第31話――期間限定強制終了
天王寺先輩と二人きりで話そうとしても、どうしても家族の誰かがいて話が出来ない。しかし、話が出来ないと言っている場合ではない。
別荘から帰ったら咲良と宿題を仕上げる約束もあるし、部活の特別練習があって、そうこうしているうちに二学期も始まる。ここで話をつけておいた方がいい。
チャンスを伺って先輩の方を見ても、すぐに誰かしらにつかまってしまう。
「結月姉さまったら、雅が薪を割っているところ、見ていてって言ったのに!」
「ごめんなさい、ちゃんと見てるわよ。」
「それで、桜宮さんのお母様が今、注目している流行りモノって何かしら。」
「すみませんがよくわからないです。」
「桜宮先輩、そっちは湊兄さんの部屋ですよ。」
「ごめんなさいね、広くてまた迷っちゃったわ。」
「桜宮さんのお父さんは、どういった趣味を?よければゴルフを一緒に。」
「昼寝です。」
「休めるときには休まないといけないほどの、激務なのかね。」
…もうダメだ……。
気づかないふりをしていたけど、ずっと気がついていた。
私は天王寺家の皆さんの中で、挨拶以外は誰よりも先輩と話をしていない。
雅ちゃんは一日に一回は飛びついてくるし、颯君とも手が触れるくらいのことは度々あった。でも、バカンス中はおろか、私は先輩に触れたことがあったのか。
あっ、一回腕をつかまれたわ。なんか用がある時だっけ。
――最終兵器、ラインで先輩を呼び出そう。
いつ、どこへ。
偽彼女役のお断り話を、他の人たちに聞かれるわけにはいかない。
真夜中だな。
お互いの部屋は見られた時のリスクが高いし、いくら何でもつきあってもいない異性の部屋に夜中に入れない。テラスや庭は虫がいそうだから却下。
リビングしかないか。
『お話ししたいことがあります。夜の一時にリビングに来てください。』
『了解』
明日は帰るという日の夜。
薪がなくなったし、皆さん疲れ気味なのか全員早めに寝ることになった。
ナイスタイミング。
真夜中の一時前、コソ泥、いや忍者のようにリビングへの階段を下りる。
リビングのカーテンは開いていて、窓から月明かりが入っていた。
「お待たせしました。」
先輩は先に来ていてソファに足を組んで座り、難しい顔をしていた。
「こんな夜更けに呼び出して、すみませんでした。どうしても先輩と二人で話がしたかったので。」
「いい。俺も結月に話がある。」
先輩は座れというように、目で向かいのソファを見る。
組んでいた足を戻して私と正面から向き合った。
「先に結月の話を聞こう。」
「はい、突然ですみませんが、半年の期間限定彼女をやめさせてください。」
ズバリ、本題から入る。先輩はため息を一つついた。
「それは…、他に好きなやつが出来たから……もしかして、颯か?」
「…颯君のことは弟みたいで好きですが、少し違います。私、先輩のご家族に嘘をついているのがしんどくなったんです。皆さん私にとても良くしてくださって。」
「それは俺が頼んだことで、結月のせいじゃない。」
「でも、承諾したのは私です。先輩には学費免除の情報や、テストプリントや、部活でも良くしてもらって本当に感謝しています。……私、中等部の頃から先輩のことが好きでした。告白するほどじゃなくて、可愛がってもらう後輩ってだけで良かったくらいですけど。だから半年でも彼女になれるのは悪くないかなって…浅はかでした。」
「じゃあ、本当の彼女になってくれないか。結月と西九条さんのことを勘違いしていたのは悪かった。でも、ずっと結月のことは可愛い大事な後輩だって思っていたんだ。もっと早くに言えなくてすまなかった。言い訳になるが、タイミングが悪くて。本当に悪かった。」
先輩の言葉は真実。
でも『彼女になってくれないか』、その言葉を四月に聞きたかった。
私は先輩から視線を外す。
「……最近色々考えたんです。もし、期間限定彼女になる前に、長瀬君や塚っちゃん、箕面君みたいな剣道してる人の誰かに告白されていたら、私は多分承諾していました。咲良にだって真剣に告白されてたら、イエスって言っていたと思います。まあ、そんなことはあり得ませんが。……人を好きになるってどういうことなのか、わからなくなったんです。それに私、たとえ一か月や半年で別れることになっても、期間限定でつきあおうって言わない人がいいです。」
期間限定――ある一定の期間の間だけ。
それって期間の終わりが近づくと、思ったよりつらい。
その時、先輩の表情を見ていたら、私の気持ちは変わっていたかもしれない。
でも私には先輩の目を見ることが出来なかった。
「当分、黙っていればご両親からのお見合い話は回避できますよね。任務はここまででお終いにしてください。今までありがとうございました。」
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