第34話――闇討ちか、長瀬

「悠人、一緒に帰らないのか。」


「悪い、天王寺先輩に話があるから、塚っちゃんは先に帰ってくれ。」


 凛さんから電話があった二日後、丁度夏休みの後半の部活が始まり、俺は天王寺先輩にそれとなく話を聞こうと機会をうかがう。部活中は普段通りに見せかけているが、凜さんから話を聞いていたので気をつけて見ると、結月は元気ないし天王寺先輩は結月の方を見る回数が多かった。


「天王寺先輩、ちょっと相談があるんですが、この後、お時間いいですか。ちょっと他人には聞かれたくないんですけど。」


「ああ、いいよ。」


 いいよと言ってはいるが、先輩の方がお悩み相談が必要な表情だ。

 これは厄介だな。


 部活終わりに着替えてから、学院の敷地の隅の、ちょっとした池のそばのベンチに腰を下ろす。ここ、アベックの定位置で凜さんともよく座ったことあるけど、ちょうど木陰で涼しいし、人通りも少なくて話しやすいんだよな。

 できれば男同士で座りたくなかったけど、そんなこと言ってる場合ではない。


「長瀬、相談って?」


 ペットボトルの水を一口飲んで物憂げに聞いてくる先輩に、俺は同じ様に返す。


「実は一昨日、凜さんに天王寺先輩を闇討ちするから、助太刀してくれって頼まれたんです。」


「!!」


 ペットボトルの水でむせている先輩。簡単に白状しそうだな。

 たたみかけて白状させ、正確な情報をつかまないと何も進まない。


「先輩、何があったんですか。どうして闇討ちされるようなことになったんですか。教えて下さい。納得できずに先輩のこと襲うことはできません。凜さんの話では、結月と喧嘩したとか上手くいかなくなったとか。ってか、先輩って結月とつきあっていたんですか。」


「実は…。俺も長瀬に相談に乗ってもらいたい。」


 おいおい、すがるような眼差しになってきたよ、この人。

 白状じゃなくて相談かよ。まったく見かけによらずポンコツだなあ。


「全部説明してくだされば対策も立てられます。話してください。」


 天王寺先輩から期間限定彼女の話をすっかり聞き終え、凜さんが話さなかったことも含めてしばらく考えた。だいぶこんがらがっているな。

 先輩のことは尊敬していたが、今回のことは凛先輩が怒るのも無理はない。


「大変申し訳ありませんが、凜さんと一緒に先輩を闇討ちさせていただきます。

 できれば夜道をお一人で歩かない方がいいと思いますよ。」


「そんな!俺が悪かったって認めて謝ってるのに。なにか打開策はないのか。お前の方が経験豊富だろう。何のために凛先輩とつきあってるんだ!」


 確実に言えるのは、天王寺先輩のお悩み相談に乗るために凜さんとつきあっているのではない。しかし、困り果てている先輩にきついことも言えないしな。


「俺としては塚っちゃんと西九条さんと俺は無いにしても、結月には箕面とか先輩の弟さんのほうがいい気がします。でも、」


「でも?」


「凜さんの妹なら早いもの順かもしれません。出来るだけ早く、再アタックしてみたらどうですか?」


 その時、先輩は急に俺に身を寄せ、視線を右前方に向けた。

 視線の先には凛々しい弓道着を着た颯君と――制服の結月が楽しそうになにか話しながら歩いて行くのが見えた。颯君は先輩に似ているし、剣道着と弓道着で似ていなくもないから、先輩と結月が一緒にいるような錯覚を覚えてしまう。

 知らない人が見たら、いい雰囲気でお似合いな二人だ。


「一刻の猶予もなりません。殿、ご決断を。」


「わかった。長瀬の言う通りだ。明日出陣しよう。」


「突撃して砕け散った場合は俺がしかばねを拾います。誤解されないようにシンプルに告白した方がいいですよ。俺の時、確か結月がそう言ってました。」


「わかった。それから、颯を結月から引っぺがしてきてくれないか。出来れば何を話しているのかも……。」


「乗りかかった舟です。協力します。」


「この恩は忘れない。この先長瀬に困ったことがあれば、全力で助けよう。」


 ◇◇◇◇

「タオルの忘れ物なんて、わざわざ届けてくれなくてもよかったのに。」


 キャンプの時に桜宮先輩のタオルを借りて、そのままネコババしていた雅から取り上げてきたかいがあって、先輩と二人で話をすることができた。


「お気に入りだといけないと思って。ついでですし。」


「ありがとうね、颯君。」


「あの、高槻たかつきさんから、園芸部の畑に誘われているんです。できれば桜宮先輩もって。明日部活の後に、一緒に行きませんか。」


「いいわよ。楽しみだわ。」


 桜宮先輩、まだ元気ないな。でも、愁いを帯びているような雰囲気の先輩もいいな。弱っているところをつくのは卑怯な気もするけど、今このまま告白しようか。


「桜宮先輩、僕、…。」


「ん?なあに、颯君。」


 ……やっぱり予定通り明日にしよう。白の花束の力を借りたい…。


「おーい、結月まだいたのか、ちょうどいい、三年生の引退試合についてだけど、一緒に帰りながら話せるか?」


「長瀬君、どこから現れたのよ。それはもっと後でもいいって言ってたよね。」


「そうだったか?一年にも手伝わせたいし、打ち合わせをしたくて。」


「僕はまだ居残り練習をするのでこれで。失礼します。」


 颯君は苦笑いのような笑顔で弓道場の方へ歩いて行った。


「ありがとうね、颯君。で、急に打ち合わせなんて言って、本当は長瀬君は凛姉に何か聞いたんでしょ?」


「な、何も聞いてないよ。天王寺先輩を闇討ちして簀巻きにして堀に放り込むの手伝えとか、全然。」


「まったく凛姉ったら。悪いけど、ほっといてちょうだい。咲良ならまだしも、長瀬君に同情されたくないわ。もう終わったことよ。」


 それでも心配してくれた長瀬君と、途中まで一緒に帰ることにした。

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