――あなたは私のもの、私はあなたのもの
「結月、これを。」
天王寺先輩が部活の前にさらっと渡してきたのは、白い封筒。
ああ、顔がにやける。もっと工夫して渡してくれればいのに。
ラブレターくれるだけでうれしいから、文句は言わないけど。
「なにニヤニヤしてるんだよ、雅からだよ。差出人書いてあるだろ。」
あらやだ、本当。なにかしら、わざわざ手紙なんて。
【桜宮先輩、夏のバカンスはとっても楽しかったです。
湊兄さんに白菊の花束もらったんですって?中等部でも噂になってます。
中等部では、桜宮先輩の
それよりも、九月下旬の中等部の文化祭に、是非来ていただきたいの。
雅の英語部と、花蓮の演劇部合同で、シェークスピアの悲劇、ロミオとジュリエットの英語劇をやるの。席は関係者席を二つキープしたので、できたら西九条先輩と一緒に来てください。場所は講堂で、文化祭の二日目、午後一時からよ。来てくれないと、雅、泣いちゃうから。】
へー、英語劇か、面白そう。って、月読の君と輝夜姫ってなんなの?
月読の君は私じゃなくて、塚っちゃんでしょ!
まったく、どうしてこう影が薄いのかしら、塚っちゃんは。
月読の君にぴったりなのに。
咲良と中等部の文化祭に行く話をすると、天王寺先輩は不機嫌な顔で、「俺は?」と聞いてくる。だって席が二つしかキープされてないんだもの。
「天王寺先輩、僕も彼女取られちゃってます。一緒に行きましょう。」
「そうだな、塚本。早めに行って一般席でみるからいいよ。」
「先輩、いじけている暇があったら、ラブレターを下さい。そうしたら今回だって咲良とじゃなくて先輩と一緒に行ったかもしれませんよ。あっ、そこで気配を消してる塚っちゃん、アンタもよ。」
中等部文化祭、英語劇本番。
ヴェロナの二大名家、モンタギュー家とキャピュレット家は敵対していて、召使の接触ですら、町のいさかいの種になっていた。
それなのに、モンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットは仮面舞踏会で出会い、恋に落ちてしまう。
可愛らしいジュリエットは雅ちゃんだけど、あのロミオは……。
めちゃめちゃかっこいいんですけど!仮面をしているけど、ハーフっぽい中性的な甘いマスク、身長は170cmはあるんじゃないかしら。手足がすらっとしてて、中世の衣装が良く似合う。ショートヘアの前髪が少し乱れて。本当に中等部の子?
お互いに一目ぼれしたジュリエットとロミオが見つめ合うシーンは、観客が静まり返るほど魅力的で、多分全員息をのんでいた。ロマンチックすぎる!あの二人は絶対に今、恋に落ちてるに違いないってくらい見つめ合う眼差しが切ない。
雅ちゃんすごい。そしてロミオ様、素敵!
