第18話 高等部二年生――期間限定彼女開始

 剣道部の先輩、天王寺湊先輩に期間限定で彼女になって欲しいと頼まれ、お宅訪問を承知した。奨学金の口添えを条件に。

 訪問の日時と、お宅の最寄り駅に先輩が迎えに来てくれることを打ち合わせて、前日の夜、私は今回のミッションについて深く考え込んでいた。

 まず、一番大切なのは先輩には彼女(私)がいるから、両親からのおススメ話は無用ということをはっきりさせなくてはならない。

 だけど、ただでさえ期間限定彼女なのにこれ以上の嘘はつけない。

 調べられたらすぐに私が社長令嬢とか高貴な家の出でないことは、わかってしまうに違いない。そこは取り繕うのをやめよう。

 これだけ考えると腹は決まって、さっさと寝ることにした。



 次の日、天王寺先輩から予定より三十分ほど早く時間変更の要請があり、私はお昼ご飯を急いで食べて待ち合わせの駅の改札に到着した。

 先輩はもう来ていて、私を見つけると自宅ではなく、駅近くのファストフード店に引っ張り込んでコーヒーを二つ買うと、一つ渡してくれる。


「なにかあったんですか?」


 不審げに聞く私に先輩は聞かれたくない話をするように、身を寄せる。

 そして時間がないとでもいうように早口で話し出す。


「事情がいろいろ変わった。まず、奨学金だが、」


「もしかして駄目になったんですかっ!」


「いいや、そっちは大丈夫だ。むしろ口添えがなくても審査は通過したよ。だから結月はこのまま帰っても大丈夫なくらいだ。それを言わずに来てもらうのはフェアじゃないだろう。だけど、是非ともうちに来てもらいたいので、もう一つ情報を提供する。正式に発表するのは二学期だが、来年度からは成績優秀者の授業料免除も始まる。今から知って、備えておけば有利なはずだ。」


「授業料免除!ありがとうございます、絶対手に入れて見せます!」


 ちまちまと節約するよりずっと効率がいい。

 年間でいくらになるだろう。とにかく勉強を頑張らないと。

 エスカレーター式で進学できるから、勉強しない人もまあまあいて頑張ればいけるだろう。

 ほくそ笑む私に先輩は心配そうに聞き返す。

 

「それで、来てくれるか?」


「それはもちろんですよ。約束したからには先輩の家の人も準備して下さってるでしょうし。あの、でも私からも先輩に確認したいことがあります。」


「何?」


「あの、私、本当の彼女じゃないってこと以外は嘘をつきませんからね。庶民だからご両親が私を気に入らないとかだったら責任持ちませんよ。」


「そうだな。セレブのふりをしてもボロが出るだろうし。」


「それと気になってるんですけど私と咲良って、百合だって噂になってるんですか?」


「……いや、どうだろう。俺は見たっていうか、お前たちが初等部の時、藤棚の下で抱き合ってたのとか、オケ部の演奏会で白い花束を西九条さんに贈ったのとか、中等部の校舎裏で告白してるとことか…。誤解だったようで、申し訳ない。でも、西九条さんに彼氏が出来てもすぐ駄目になるのは結月のせいだとかは噂になってるな。」


 あれらを見られていたのか――。誤解するのも無理はない。

 咲良にはぜひ塚っちゃんと上手くいってもらわなくてはならないのに。


「はっきり言って全部誤解です。咲良の今の彼氏は塚っちゃんですよ。」


「えっ!剣道部のか?」


「そうです。私と咲良は腹心の友なだけですから。私はともかく、咲良の変な噂は広めないでくださいね。」


「塚本か――。あいつ、剣道だけじゃなくて恋愛も大将に強いなあ。」

 

「最後に一つ、お互いに本当に好きに人が出来たらすぐにこの茶番は終わらせてくださいね。」


「もちろんだ。自然消滅か俺が振られたってことにしていいから。」


 打ち合わせが済んだところで、私は本日の戦場に出陣することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る