第26話――剣道市民大会
七月下旬の市民大会当日。
会場の市民総合体育館に集合し、私たち剣道部員は学校ごとの応援席に集まる。
今日はスポーツ少年団の小学生から大人まで剣道市民が集まっていて人がごった返していた。
剣道着と
「塚っちゃん、例のセリフ、咲良に言った?」
私は塚っちゃんに、にじり寄ってこっそりと尋ねた。
すぐ隣にいる長瀬君も聞き耳を立てている。
「え……。」
「協力したんだから教えてくれてもいいじゃない。ねぇ長瀬君。」
「そうだよ、こそっと教えるだけでいいからさ。」
塚っちゃんは諦めたようにため息を一つつくと、いつもの穏やかな優しいまなざしで長瀬君を見つめた。
「明日は咲良のために戦うから。どんな時でも咲良を守れるってところを見せるから、僕から目を離さないで。」
「………マジか。」
「なんて素敵!素晴らしいわ、塚っちゃん。やる時はやる人なのね。私の考えたセリフよりいいじゃないの。私、彼女じゃないけど、今日は塚っちゃんから目を離せないわ。ちょっと、長瀬君ったら何赤くなってんの。」
「塚っちゃん、俺もそのセリフ使っていい?」
「…いいけど、凛先輩は自分で自分のこと守れるだろ。」
「そういう問題じゃないんだよ。」
「あ、咲良からライン来た。体育館に着いたって。人が多いし、私がロビーまで迎えに行くわ。」
市民総合体育館のロビーで咲良の姿を探す。――いた!
咲良ったら、すでに他校の剣道着姿の男子に声を掛けられているじゃないの。
早いなぁ。
「ちょっと、私の友達に気やすく声を掛けないでくださる?」
「結月!」
ホッとしたような顔をした咲良は、私の後ろに隠れた。
「なんだよ、可愛い女子がいたからちょっと声を掛けただけじゃないか。ふん、K学院の桜宮か。姉の方は強いって噂だったけど、妹もいたのか。知らなかったよ。」
咲良に声を掛けた男子は背が高くて本当に上から「フン」と聞こえてきそうな感じで私をあしらう。顔がちょっと怖い。
剣道の垂には垂カバーが付いていて、学校名と名字がバッチリ刺しゅうされている。どこの誰なのかは一目瞭然。
S校の
「私だってあなたのことは知らなくてよ。あなたなんて私の手にかかれば、開始直後の面で瞬殺よっ!」
「なんだって!」
「結月、いいかげんにしろ。ロビーで大声出すな。」
天王寺先輩が止めに入った。その後ろから、塚っちゃんも登場する。
「塚っちゃん!」
「桜宮さん、何かあったの?」
塚っちゃんの視線は私の後ろの咲良を見ている。
咲良は大ごとになってしまって私の後ろで小さくなっている。
咲良って本来は控えめで上品なお嬢様だったわね。
「残念ね。咲良は塚本君の彼女なのよ。」
私は、ここは塚っちゃんに出番を譲ろうと一歩下がって、塚っちゃんの斜め後ろから悪態をついた。
「へー面白いじゃないか。オレ、団体戦は大抵先鋒なんだ。団体戦で対戦するなら塚本も先鋒でこいよ。彼女の前で叩きのめしてやるからさ。」
「受けて立とうじゃないか。」
静かに答える塚っちゃんは過去最高にカッコよかった――。
「ダメ。」
「そんな、石橋先輩、今日は先鋒で戦いたいんです!」
普段先輩にたてつくことなど一度もなかった塚っちゃんの頼みを、オーダー係の石橋先輩はあっさりと一刀両断した。
「ぜっっっったいにダメ。今日は市民大会で四チーム出せるから、オーダーはもうがっちり組んじゃって動かせない。僕のオーダーに意見するなんて、よっぽどの理由があるんだろうね。一応聞かせてもらおうか。」
「今日は先鋒の気分なんです!」
石橋先輩のメガネが光る。雷が落ちる一歩手前か…。
咲良のために、なんて言えないよね。
「塚本、今日は個人戦もあるだろ。それだと……二回勝てば三回戦目で箕面と当たるんじゃないか?」
天王寺先輩がトーナメント表を見ながら助け船を出してくれる。
「えっ、今日個人戦もありましたっけ?うっかりしてました。よし、見てろよ箕面、気安く咲良に声を掛けやがって。咲良とつきあうまで、僕がどれだけ勇気を振り絞って毎回話しかけていたと思ってるんだ。」
塚っちゃんが変な角度で箕面君に闘志を燃やしているのを、私も長瀬君も静かに応援した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます