第35話――漁夫の利か、箕面

「よう桜宮、部活の帰りか?」


 長瀬君と別れてすぐに声を掛けてきたのは――箕面みのお君。


「こんにちは、箕面君。あなたも部活帰り?」


「そうだよ。さっきまで一緒だった長瀬が桜宮の彼氏か?やっぱり剣道部の中に彼氏がいたんだな。上手くいってそうで残念なんだけど。」


「違うって!長瀬君は私の姉の彼氏よ。同学年で中等部の頃は一緒に部長をしていたから仲良しなだけ。箕面君ってそういう話、好きねえ。」


「えっ、あいつ年上の彼女がいるのか。いいなあ、うらやましい。…あ、俺いつもそこのコンビニでアイス食ってくけど、一緒に食わねぇ?おごるからさ。」


 箕面君って、顔は強面こわもてのくせに本当に気軽に声を掛ける人ね。

 でも、見習った方がいいかもしれない。

 ファミレスとかお店的なところなら断ったと思うけど、コンビニのアイスなら…食べたい。

 コンビニでアイスを選んで、店内の狭いイートインの座りにくい背の高い椅子にお尻を乗っける。

 私も箕面君も、ソーダ味のキャラクターが元気な男の子のアイスにした。


「これって本当に美味しいよね。ところで箕面君って背が高いけど身長は何センチあるの?」


「183cmかな。」


「私と同じ高2よね。」


「二年だよ。三年は受験でもう引退してるって。」


「そうなんだ。うちはそのまま大学に上がっちゃうから、まだ先輩たちいるよ。」


 その時、箕面君がケータイに反応する。


「あ、香織からだ。」


「香織さんって、箕面君の彼女?」


 返信している箕面君にからかうように言う。どうせ妹とか部活仲間でしょ。


「そう、彼女。夏祭りで声を掛けたらOKしてくれて。まだつきあって半月もたたないけど。」


「……マジ。」


 箕面君に投げつけられた爆弾で吹っ飛ばされた私は、でもすぐに態勢を立て直すことができた。チャンスは逃してはいけない。勝者になるには気軽なチャレンジ精神が必要ってこと…。迷ってるうちに獲物をとられてしまうことは、恋愛サバイバルの中では日常茶飯事なんだ。私は箕面君の目を見て深く頷いた。


「箕面君、ありがとう。いろいろ気づかせてくれて。私、つい最近失恋(?)して落ち込んでたの。でも、あなたに励まされたわ。もう彼女がいるのは残念だけど、箕面君のことは師匠だと思うわね。アイスご馳走さまでした。コンビニのアイスならいつでも誘って。それ以上だと割り勘になるからお断りするけど。」


「えっなにそれ、どういうこと?」


「私のうち、働いてない人からおごってもらうの禁止なんだ。アイスくらいはOKよ。」


「いや、そうじゃなくて、その前…。」


「箕面君、以前に彼女にしてやってもいいって言ってくれて、嬉しかったわ。お返しに箕面君が振られたら、彼氏にしてあげてもいいわよ。でも香織さんとお幸せに。じゃあね。」


 コンビニの椅子から滑り降りると、夏の夕暮れの日が照る外へ踏み出した。


 ◇◇◇◇


「こちらが注文の薔薇です。ご希望通りに花束にして箱に入れておきます。」


 桜宮先輩に告白するために注文した薔薇は、真っ白ではなくてクリーム色っぽい、プリンセス・オブ・ウエールズっていう名前の薔薇。このほうが彼女のイメージだ。もっと大きな花束にしてもよかったけど、あまり大きすぎると引かれちゃうかもしれないから、二十本。

 僕の注文通りの品を取り寄せてくれたのは、いつもうちが使っているフラワーショップで、ラッピングのセンスもいい。リボンは迷ったけど水色。

 後は明日までこれをうまく隠しておければいい。部活終わりにと思っていたけど花がしおれるといけないから、朝一で家まで行って告白したほうがいいかな。



 少し浮かれ気分で帰宅したら、リビングでは両親が喧嘩、いや、母さんが大激怒して父さんを追い詰めていた。


「あなたって人は、今日が何の日か忘れたっていうのねっ!」


「いや、忘れてたわけではないんだ。その、誰も教えて……。」


 しまった、いつも結婚記念日の近くになると、僕か兄さんが父さんに教えてあげていたのに、今年は二人とも、そして父さんもうっかりしたらしい。


「手ぶらで帰ってきたのは、忘れてたってことじゃないの!そう、あなたって私のこと、もうどうでもいいって思ってるのね!あなたは釣った魚にエサはやらないって人じゃないと信じてたのに!」


 雅も兄さんもリビングで固まっている。大激怒した母さんには、触らぬ神に祟りなしだ。僕もコッソリ薔薇の箱を抱えて自分の部屋に逃げ込もう。


 ――その時、兄さんが僕の方を見た後、江戸時代の悪徳商人越後屋のような顔で両親のバトルに割って入った。そしてとんでもないことを言う。


「父さん、注文してた花が届いたよ。颯が宅配でフラワーショップの箱を受け取ったみたい。間に合ってよかったね。」


 家族の視線が僕の持っているフラワーショップの箱に集まり、一瞬後、それは母さんに取り上げられていた。


「まあ、この薔薇、素敵!いち、にい、さん、……二十本あるわ。結婚20周年ってこと、覚えていて下さったのね。うれしい、あなた。言ってくださったらよかったのに。なによもう。」


「驚かそうと思って。そのクリーム色、初めてデートしたときに君が着ていたワンピースの色に似てるだろう?」


「そんなことまで覚えていてくださったの?」


「当り前さ。あの時から君は、僕の女神さまだよ。」


「この薔薇、プリザーブドフラワーにして、とっておけるようにするわ。」



 父さんの偽善に寒気がする。さすが、エリート経営者だ。

 また注文しなおさないといけないじゃないか。もう……。


「颯、注文していてくれたのか。助かったよ。いくらだ?お駄賃で倍額払おう。」


「……。」



 颯、残念だったな、長瀬からお前が明日、結月と会う約束をしていたのは聞いていたんだよ。この越後屋、いや、兄を悪く思うなよ。

 白い花束まで用意していたとは我が弟ながらやるじゃないか。

 上手いこといったよ、告白阻止と家庭円満で一石二鳥だ。

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