――別れは突然
これは夢じゃない。現実だ。
どうしてこんなことになってしまったのか、誰か教えてくれ。
確かに俺と凜さんは上手くいっていて、この先も上手くいくはずだったのに――
「悠人、私言ったよね。あなたに求めるものは一つ。いついかなる時も絶対に私の味方でいることって。残念だわ、私あなたのこと、とっても好きだったのに。あなたは私じゃない方を選んだのね。」
「凜さん、待って!俺が悪かった、謝るから許して。」
「謝る必要もないのに、許すことなんてできないわ。悠人、ううん、長瀬君、じゃあね、さようなら。」
◇◇◇◇
あれは確か一か月くらい前の話。
部活友達で凜さんの妹、結月のお願いがきっかけといえばきっかけだった。
「長瀬君、お母さんって有名な料理研究家でしょ?昨日のパンプキンパイ、とって美味しかったわ。今度天王寺先輩の家に行くとき、自分で焼いたのを持って行きたいから、お菓子作り教えていただけないかしら、やっぱり忙しい?」
「どうかな、聞くだけ聞いてみるよ。」
家で母さんに、天王寺先輩の彼女がお菓子作りを習いたがってることを伝えると、すんなりOKが出た。多分、天王寺の名前を出したからだと思う。
やってきた結月の態度も完璧だった。
「お忙しいところ、ありがとうございます。桜宮結月と申します。私いつも、先生の料理本でおかずを作っていますけど、お菓子は苦手で。」
「まあ、そうなの?いつもはどういったものを作っていらっしゃるのかしら?(フン、口先だけのお世辞じゃないかしらね。)」
結月がカバンから取り出した三冊の料理本は母さんが出版したもので、使い込まれて醤油のしみがついたり、付箋がはられたり、余白に書き込みされたりしていて結月がお世辞で言っているのではないことをはっきりと示していた。
「どれも結構何回も作っていますが、この◎の印をつけたのは家族に好評です。あのう、一冊でいいので、サインいただけますか。」
「まあっ、なんて素晴らしいお嬢さんかしら。この料理本は私が出版した中でも特に自信作の三冊なのよっ。三冊ともサインしますとも。それに、最新刊もプレゼントしますよ。さっ、さっそく始めましょうねっ。」
気味が悪いくらい非常に和気あいあいとした雰囲気の中で、結月はさかんに「さすがですね!知りませんでした!すごいですね!センスが素晴らしいです!そうなんですか!」と感心しまくり、母さんは上機嫌で作業は進んでいく。
パンプキンパイと、ショートケーキが出来上がると、「こんなに上手くできたのを持っていけたらいいのに。」と言う結月に、「今から持って行けば?電話してごらんなさいよ。女神、いえ、天王寺の奥様によろしくってお伝えしてね、結月さん。」と愛想よくアドバイスしていた母さん……。
「今から来てもいいって!長瀬先生に教えていただいたって言ったら、家族全員で期待してる、楽しみだって。」
結月は抜かりなくパイとケーキを箱に詰めて去っていった……。さすが凜さんの妹。しかし、帰り際に結月は母さんにいらんことを言ってくれたのだ。
「慌ただしくて申し訳ありません。でも私一人ではこんなに上手に作れなくて。」
「いいのよ、くれぐれも天王寺の奥様によろしくお伝えしてね。あなたみたいな可愛らしい人が天王寺くんの彼女で、うらやましいわ。うちの悠人なんて彼女のかの字もないんだから。」
「えっ、長瀬君の彼女は私の姉ですよ。姉は私より美人で頭もいいんです。」
「えっ?悠人に彼女がいたの?」
「では、私はこれで失礼します。」
結月は母さんの微妙な顔に気づかず、さっさと天王寺家に行ってしまった。
凜さんのことは、機会があったらいつか言おうと思ってたけど、いちいち母親に彼女が出来たとか言うのは面倒で言ってなかったんだよ。はぁ。
「……悠人、ちょっと話があるわ。私は誰が悠人の彼女でもいいのよ。教えてくれてもいいじゃないの。」
「……そうだね。」
「あなたの彼女とやらに一度会いたいわ。連れてきてよ。」
今日の結月との様子を見ていても、上手くいくだろうと高をくくって、凜さんを母さんに紹介することにする。
こうして凜さんはうちに来ることになったのだか…。
◇◇◇◇
「こんにちは、桜宮凜です。先日は妹がありがとうございました。」
「悠人の母です。いつも息子がお世話になっています。」
初めはお互い気を使っていたようで安心していたが、次第に雲行きが怪しくなっていく。でも、ここでどうにかできる高校生男子はいないだろう。
「妹さんは可愛らしい方だったけれど、凜さんは少しキツイ顔つきね。」
「…はい、私もそう思います。」
「悠人は一体あなたのどこが良かったのかしら。」
「……さあ、私にはわかりません。」
「私、悠人にはもっといいところのお嬢さんが良かったのに。」
「…………そうですね、私もそう思います。」
「母さん、失礼だろ!俺は凜さんがいいんだから、ほっといてくれよ!」
次第に失礼になっていく母さんと、木で鼻をくくったような返事しかしなくなっていく凜さん。怖い、怖すぎる。誰か助けて、塚っちゃん、殿!
「あら、ごめんなさいね。そういうつもりじゃないのよ。ところで、凜さんのお父様は何をなさっている方?」
「サラリーマンですけど、何か。親の職業は関係ないんじゃないですか?それとも、お金持ちの家でなければならないのなら、私は彼女失格ですね。潔く身を引かせていただきますので、これで失礼します。さようなら、長瀬君。」
「ちょっと待って、凜さん。」
「なんなの!生意気で無礼な娘ね。悠人、ちょっと来なさい!話が…あなた、彼女と母さんとどっちを取るの!」
そんなの凜さんに決まってるよ!でも、まごまごするうちに、凜さんは帰ってしまい、そして次の日に呼び出されて冒頭のくだりになったというわけ…。
◇◇◇◇
「一刻も早く仲直りした方がいいわね、長瀬くん。凛姉、また早いもの順で彼氏決めちゃうよ。昨日、淀屋橋先輩と久しぶりに会ったって言ってたもん。」
「なんだって、淀屋橋と!でも、電話は繋がらないし、ラインは既読つかないし……だから結月に相談してんだろ。」
「そうだ!明日からテスト期間で午後暇でしょ。明日は凛姉午後の講義ないから、買い物と夕飯の用意してくれるって言ってた。多分家にいるだろうから一緒にうちに来る?助太刀しようか。」
「頼むよ!でも、花束とか用意したいし、制服じゃなくて着替えていきたいんだよな。結月ん家の前で待ち合わせてくれるか。」
どんなに大切な試合に負けた時よりもしょんぼりしていた長瀬くんだったが、ちょっと元気が出たみたいでよかった。
「どこの家の母親でも、息子の彼女は初めは面白くないものよ。私だって天王寺のおばさまにいろいろ試されるようなことされたもの。初めてなのにお抹茶出されたし、おじさままで登場してたわよ。」
あの時は期間限定彼女中だったっけ。
「結月、ここにいたのか。」
「天王寺先輩。」
「この前はパイやケーキ、サンキューな。それで、明日一緒にカフェテリアでランチしてから、うちに来ないか。高級メロンもらったから、食べていいって。結月がメロン好きだって言うから、母さんがいくらでもどうぞってさ。ついでにテスト勉強もみてやるよ。」
「えっメロン、行く!行きます。長瀬くん、悪いけど一人で頑張ってね。」
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