第23話――素性はバレた

「はぁ、気持ちいいわねぇ。スーパー銭湯のお風呂は。」


「凛姉は炭酸風呂が好きだねぇ。」


「何に効くか書いてある効能書きを読んでると、有難味ありがたみが増すわ。あんなに色々と効くなんて素晴らしいわよ。」


 六月は母さんの誕生月だ。

 当日ではないけど、うちは家族の誕生日が近づくと、休日の朝食後スーパー銭湯に家族全員でなだれ込み、昼ご飯はもちろん夜ご飯までそこで過ごし、一日家事をしないでお風呂に浸かったり、マンガを読んだり、ダラダラと過ごす。

 最高の贅沢ってこれよ。


 お昼ご飯の後、岩盤浴をするという母さんと凛姉は出撃していった。

 父さんはお昼ご飯の時にに飲んだ生ビールの中ジョッキ一杯で怪しい酔っ払いになって、リクライニングチェアで魚河岸のマグロのようにごろりとしている。

 私は寝転がってマンガを読もうと、父さんのそばのソファに陣取った。

 館内着のウエストのゴムが少しきついのは私のせいじゃないよな。

 長瀬君のお弁当美味しいから少し太ったのかも。

 よし、集中して読むか。ふふ…。


 何冊か読んで、次のマンガを物色していた時のことだった。


「桜宮先輩、こんにちは。」


 こういう油断しているところで声を掛けないで欲しいんだけど。誰かしら。

 当然学院の知り合いなので、慌てて取り繕う。

 可愛らしい声に振り向くと、おおぅ、天王寺ファミリーがスーパー銭湯の館内着を着て勢ぞろいしているではありませんか。

 セレブがどうしてこんな庶民のくつろぎの殿堂にいるの!


「あら、雅ちゃんに颯君におじさまとおばさま!こんにちは。先日はお邪魔致しました。」


「結月、俺もいるんだけど。」


「わかってます、天王寺先輩。今日は皆さんお揃いでスーパー銭湯ですか?うちもなんです。」


「まあそうなの。最近、スーパー銭湯が流行っているっていうから、一度来てみたかったの。桜宮さんのご両親もいらっしゃるならご挨拶したいわ、ねぇあなた。」


「そうだな、いい機会だし。どちらにおみえかな。」


 ヤバイ、父さんの職業は秘密で、自分で言うか決めてくれるだろうけど、今は酔っ払いの上、魚河岸のマグロのようにごろんとしていて使い物にならなかった。

 手術室での父さんのかっこよさを100としたら、今の姿はマイナス30だ。

 できれば見られたくない。

 母さんもすっぴんなはず。

 天王寺家のダンディとすっぴんでも美魔女夫婦には太刀打ちできない。

 どうしたらいのか、どうしよう、酔っ払い父さんを紹介するしかないのか。

 ちょっとしたパニックになった私に、思考をリセットさせる光景が目に入った。


 母さんと凛姉が他のお客さんを蹴散らすように走ってくる。

 母さんは大声で「あなたあーー!」って叫び、凛姉は父さんに飛びついて乱暴に揺さぶり起こそうとした。


「あなたっ!岩盤浴ゾーンで気を失った人がいるのよっ!起きて!早く来て!」


 母さんの大声と乱暴な凛姉に、父さんはうっとうめく。


「ここどこ?今何時?」


「父さん、何寝ぼけてるのよ!みんなでスーパー銭湯にきてるのよ、しっかりして!病人よっ!」


「なにっ!すぐ行く!」


「そっちじゃないわ、あなた。こっちよっ!すみません、こう見えても医者なんです、通してください。」


 父さんは母さんにひきずられるようにして岩盤浴ゾーンに走り込んだ。

 私と天王寺ファミリーも後を追う。

 倒れた人が岩盤浴部屋の外に寝かされていた。


「救急車は呼んだか?AED持ってきて。暇な人は仰いであげて。氷ある?あっ、脈と呼吸は弱いけどあるな。AEDは使わないけど、病院には運んだ方がいい。救急車来たって?私も同乗しよう。」


 父さんはあっという間にスーパー銭湯の館内着のまま、救急車に乗り込んで行ってしまった。


「凜、結月、お父さんがどの病院に行ったかわかったら、後を追うわよ。スマホしか持たずに館内着で困るはずだから。」


「母さん、あの、部活の先輩のご家族が挨拶したいって……。」


 母さんは、えっ!という顔をした後、素早く作り笑顔になって上品ぶり、天王寺ファミリーに飛び切り愛想のいい顔で挨拶する。


「まあ、桜宮です。いつも娘たちがお世話になっているようで、ありがとうございます。あわただしくて申し訳ありませんが取り込んでおりまして。お恥ずかしいですわ。オホホ…。」


「初めまして、天王寺です。こちらこそ、息子が剣道部でお世話になっています。桜宮さんの御主人はお医者様なんですか。どうりでしっかりした娘さんだと思っていました。」


「ありがとうございます。夫は救急車に乗っていってしまってご挨拶できなくて。開業医ではなく勤務医ですから、そんなにたいした家ではありませんが、よろしくお付き合いくださいませ。急ぎますので失礼。」


 自分がすっぴんだということに気づいていた母さんは、早口で挨拶をするとロッカールームに逃げ去った。


「あら、天王寺君いたの?久しぶりね。悪いけど父さんのロッカーから私服とか出してきてくれない?鍵はこれ。」


「さすが凛先輩、鍵を受け取っておくなんて。」


 こうして私と凛姉と母さんは身支度を整え、父さんを市民病院に迎えに行くことに…。もっとマンガ読みたかったよう。


 フロントで。

「夫の着て行った館内着は近いうちに必ずお返ししますので。」


「こちらこそ助かりました。ありがとうございます。館内着の返却は次回のご来館時で結構です。その時は、こちらの招待券をお使いください。」


 招待券を三枚もらえた!ラッキー、いや、違うじゃん。


「すみません、うちは三人じゃなくて父を入れて四人家族なんです。」


「そうでした、すみません。もう一枚、いえ回数券を一冊差し上げます。」


 節約、貧乏気質の女三人がニヤリとしたのは言うまでもない。


 ◇◇◇◇

「湊、桜宮さん姉妹はどちらも感じがいいけれど、お姉さんは…。」


「もう彼氏がいるよ。」


「あらそうなの。でも結月さんもかわいらしくて私、前に会った時から気に入っていたわ。」


「いい娘さんたちだな。父さんと一緒で湊は見る目があるよ。」


「いやだわ、あなたったら。」


「湊兄さんの彼女なら、私にとってお姉さまよね。私、結月姉さまって呼びたいのに呼んでいいかどうか聞けなかったわ。」


 颯が無表情で黙っていたのが気になるけど、これ以上盛り上がられても困る。


「雅、実の姉妹じゃないのにそんなに馴れ馴れしくするな。どうせ友達に自慢したいだけだろ。」


「だって、花蓮かれんったらいつも従姉のお姉さまのこと自慢してくるのよ。私だって自慢したい。」


「俺と颯がいるじゃないか。」


「……悪いけど自慢できないわ。」


「兄さんが桜宮先輩に振られたらその後困るから、桜宮先輩って呼んだ方が無難だよ、雅。」


「それもそうね。」


 なんなんだよ、颯!

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