第36話――再告白、天王寺湊

 部活に行くためマンションのエントランスを出て、顔を上げる。

 朝焼けの光の中に立つ影は……天王寺先輩。


「遅いぞ、結月!」


「待たせたな、天王寺。いえ、天王寺先輩。果し合いでも約束してましたか。」


 そんな訳ないのはわかってる。だって先輩、手に新聞紙にくるんだ花束を持ってるんだもの。あっ、嬉しい。私はやっぱり天王寺先輩のことが好きなんだ。


「先輩、」


「ちょっと待て、結月。いつもお前がしゃべりだすと、言いたいことがほとんど言えなくなるんだ。三分間でいい、黙ってろ。……全部俺が悪かった。でも、もう一度やり直すチャンスをくれ。今の俺の気持ちは、結婚を前提におつきあいしてくださいレベルだ。いい加減な気持ちじゃない。本当はもっと気の利いたシチュエーションで、前から準備した花で告白したかったんだ。庭に咲いてた有り合わせのですまん。」


 新聞紙でくるんだ白い花束を差し出す。

『私にとって、あなたが一番大切な人です』


 私はそれを受け取った。

『私もそうです。』


 ――こうして、私と先輩は、期間限定じゃないただの彼氏と彼女になった。



 ◇◇◇◇


「あなたーっ私の温室が、やられたわっ!」


「朝から何を騒いでいるんだ?」


「白の小菊が根こそぎ無くなってるのよう!大切に育ててきたのに。湊かしら、颯?いいえ雅かも。まったく、今年は苗のいいのも失くしてしまったし、どういうことかしら。」


「K学院の子どもがいる家なら、白い花を盗られるのはよくあることだろう。花屋で買うより、あなたに贈るために育てましたってことらしいじゃないか。それより、今日の朝刊の外側が二枚ほど無いんだが…それでくるんでいったな。しょうのないやつだ、昨日のにしておいてくれればいいのに。」


 ◇◇◇◇


 ――やられた。

 部活終わりに桜宮先輩と約束した園芸部の畑で待っていた僕は、すぐに自分の敗北を知った。手伝いで仲良くなった剣道部の一年女子と一緒に現れた桜宮先輩の隣には、兄さんが余裕の笑みを浮かべて寄り添っている。一体いつのまに。


「颯君、待った?」


「いいえ、今来たところです。兄さんも来たんだ。」


「すまん、用があるから俺は先に帰る。結月、後で電話するから。」


「うん、待ってる。」


 とろけそうな彼女の顔。元々兄さんの彼女という話だったのだから、僕が責める筋合いではないが、彼女役を頼んでいたらしいし、兄さんが昨夜、僕のクリーム色の薔薇を強奪したのもわざとじゃないかと勘繰っている。


「桜宮せんぱーい、見て見て、園芸部の畑、すごいでしょ。初等科の芋ほりは予約済みだし、ナスやカボチャやミニトマトも部員の家族に大好評です。文化祭には時期が合わないし、そんなにたくさんは野菜作れないので、ハーブティーを作って売るつもりなんです。」


「高槻さん、園芸部のお揃いの作業着、素敵なデザインね。色もポケットも」


「美術部と家庭科部のアイディアで、字は書道部なんです。他の人に相談するって、時には本当に有効ですね。それぞれに野菜のお礼をしたらとても喜んでくれて。私、こんなに人から喜んでもらったの、初めてです。桜宮先輩は、私にこういうことを伝えたかったんですね。」


「……そうよ。わかってくれてうれしいわ。」


「今日は草取りのお手伝いをお願いします。お礼は野菜で。」



 草取りの後、野菜をもらってうれしそうな先輩を見て、僕はこのままでは我慢できなくなって桜宮先輩に少しだけ気持ちを伝えたくなった。


「高槻さん、温室の花、一本貰っていい?」


「苗は颯君にもらったやつだからいいけど、まだつぼみが固いよ。白の小菊は白の花束の始まりの花だから、文化祭で目玉商品になりそう。ふふっ。」


 白い小菊を一本切って、桜宮先輩に渡す。花束じゃないから伝わらないよな。


「桜宮先輩、これもどうぞ。」


 先輩は信じられないというように目を見開いて、僕を見た。気がついたのか。彼氏の弟がこんなことするのは迷惑だろうか。昨日、あの時に告白していたら、間に合っていたのか。後悔と刻んだ石の塊が頭の上に乗っている感じがする。


「ありがとう、颯君。うれしい。」


 えっ、受け取ってくれて、うれしいって……。まさか間に合ってるのか……。


「今朝、天王寺先輩にも、同じ花をたくさんもらったわよ。もう少し咲いてるやつだったけど。この花、園芸部のでしょ。今流行ってるの?」


 今朝か――。本当にやられたよ、兄さん。谷底に突き落とされて、コンクリートで埋められた。僕の完敗だ。


 ◇◇◇◇

 颯君に白の小菊を手渡されたとき、一瞬ドキッとした。先輩に似ているし、私の好きなメガネをかけているから。彼はいつも本当にさり気なく私を女の子扱いしてくれた。颯君がどれくらい私を慕ってくれているのかわからないけど、天王寺先輩がいなかったら、私からゲットしに行っただろう。でも、先輩は私を可愛い後輩って言っておきながら、甘やかすことなく、対等に接してくれる……。

 彼氏は一人だけって常識が、なかったらよかったのにって少し考えた。

 でもさすがに兄弟はまずいか。


「颯君、たとえ先輩と上手くいかなくなっても、私、次につきあう人予約してあるの。だから颯君はあなたにふさわしい人探してみて、絶対いるから。気をつけてね。運命の人はね、一人じゃなくて、たっくさんいるのよ。」


 メインストーリー   おわり。  番外編につづく。

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