第19話――お宅訪問

「随分と塀が続いてますね。入り口はまだですか。」


「もうすぐだよ。それにしても結月、学院の制服で来たのか。」


「どうしていいかわからないときはこれでしょう。先輩だって似合ってますけど、それ普段着ですよね。」


「遠出するわけじゃないからな。あっ、門を開けるから。」


 先輩はようやくたどり着いた門についているパネルをピポパして、戸を開ける。

 どうしよう、ここの家って金持ちすぎて嫌かも。

 咲良のうちもだけど、やっぱりお金持ちの家って入り口がえぐいよ。


「どうぞ。」


「こんにちは。お邪魔します。」


 おっかなびっくりでリビングに案内されると、とても高校生の子どもがいるとは見えない、若々しい先輩のお母様が出迎えて下さる。

 剣道の試合を応援しに来た時、何回か見かけたことがあるけど、相変わらずの美魔女だ。


「いらっしゃい、桜宮さんの、妹さんの方よね。」


「はい、いつも天王寺先輩にはお世話になっています、桜宮結月です。」


「今お茶をお持ちするわ。どうぞ掛けて。」


 そう言って美魔女が運んできたのは小さなお盆に乗った…お抹茶セット。

 もうお抹茶は立ててあり、お菓子も添えられている。

 これを私に御作法通りに飲めというのか。

 動揺を隠しつつ先輩を見るが、先輩も驚いていて頼れない感じだ。


 どうぞ、とにっこり勧められるが、美魔女の目は笑っていない。

 息子をたぶらかしたんじゃないかと見定めようとしているのか。

 ええい、ままよ、確かお菓子から食べるんだったと、添えられた干菓子を口に放り込む。……和三盆なのか、すっと溶けて美味い。もっと食べたいくらいだわ。

 両手で抹茶茶碗を持って、適当に二回ほど回して飲む。


「あっ、美味しい……。ちょっと甘くて、こんなに美味しい抹茶は初めてです。抹茶は苦いって思ってたけど、全然そんなことないですね。」


「あら、嬉しい。もう一服、いかが?」


「お願いします。」


 抹茶のお代わりってあんまり聞いたことないけど、とても美味しかったからこんなチャンスを逃すのはもったいない。私はお代わりも美味しくいただく。

 美魔女はまあまあね、といった表情で呆れてはいないようだ。よかった。


 お茶を無事(?)クリアーしたところで、ダンディなお父様が登場する。


「こんにちは。お邪魔しています、桜宮結月です。」


「いらっしゃい。」


 にっこり微笑んでくださったダンディは天王寺先輩によく似たナイスミドルなおじ様で、髪が薄くなって腹も出てきた我が父とは違い大変スマートな紳士だった。

 だが、このダンディと私に共通の話題があるとは思えない。

 間が持てない。どうしたものか。

 ふと、ダンディの手に将棋の雑誌が握られているのに気づいた。


「あの、将棋をなさるのですか?」


「ああ、桜宮さんも出来るのかね。」


「将棋はあまりできませんが、チェスなら自信があります。」


 ナイスミドルは、ほほうとちょっと目を見張る。


「湊、チェスセットがあったろう。持ってきてくれないか。桜宮さん、是非一戦お相手を。」


「望むところです。」 


「たしかそうの部屋にあったと思うから、待ってて。」


 天王寺先輩はチェスセットを取りに行き、後ろに弟さんと妹さんを連れて戻ってくる。


「弟の颯と妹のみやびだよ。高等部一年と中等部二年なんだ。」


 挨拶をした弟さんは先輩がメガネをかけて物静かになった感じで、妹さんは美魔女にそっくりな派手な美少女だった。


 家族に見られながらチェスをすることになってしまったが、自分のことや家族の話をするより黙ってチェスをして時間を過ごした方が無難だろう。

 私は初等部の頃にテレビアニメの『美少女探偵ルルカ』で、ルルカが話のラストに犯人を逃げられないように追い詰めて『あなたが犯人ね。チェックメイト!』って決め台詞が大好きで、凛姉と毎日チェスをしたものだ。

 チェックメイトって言いたすぎて、初等部のクラブ活動は囲碁将棋クラブに入り勝手にチェスをしていたっけ。

 みんないい人たちばかりでチェスに付き合ってくれてたなあ。


 ダンディが白と黒の駒を握り、私が選んだ手の中は白のポーン。先攻だ。

 中央の白のポーンを二マス進めた。

 これが本当の彼氏の父親相手なら緊張やらどう思われるかやら考えてしまう所だけど、期間限定彼女の私は初対戦の相手にワクワクするだけ。

 久しぶりなので持ち時間は無しにしてもらう。

 さあ、チェックメイトって言っちゃうから。


 真剣な顔で駒を進めるダンディは結構強いけど、いけそうだ。

 中盤すぎまでは絶対に私が有利だったはず。

 あと少しでチェックが出来るという時、ダンディは表情を変えずに言い放った。


「チェック。」


「はへっ!!」


 なんでと思った一瞬後、やられた!と気が付く。間抜けな声がでちゃった。

 チェックから逃げるがもうダメだ。…私はキングの駒を横に倒した。降参だ。


「降参、早くない?」


「いや雅、無理だよ。」


「ちょっと油断しました。もう一戦お願いします。」


 二戦目は前よりもっと時間をかけて考えたのに、あっけなくやられてしまう。

 腕が鈍ってるし、ダンディは簡単には倒せない相手だわ。

 颯君や雅ちゃんやが次は僕とやろうとか私もと言ってくれているが、頭も疲れたし初めてのお宅なんだからそろそろ失礼したくなった。


「もうこんな時間!また来るから対戦はその時に。」


「そうだね。駅まで送るよ、結月。」


「とっても楽しかったです。ありがとうございました。」


 私は身辺調査の質問攻撃を逃れ、先輩宅を失礼することに成功した。



「上手くできましたか。」


「上出来だよ。出来たら後一回くらい家に来て欲しいけど、まあしばらくしてからでいいよ。本当にありがとう、助かったよ。」


「ほぼ任務完了ですね。」


 こうして期間限定の彼女役は上手くやっていけそうだったのに……。

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