずれる。私大きい方がいいな。
「!……(これって誘われてるのか?OKってことか?)…メロンどうぞ。足りなかったらお代わりあるから。あっフォークじゃなくてスプーンの方がいいな。はい。」
「ありがとうございます。(もちろん誘ってるのよ先輩。メロンも先輩もいただいちゃうわ。カマトトぶってチャンスを逃すわけにはいかない。箕面師匠の教えを生かさなくっちゃ。)」
スプーンをもらう時に手が重なる。メロンもいいけど、ここで抱きついとくか。
先輩の手をガッチリ握りしめると、戸惑うような瞳。その瞳から目が離せない。
このチャンスはものにするわ!そっちが来ないならこっちから行くわよっ!
「先輩、私……。」
「結月、…………さっきからスマホ鳴ってるぞ、出ろよ。」
「いいんです、今いいところだから無視しとけば。」
「いいから、先にそっちを済ませろよ。気になるじゃないか。」
「うんもう、私は気にならないのに。誰かしら、しつこいわね。あら長瀬くん。」
電話の主は長瀬くん。
『結月、今、結月の家のマンションの前なんだけど、凜さんに門前払いを食わされたんだよ。頼むから凜さんに会えるように取り計らってくれないか。』
『こっちも取り込んでるし、大チャンスなんだけど。』
『俺、殿と結月のことで殿にデカい貸しがあるんだよ。殿に聞けばわかるから。ほんと頼む、早く来て!』
「すぐ行こう、結月。長瀬の困ったことには全力で助けると約束しているんだ。」
「そんな!先輩、私まだメロンを一口も食べてないのに!」
◇◇◇◇
取りあえず半分に切ったメロンにラップをかけて冷蔵庫にしまい、不機嫌なまま自宅に駆け付けた私と一緒に来てくれた天王寺先輩は、長瀬くんのいで立ちを見てびっくり仰天した。
白薔薇の花束をもった長瀬くんは超おしゃれなブランドスーツを身に付けて、髪もセットしている。プロポーズでもするつもりか、長瀬くん。
「ごめん、結月。先輩もすみません。」
「いいのよ、そこまで本気を見せられちゃ、助太刀しないわけにはいかないわ。私の姉のことでもあるし。ただし、
「長瀬、乱闘になったら止めに入るから、思い切って行け。」
三人でこっそり家に入って、凛姉の部屋の前で目で合図する。『行くわよ。』
「凛姉、ただいまー。先輩の所でメロンもらってきたけど、食べようよー。」
ドアが開く。いやしんぼ姉妹なのがバレた。
「食べる…あっ悠人、騙したわね、結月!」
「なにも騙してないもん。長瀬くんがたまたまいただけで。」
凛姉の部屋に突入する長瀬くん。
先輩は邪魔にならないように離れたところから成り行きを見守る。
「凜さん、僕にとって一番大切なのはあなたです。はっきりしなかった俺を許して。これからは絶対に凜さんの味方をするから。受け取ってください。白菊じゃなくて白薔薇なのは、こっちの方が凜さんのイメージだからだよ。それから、今年は間に合わないけど、来年は自分で白菊を育てて必ず贈るから。」
どうするの、凛姉。メロン切る前なら丸ごともらってこれたなあ。いや、あきれられちゃうから我慢して正解だったか。いやいや、メロンどころじゃなかった。
これから修羅場だぞ。全員がそう思ったその時、
「悠人……私こそごめんなさい。親を大切にするのは悪いことじゃないのに。私も悠人が一番大切よ。こんな短気な私を許して。花束ありがとう、うれしい。」
驚いたことに凛姉は反省していたらしい。白薔薇の花束ごと長瀬くんに抱きついている。そして私にしっしっと手を振って部屋から出ろと合図を送ってきた。
「上手くいったようだな。」
「もう、だったらさっさと会って、仲直りしたら良かったのに。メロン…。」
凛姉の部屋から出て、ドアもちゃんと閉めておいてあげる。
「メロンはまた今度でいいじゃないか。たいてい冷蔵庫に入ってるから。なんなら今、その辺のスーパーで買ってこようか。」
「だって、天王寺家のメロンはスーパーのメロンとは違うもん。台所の隅に、メロンの入っていた桐箱置いてあったじゃない。…二人きりっていうチャンスも。」
「今、結月の部屋に行けば?」
「えっ、突然はダメですよ。予約なしで乙女の部屋に入れると思ってるんですか?あっダメですってば、やめて、見ないでください!」
散らかり放題に散らかっている部屋を見て言葉を失っている先輩。
「……。今から掃除しろ。」
「違うんです、今テスト期間中で!いつもはもっときれいにしているんです!テスト終わったら掃除するつもりだったんですぅ!」
「言い訳はいいから、さっさとやる!手伝ってやるから。」
三十分くらい片付けて掃除機までかけ、やっと先輩の『よろしい』が出る。
リビングでお茶を飲みながら軽くお説教されていると、凛姉と長瀬くんが部屋から出て来た。和やかな雰囲気でホッとする。
「長瀬くん、良かったね、仲直り出来て。」
「ありがとう、結月。殿にも迷惑かけて。」
目が合った瞬間、長瀬くんは真っ赤になって視線を逸らした。ん?
スーツは乱れてないみたいだけど、シャツのボタンが上二つ開いてるし、前髪が乱れてて、なんか色っぽい。ちょっと魂抜かれちゃってる感じもする。
私なんて、メロンはおろか、叱られて部屋掃除だったんだからね。覚えてろよ。
「長瀬、お互いに困った時は全力で助けようなって約束したじゃないか。」
「はい、殿。これからもよろしくお願いします。」
こうして私たち姉妹が幸せなことになっていたのに、母さんに強烈な試練が降りかかってこようとしていた――。
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