セリフは英語だけど、そんなに難しい文じゃないからなんとなくわかるし、サイドに日本語の字幕を映してくれている。しかも、流ちょうな英語がロミオ感をアップさせていて、たまらない。
本当のロミオとジュリエットは英語じゃなくてイタリア語かもしれないけど、今はスペイン語だろうとタガログ語だろうとそんなことはどうでもいい。
「咲良、あのロミオ様、とっても素敵ね。男の子か女の子か、どっちだろう。」
「女の子よ。結月ったらああいうのが好みなの?天王寺先輩とはタイプが全然違うみたいだけど、そんなこと言っていいの?」
心なしか咲良の言い方が冷たいような気がした。天王寺先輩の味方なのかな。
セリフか英語だからか、出演者の都合か、雅ちゃんと素敵ロミオ様は、初めのシーンだけで、バルコニーのシーンや死んでると勘違いするハイライトシーンは別のペア(咲良によると、多分上級生)が演じていた。
英語劇は大成功で幕を閉じた。
劇の後で私と咲良は、雅ちゃんに招待のお礼と劇の感想を伝えるために、出演者の控室になっている教室を訪ねた。まだ片づけをしている人はたくさんいたけど、高等部の制服のおかげか、あっさり入れてもらえる。
「桜宮先輩、西九条先輩、観に来てくださったのね!ありがとうございました。うれしいわ、どうでしたか?」
「天王寺さん、とってもよかったわよ。一年生なのに英語の発音も素晴らしくて。ロミオとの息もぴったりで、まさにジュリエットって感じだったわ。」
「西九条先輩にそんなに褒めていただいて、光栄です。」
「雅ちゃん、いえ、雅さんががこんなに演技が上手だったなんて。…ところで雅さんとペアを組んだロミオ様って、どなたかしら。紹介していただけない?」
ちょっと声が上ずってるかも……。緊張するわあ。
「桜宮先輩が観に来てくださるから、がんばっちゃった。ロミオは花蓮が、あっ、花蓮、どう?雅のために、桜宮先輩と西九条先輩が来てくださったのよ。花蓮は従姉のお姉さまに断られたんでしょう?」
振り向いた雅ちゃんの後ろには、超不機嫌そうなロミオ様がむっつりと立っている。ああ、超不機嫌でもカッコいいわ。あれ?花蓮って?
「
「咲良お
「実の姉妹ではないのだから、学院では西九条先輩と呼びなさいって言っているでしょう!私の(腹心の友)結月に向かって、随分失礼な態度ね。」
こんな厳しい態度の咲良は見たことがない。
「えーっと、ロミオ様は花蓮さんで、しかも咲良の従妹ってことかしら。」
「初めまして、
少しだけ微笑んでくれたロミオ様にすっかり舞い上がってしまう。
「ロミオさま、いえ、久宝寺さん、とっても素敵でした。私のロミオ様のイメージにぴったりで。あの、握手してもらってもいいですか?」
「あ、はい。」
戸惑うロミオ様の手を素早く握る。うれしい……。
手を洗わないようにトイレ我慢しようか。
「いつまで手を握ってるのよ、結月!天王寺さんも久宝寺さんもお互い張り合ってばかりいないで、私と結月のように仲良くしなさい。上級生は誰か特定の人のお姉さまではなくて、下級生全員のお姉さまなのよ。花蓮、わかったわね。」
「さすが私の(腹心の友)咲良。ところで、久宝寺さん、連絡先を交換していただけないですか?できたら写真も。」
「ひどい、桜宮先輩は雅の連絡先聞いてくださらなかったのに!写真だって雅の方からお願いしたのにぃー。花蓮、覚えていなさいよっ!」
◇◇◇◇
後日、久宝寺花蓮はトリプルキャストの後二人のロミオ様にやっかまれて少しだけ意地悪をされた。それに対しては天王寺雅が敢然と立ち向かい、二人の仲はちょっとだけ穏やかに改善した。
それよりも大変なのは、控室でのやり取りを耳ダンボで聞いていた中等部生によって、月読の君が輝夜姫に『咲良は私のもの、私は咲良のもの』という、どこから湧いて出たかわからないらないセリフを言ったという噂が中等部はおろか高等部にまで広がってしまったこと。多分、(腹心の友)が抜けたせい……。
◇◇◇◇
噂が広まった後、図書館にて。
「殿、その理屈でいくと、天王寺先輩は僕のもの、僕は天王寺先輩のものってことになるんですか。」
「塚本やめとけ。女子たちが喜ぶだけだ。お前が月読の君とやらになれよ。」
「どうやったらなれるんですか、教えて下さいよ。」
「知ってたら図書館で塚本と一緒にラブレターなんて書いてないわ。…結構書けたみたいだな、ちょっと見せろよ。おっ、いいじゃないか、やるときはやるなあ、塚本。最後の部分、まねさせて。」
「文面が同じだとバレたら大変なことになるから、ダメです。」
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