第25話――塚本智弘

「塚っちゃんはいい人だし、話は合うけど、なんか退屈なのよね。」


 咲良がぼそりと、とんでもないことをつぶやいた。

 期末テスト前の部活自粛期間で二人で図書室で勉強しているときでなかったら、私は大声で「え――ッ」て叫んでいた。口の形は『え』の形で固まる。

 塚っちゃんは穏やかで優しく、ぱっと見は剣道部じゃなくてオケ部でバイオリンでも弾いていそうな人。頭も良くて、生徒の話題にはベストテンの人の名前しか上がらないが、地味に十番台をキープしている。

 私もそのあたりなので仲間として知っていた。


「ちょっと何言ってるの、咲良。塚っちゃんは優しいし、話も合うでしょ。あんな優良物件そうそうないわよ。誤解しないで欲しいけど、私だったら手放さない。」


「うーん、結月って私に『大好き』とか、『私の咲良』とか、しょっちゅう言ってくれるじゃない。そういうのいいよね。」


 咲良ったら穏やか過ぎるおつきあいで、ちょっとした刺激が欲しいのかな。


「ねえ咲良、剣道の夏の市民大会に応援に来てよ。塚っちゃんのカッコイイ所が見られるし、私と長瀬君のことも応援して。私、咲良のために必ず勝つから。私の勝つところ、咲良に見て欲しい。」


「ほら、そういう一言がいいのよ。絶対行くわ、結月。」



 期末テストは天王寺先輩の昨年のテストのおかげで、かなりいい出来だった。

 とくに副教科は、同じ問題が少なからずあって大もうけする。


 テストが無事済んだので、次は腹心の友が迷走しないように、部活終わりに塚っちゃんと長瀬君を誘って傾向と対策を練ることにした。

 天王寺先輩がなにか言いたそうな顔をしていたので、「夏休みの件はOKです。」とすれ違いざまに素早く言っておく。

 他に何かあればラインしてくるだろう。



「でね、塚っちゃんのかっこいいところを見せるために、咲良を今度の市民大会に呼んだから。キーワードは『咲良のために勝つ』『僕の咲良』『咲良の応援のおかげで勝てた』『この勝利を君に捧げる』ってとこかしら。」


「ちょっと待ってよ。色々考えてくれるのはありがたいけど、そんな歯の浮くようなセリフ、恥ずかしくて言えないよ。だいたい西九条さんに咲良なんて…。」


「なにいってるのよ!そんなことだから退屈っていわれちゃうんじゃない。明日にでも、いいえ、今日中にラインか電話して、咲良って呼べるようにしておいて。おつきあいのピンチに陥っているのは塚っちゃんよ!お金を払えとか、痛い思いをしろとか、労働しろとか大変なこと何も言ってないじゃない。ただちょっと、きざなセリフを言うだけでいいって言ってるのに。」


「自分だってきざなセリフって思ってるじゃないか。まだ労働の方がましなんだけど。何とか言ってくれよ、悠人。」


「いや、塚っちゃん、さっきのセリフをラインで送ってもらって暗記した方がいいな。西九条さんのためにそれくらい平気で言えるやつなんて、掃いて捨てるくらいいるって。もっと努力しろよ。結月、一応俺にもさっきのセリフ、ラインして。」


「そうよ、長瀬君、いいこというじゃないの。さすが凛姉の彼氏。塚っちゃん、どれくらい塚っちゃんが咲良のことを好きでも、言わないと伝わらないよ。セリフが気に入らないなら自分で考えてもいいのよ。」


「ごめんなさい。桜宮さんのセリフを採用させて下さい。」



 こうして市民大会に向けて剣道の練習と同時に塚っちゃんの対策も進めた。

 部活後にみんなが帰った後、セリフも一度くらいは練習した方がいいだろうと、武道場の隅で三人で練習する。

 練習相手として私が咲良の役をした。


「咲良、今日の試合の勝利は君に捧げるよ。」


「うーん、だいぶ上手くなったけどもう少し照れずにさり気なく言って。あと、咲良にはちゃんと目を見て言ってね。」


「もう少しくらいきざなセリフの方がいいんじゃないか。」


「悠人、これ、練習しないとダメ?」


「逆に練習しなくて大丈夫なのか。」


「お前たち、何やってるんだ。まだ帰ってなかったのか。」


 ひょっこり現れたのは天王寺先輩。先輩こそまだ帰ってなかったんかい。


「市民大会に向けて、団体戦のオーダーの傾向と対策を練ってました。」


 とっさに上手い言い訳が口から転がり出た。


「オーダーは石橋と吹田さんが男女それぞれ受け持ってるだろう。あいつらのオーダーは鉄壁じゃないか。」


「だからといって、甘えているのはよくないと思います。市民大会なら少しくらい私たちの考えたオーダーを採用してもらえるかもしれませんし。」


「それはそうだが、もう帰った方がいいぞ。」


「はい。長瀬君、塚っちゃん、一緒に帰ろう。今日は学院の近くのスーパーで卵が、お一人様一パック底値だから一緒に行って。天王寺先輩、さようなら。」


「「「………。」」」

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