番外編――白菊の君

「えっなにそれ、結月ったら、天王寺先輩とそんなことになってたの。」


 九月の始業式後、部活が始まる前に咲良をカフェテリアに呼んで、長瀬君のお弁当を食べながら説明した。もちろん、塚っちゃんもいる。咲良は相当驚いたようで、モグモグしていた口が止まってる。


「ごめんね、すぐにでもラインで報告しようと思ったんだけど、ちゃんと会って説明しないと長くなりそうだったし、自分の頭の中も混乱してて、やっと落ち着いたところなの。」


「なんにしてもよかったね。僕はもうダメかと思ってたよ。殿はよく桜宮さんのこと見てて、部活で姿が見えないとソソワソワしてたし、ちょいちょい誘おうとしてたのに、全然気がついてもらえてなかったから。」


「言ってよ、塚っちゃん。私、塚っちゃんに何回も助け船出してあげたのに!」


「殿に僕が助け船なんて、出過ぎたことはちょっと…」


「だけど殿は本当にポンコツだったな。焚きつけるのに苦労したよ。」


「それで、白い花束もらったのよね。なんの花だったの?」


「小菊だったよ。ちょっとだけ、薔薇とか百合の方が良かったかなって。贅沢言えないけど。」


「何言ってんのよっ!白の小菊ですって!マジか…全ての学院女子の憧れ、白の小菊を天王寺先輩からもらったなんて!結月、すごいわ。さすが私の腹心の友!」


「西九条さん、そんなに大声で叫んだら…あーあ、豊中さんと高槻さんがダッシュしていった。聞かれたね、あれは。今日中には高等科中に広まるよ。」


 私の咲良が、マジか…って言うようになってしまった……。えっ何で?

 興奮した咲良に、ちょっとビビっている長瀬くんと塚っちゃんの顔。


「知らないの?まったく結月は、これだから私に白百合の花束寄こすのよ。白の花束の一番初めは白の小菊で、もらったひとは白菊しらぎくきみって呼ばれてたのよ。」


「そうなの!天王寺先輩のお母様が始まりは大正時代位って、おっしゃってたけど…。ちょっと咲良、白の花束のことでもう私が知らないことは無いわよね。あったら今教えといてよ。」


「詳しい経緯いきさつは私も知らないけれど、白の小菊をプレゼントした人は、二度と他の人に白の花束を渡すことはできないらしいの。渡したら裏切者ってことになるんですって。リスクがあるから、学院の男子は白の小菊を送りたがらないで、薔薇とか別の花を贈るわけよ。でもさすが天王寺先輩、結月のことをとっても好きなのね!うらやましいわ、でもよかったわね。私まで嬉しくなっちゃう!」


 キツイ流し目で塚っちゃんを見て、おかずをバクバク食べる咲良。

 咲良の興奮をよそに、私は案外冷静だった。…先輩がそこまで考えていたとは思えない。新聞紙でくるんであったし、庭に咲いてたやつって言ってたしな。

 白の花束のいわくは半分くらい天王寺家には伝わってないんじゃないの。

 颯君だって一本くれたし。


「ゴメン、僕は知らなかったんだよ、すぐに白の小菊を手配するから。」


 塚っちゃんは慌てて咲良をなだめる。塚っちゃんだって知らなかったじゃない。

 ああ、でも私の咲良が、彼氏に花束を要求するようになってしまった。

 あんなに控えめで可憐な私の咲良が、どうしてこんなことに。

 そこへ招かれざる客が気取った足取りでやって来た。


「白の小菊がどうかしたって?白菊の君のことなら、僕の曾祖母のことだから、よく知ってるよ。」


「「「「藤井寺(君)!!」」」」


 相変わらずキザが服を着て歩いているような、フェンシング部のプリンス藤井寺君がひょっこり登場した。わりとイケメンなのに、どうしてこういつも残念な感じがしてるんだろう。もう少し、塚っちゃんの謙虚さを見習えばいいのに。


「美味しそうなお弁当食べてるね。僕、お昼まだなんだ。」


「藤井寺君、白菊の君のこと、教えて!」


「私も聞きたいわ。あっ、このおかず食べない?長塚君のだけど、とっても美味しいわよ。取り分けてあげる、はい召し上がれ。」


「いやあ、レディたちに頼まれたら断れないなあ。」


 そう言ってちゃっかりおかずを食べながら、藤井寺君は話し始めた――。

 ◇◇◇◇


 あれはK学院がK女学院だった、大正時代のこと。

 僕の曾祖母は一人の貧しい若者と恋に落ちた。だけどよくあるパターンで、曾祖母は親の決めた見合い相手と結婚することになっていたし、母一人、子一人の貧しい若者が華族の末裔のお嬢様と結ばれるわけはなかった。


「お願いです隼人はやと様、わたくしを連れて逃げて下さいませ。親の言うままに、このまま顔も名前も知らない見合い相手と結婚したくありません。」

(家柄だけがとりえの、あんぽんたんなボンボンとなんか、ぜっっったいに結婚したくないっつーの!それよりは顔もまあ好みの、賢い隼人をつかまえたいものだわ。四の五の言わずにとっとと連れて逃げろや!)


「そうできたらどんなにいいか、白菊の君…。だけど僕は貧しくて、君を幸せにすることができない。やはり、ご両親のいうことを聞いた方がいい。」

(お嬢様はこれだから…。貧乏がどんなものか、わかっちゃいないんだよ。絶対すぐに音を上げるにきまってるって。)


「隼人様は、私が他の誰かのものになってもよろしいのですか?私だけを愛していると言ってくださったのは、嘘だったのですか?」

(テメー、調子のいいことばっかり言ってやがったのか!)


