第29話――鉈(なた)を振るう美少女

「このアウトドア生活でわからないことがあっても、すぐに検索するのではなく、まず自分で考えてやってみよう。」


 学校の先生みたいなことを言うダンディだが、検索したくともケータイは圏外。

 キャンプ場の炊事場で宿泊セットについているカレーを作るだけなんだけど、やったことあるメンバーはいるのかしら。


「テレビで見たのは炭だったけど、まきを使うのね。」


「私、マッチをってみたい!」


 天王寺家全員で炊事場のかまどに群がって火をつけようとするけど、食材の下ごしらえもしないと。


「ちょっと待ってください。薪はそのままではなくて、ある程度このなたで少し割って、細かくするんですけど。」


「雅がやるわ!鉈なんて初めて!」


 眼をキラキラさせて鉈を振る美少女……。怖い。


「雅ちゃん、初めてよね?いい加減にやると危ないから教えてあげる。まず、鉈を薪に少し食い込ませて一体化させたら、思い切って振り上げてこうスパンと振り下ろすの。あら、この鉈結構切れるわね。」


「桜宮さん、薪割りがお上手ね。手つきがプロだわ。」


「結月、いつも家でやってるのか。」


「いつもやってるわけないでしょ!いえ、あの、母がアウトドア好きなので。」


「フェイスエステといい、アウトドアといい、桜宮さんのお母様は流行に敏感な方ね。負けていられないわ。」


 本当は毎年、父さんが二週間ほど、呼び出されたくない一心でケータイの圏外へ逃げ出すために、うちの家族は秘境で夏休みを過ごす。

 薪割りなんて朝飯前。庶民のキャンプ場など設備が整っている方だ。


「じゃあ、薪は雅ちゃんとおばさまに任せて、後のメンバーで食材の下ごしらえをしましょう。」


 ダンディは慎重な手つきで、しかし常識的に米を研ぎ、天王寺先輩も颯君もゆっくりだが確実にニンジンや玉ねぎを切っていく。

 よかった。洗剤で米を洗うとか非常識な人たちじゃなくて。

 ホッと胸をなでおろす。


「結月は何をしてるんだ?」


「私はカレーの水の分量を量るので、話しかけないでください。ルーの余分は無いのでキッチリ計らないとカレーがシャビシャビになってしまいますから。薪の方も心配なので見てきます。」


「お父さん、薪、全部割ったわ。ねぇ、もっとやりたい!もう一束買ってちょうだい。」


「いいとも、一束でも二束でも好きなだけ薪割りしなさい。雅が薪割りを習得するためなら安いものだよ。」


「わぁ、お父さん大好き!」


「「……。」」


 兄二人があきれ返るが、雅ちゃんはどんどん薪を割っていった。

 そして予想通り、天王寺家の皆さんでかまどに群がり、盛大に火を燃やす。



 少し心配したけど、カレーもご飯も普通に出来上がった。


「いつものカレー粉とスパイスのやつと同じくらい美味しいな。」


「僕、お代わりする。」


「颯君、よそってあげるわ。」


「結月姉さま、雅にも。お姉さまによそってもらうと美味しさが倍増するわ。」


 天王寺先輩、ちょっと元気ないな。カレー、好きじゃないのかしら。



 夜は雅ちゃんが割りまくった薪がたくさん残っていて、みんなで焚火をした。  焚火のオレンジ色の炎の動きは、見ていて飽きることはない。


「桜宮先輩、中等部のジャージでお下げにしていると、年下みたいで可愛いですね。僕、お下げの女の子って好きだな。」


「颯君ったら、もう。年上をからかってるわね。」


「からかってませんよ。本当ですって。」


 颯君って先輩の弟とは思えないくらい口が上手いな。ときめいちゃうじゃない。


「雅もジャージ持ってきてお揃いにすればよかった。そうそう、マシュマロ持ってきてたんだ!取ってきて焚火であぶろうっと。」


「雅ちゃん、足元暗いから気を付けて。一緒に行くわ。」


 さっさと走っていってしまう雅ちゃんを追いかけてコテージに向かう途中、天王寺先輩に追いつかれて腕をつかまれた。

 振り返ると真剣な表情の先輩の顔が月明かりに浮かぶ。


「結月、ちょっと二人だけで話がしたい。」


「? 打ち合わせですか?それとも私、なにかミスでもしましたか?」


「いや、そうじゃなくて……。」


 先輩が言いよどんだその時、雅ちゃんの叫び声が響き渡った。

 私も天王寺先輩もハッとしてコテージに走る。


「雅ちゃん!不審者か、野生動物かしら。竹刀持ってくればよかった。」


「結月、危ないから俺より前に出るな!雅、どうした!」


「結月姉さま!わあん、ものすごく大きながいたのよう!」


 雅ちゃんはマシュマロの袋を抱えて先輩を通り過ぎ、私に勢いよく抱きついてきた。転ばないようにがっちりと雅ちゃんを抱きとめる。


「大丈夫よ、蛾なんて何もしないから。よかったわ、不審者じゃなくて。とっても心配したのよ、悪い子ね。」


「怖かった、お姉さま。」


「可哀そうに、こんなに震えちゃって。私が来たからもう大丈夫よ。」


 少しの間雅ちゃんを抱きしめていてあげた。

 妹がいたらこんなにかわいいのかな。颯君みたいな弟もいいけど。

 先輩は安心したのか、少しぶっきらぼうに言う。


「雅、お前、毎年庭の山椒の木にくるアゲハチョウの幼虫を育てて、楽しんでるじゃないか。蛾が怖いなんて……。」


「蛾とアゲハチョウじゃ全然違うわよ!湊兄さんは余計なこと言わないで!むしろあっちに行っててよ、邪魔なんだけど!」


「先輩、蛾とチョウじゃ違いますよ。雅ちゃんったらまだ気が高ぶってるのね。いい子ね、さあみんなの所に行って、焚火でマシュマロを炙りましょう。」


「はい、結月姉さま、あの、焚火の所まで雅の手を握ってください。」


「甘えん坊さんね。いいわよ。」



 その後は雅ちゃんがマシュマロを黒焦げにしたり、みんなが薪をくべすぎて焚火が大きくなって慌てたりして、楽しく夜は更けていった。


「ねえ、お父さん、私自分の鉈が欲しいわ。うちの庭でも焚火をしましょうよ。」


「いいとも、ネットで注文してあげよう。」


「私、この鉈がいいわ。運命の出会いだと思うの。」


「わかった、買い取ってあげよう。」


「よかったわね、雅。」


 美魔女の反対がないのが意外。

 雅ちゃん、鉈持ってるなら私や天王寺先輩より攻撃力上じゃないの。

 なにか忘れている気がしたけど、まあ、思い出したらその時でいいか。

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