第24話――天王寺颯・雅
チェス盤の駒を伏し目がちに見る颯君の目は兄の天王寺先輩に似ている。
ポーンの駒を持つ手の指はすらりとしてかっこいい手だ。
私は定石通りポーンを動かし、続いてナイトとビショップを動かしてく。
「颯君って天王寺先輩に似てるけど、目が先輩よりちょっと明るい茶色だし、髪もほんの少しだけ茶色がかってる黒だね。」
「急に何ですか。」
あっ、ちょっと驚いたようなその顔、天王寺先輩にそっくり。
私、メガネ男子って割と好きなんだよね。
天王寺先輩もメガネかければいいのに。
あんまりしげしげ見たせいか、颯君が赤くなる。
「颯君は部活何やってるの?」
「弓道部ですけど。」
「そうなんだ。たしか園芸部の畑のそばに弓道場あったね。一回見に行ってみようかな。もう弓引けるの?」
「中等部の時からやってるから的前に立ってます。一度見に来てください。」
「ちょっと、颯兄さんばっかり話がはずんでずるい!次は私とやってくださいね、桜宮先輩。」
休日の天王寺家のリビングで、さっきから一緒にチェスをしている颯君の後ろで雅ちゃんがちょろちょろしていて、さらにその後ろでダンディがうろうろしている。天王寺先輩は自分の部屋に引き上げたようで姿が見えなかった。
ようやく私がチェックメイトしてニンマリとしたところに美魔女が紅茶とケーキを運んできてくださる。今日は紅茶か。やれやれ、よかった。
「桜宮さんのために雅がチョコレートケーキを焼いたのよ。さあどうぞ。」
「雅ちゃん、ありがとう。うれしいわ。私チョコレートケーキ大好きなの。」
本当は甘いものなら何でも好き。
雅ちゃんは身をよじってうれしがっていて、本当にかわいいんだから。
妹っていいな。私にはこんな可愛げないけど。
「ところで、この前スーパー銭湯で桜宮さんのご両親にお会いしたけれど。」
「はいっ、なにか失礼でも、というか挨拶をきちんとしないで帰ってしまって申し訳ありませんでした。」
「そんなこといいのよ、とっても素敵なお父様ね。」
ダンディの顔が少しだけ引きつった。
「あそこのスーパー銭湯のフェイシャルエステって、とってもいいって噂なのよ。やっぱり桜宮さんのお母様も知ってらしたのね。私も今度からひいきにしようと思っているの。」
うちはそんな贅沢してませんが、調子を合わせて笑っておく。
雅ちゃんがしびれを切らして口を尖らせた。
「颯兄さんそこどいてよ。次は私の番よ。」
「あの、一人一人とやってると時間が…うちは門限が厳しいので。みんなでトランプでもしませんか。」
「それがいいわ!私が勝ったらお願いを一つきいてください、桜宮先輩。」
「雅、結月お姉さま呼びをまだ諦めてないのか。」
「それはまた今度でいいの。別のお願いができたの。」
「私にできることならいいわよ。」
長男を除いた天王寺家と私でババ抜きや七並べや大富豪をして、ちょっとだけみんなが雅ちゃんにアシストする。
「うふふ、雅の勝ちね。さあ約束よ。桜宮先輩、夏休みにうちの別荘でのバカンスに一緒に来てください。」
「まあ、いい考えね。ぜひそうなさって。」
「えっ、あの私、パスポート持ってないんです。」
うちは父さんが飛行機嫌いで海外には行ったことがない。高等部の修学旅行も国内だったはずで、凛姉も持っていない。
「国内ですよ。一緒に来てもらえたらうれしいですよね、兄さん。」
颯君の視線の先には天王寺先輩がむっつりと立っている。
「結月のご両親がいいと言ってくださったらな。それより結月、これ。」
先輩が差し出したのはプリントの分厚い束。
「去年の定期テストの問題と解答だ。よかったら使って。」
「うれしい!ありがとうございます。わ、ちゃんときれいに科目で分けて順番に並べてある。颯君のために取っといたのかしら。颯君、使い終わったら私のも加えて返すね。」
「エスカレーター式で進学できるのに、そんなに勉強に力を入れているなんて、感心なお嬢さんだ。」
「そんな、当然です。あ、タイムセールいえ、もうそろそろ失礼します。バカンスのことは親に聞いておきます。」
「桜宮先輩、今日は僕とのチェスの約束で来てもらったのだから、僕が駅まで送ります。」
素早く颯君が申し出てくれるが、先輩はちょっと顔をゆがませた。
「颯、結月は俺のか、可愛がってる後輩だから俺が送っていく。」
ふーん、俺の彼女って言ってくれないんだ。
「剣道部のことで話がありますから、先輩に送っていただきます。」
駅までの道のりで、先輩は何も言いそうになかったので私から話を切り出す。
「実は颯君が天王寺先輩と私がつきあってるのか確認してきて、それが剣道部の豊本さんにばれてます。」
「最近豊本さんによく見られてると思ったら、そういうことか。で、どう言ってあるんだ?」
「世話焼きな先輩と可愛がってもらってる後輩と。少し見守って欲しいと口止めしてあります。」
「わかった。…あの、結月。」
「なんですか。」
「よかったらその、二人で、いや、夏休みにうちの別荘に来てくれるとうれしい。雅も喜ぶし。」
「はい、前向きに検討しておきます。送っていただいてありがとうございました。では、また明日部活で。」
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