「本当に愛したのは白菊の君、あなただけです。僕も婿養子に来れば大学に進学させてくれるという話を母が受けてしまいました。申し訳ありません、もうお会いすることはできません。」

(恋愛相手と結婚相手は別なんだよ。そりゃあうちが金持ちだったら白菊の君と結婚したかったけど、現実問題として無理なんだって。大学行って、エリートの仲間入りして、楽な人生を歩みたいって思うのは悪いことなのか。女手一つで育ててくれた母も喜んでるし。)


「……わかりました、隼人様。最後に一つだけ、お願いしてもよろしいですか。いつも私に下さっていた白の小菊の花束を、決して他の方に差し上げたりしないと約束して欲しいのです。」

(ちっ、頼りにならなねーな。もういいわ、あんぽんたんの夫を操って、自分の力でのし上がってやる。見てろよ、隼人。超幸せになってアンタの前に高笑いしながら登場して白菊の花束をたたきつけてやるから!)



「お父様、お見合いの話、お受けいたします。」


「菊乃、やっと言うことを聞く気になってくれたかい。」


「はい、おつきあいしていた方とは、きっぱりと別れました。それで、相手はどこのどなたですの。」


「ああ、あのな、実は家柄はあまりよくないのだが、これからは賢さと抜け目のなさが必要な世の中になる。大学に行かせる代わりに、この藤井寺家に婿養子に来てくれる好青年を見つけてなあ。千里せんり隼人はやと君といって、帝大は間違いないという秀才だ。結婚は彼が大学を卒業してうちの会社に入ってからだが……。どうした、菊乃?」


「千里隼人さま…。(おいおいおい、隼人様かい!どういうことよ、これ!)」


「やはり、親の勝手に決めた相手はいやか?」


「いいえ、お父様がよくよく考えてのことなので、菊乃は従います。ただ、お見合いまでは私のことをお相手の方に一切知らせないでいただきたいのです。恥ずかしいですから。」


「うむ、お前が暴れて言うことを聞かないといけないから、まだ写真も渡していないし名前も知らせてない。向こうが断ってくることは無いだろうが、藤井寺家のためにも一気に婚約までこぎつけような。」


「はい、それから、お相手の方はそんなに裕福な方ではないのでしょう。私の名前にちなんで『白菊の花を下さればそれだけでいい』とそれだけお伝えください。」


 老舗の料亭にて、見合い当日。


 さあ、隼人様、どうなさるおつもりかしら。言い訳して白の菊を持ってこなければよし、もし持ってきたら、ただじゃすまないわよ。ふふふ。


「お待たせして申し訳ありません。千里隼人と申します。白菊がお好きと聞きましたので、これを。どうぞお受け取り下さい。」


 の花束を受け取る時、バッチリと目が合う。怒り心頭の私に驚く彼。


「藤井寺菊乃です。うれしいわ、私の大好きな白菊の花……。」

(あーっやってくれたよ!バカバカ、この裏切り者めっ!どうしてくれようか。闇討ちして、簀巻きにして、堀に放り込むか?)


「やはり白菊の君でしたか。」


「えっ?」


 隼人様の優しい眼差し。

 私がわがままを言っても、いつもその瞳で見つめてくれていた。


「見合いや婿養子の話の時期が重なっていたし、白菊の花を欲しいっていうから、相手は白菊の君だと思っていたよ。」


「隼人様……。私、あなたを信じてもよろしいのでしょうか。」

(って、信じられるわけなかろーが!まあいいわ、ここは信じたふりをして、とにかく隼人様を手中におさめた方がいいってものよ。ここでゴネて不細工なボンボンを連れてこられたらたまったものじゃない。)


「なんだ菊乃、知っている方かね。だったら話は早い。今日は見合いのつもりだったが、婚約までしてしまおう。」


「菊乃はお父さまに従います。」

(白菊のことは結婚後に蒸し返してやるわ。)


「僕にも異論はありません。」

(なんとかごまかせてよかった。頭脳フル回転だったよ。でも相手が白菊の君で本当によかった。)


 ◇◇◇◇


「――とまあ、こういうこと。曾祖母と曾祖父は二人で協力して藤井寺グループを発展させて、私生活も幸せだったらしいよ。」


「ロマンチックな話ね。途中まで悲劇かと思っていたけど、白菊の君がお幸せになって、本当によかったわ、ねぇ結月。」


「そういう話、ちゃんと文章にして学院の入学式に配ってくれないと困るんだけど。藤井寺くん、そういった話はもう他にはないでしょうね。」


「テニスコートで意中の人に渾身の力でスマッシュしてその人に当たると、結ばれるって話はけっこうみんな知ってるはずだけど。」


「ああ、俺もそれ知ってる。」


「私も。」


「長瀬君、それ、天王寺先輩の両親が発端だよ。」


「えっそうなの?」


「なんにしても、藤井寺君の後ろで女子の大群が耳ダンボで聞いてたから、これからも言い伝えられていくよ。」


「藤井寺君、ありがとうね。いい話聞かせてくれて。あなたのこと、こんなにいい人って思ったの初めて。」


「気がつくのが遅いよ、桜宮さん。ああ、長瀬君。君のお弁当とっても美味しかったよ。モテる男は料理もできるっていうやつかい。さすが僕のライバルだ。料理だって負けないからな、今日から練習することにしよう。」

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