第16話 ――チョコレート騒ぎ
高等部一年は初めに色々あった割には後は穏やかに過ぎていった。
凛姉と長瀬君はまずまず上手くいっているようだし、咲良もすぐに男子とつきあうのではなく、しばらく寝かせてから判断するようになり、あれからおつきあいするほどのことはない状態だ。
そして世間ではチョコレートを贈る例の行事がやってきた。
友チョコやら義理チョコで出費が大変になるのは私くらいだけど、K学院には他にも全生徒にとって大変なことはある。
まず学院は教室内も土足で下駄箱がない。
そして何年か前の生徒会で、二月の十三、十四日は部活無し、そのかわり校舎内での受け渡しを禁止(机の中もダメ)にし、校舎から出たところを直接渡す、という取り決めが出来た。
その勇気がなければチョコは渡せないという、非情だが自分の行為に責任を持つという建前と、トラブル防止(この学院では義理チョコも結構なお値段のものを送る為、本命チョコと勘違いする男子が後を絶たなかった)として先生方からもお墨付きをもらっていてどうしても盛り上がりに欠ける。
「はい、咲良。私からのチョコ。」
私たち女子はちゃっかりとお弁当箱にチョコを詰めて、昼食時にいつものメンバーや仲のいいクラスメイトにも振る舞う。
「ありがと、結月。」
「長瀬君も塚っちゃんも食べて。」
「……これ、結月が作ったの?」
「そうよ、トリュフチョコ。」
「なんでおかずのタッパーに卵焼きと一緒に入れてくるんだよ。」
「だって、校舎内受け渡し禁止でしょ。おかずに偽装してあるのよ。肉団子にしか見えないし、大丈夫だって。ちゃんと仕切りがしてあるから味も移らないよ。」
「私のはフルーツに少しだけチョコをコーティングしてあるから、ぱっと見はデザートよ。」
「どうして女子に初めてもらうチョコが偽装チョコなんだろう……。」
「文句言わないでよ、塚っちゃん。私が作ったんだから。」
「そうよ、いらないなら私が食べるわよ。」
「あっ頂きます。西九条さん、美味しいよ、これ。悠人も食べたら。」
「ああ、うん。」
長瀬君、凛姉からチョコを貰うのにソワソワしてるんだろうな。
あんまり期待するのもどうかと思うけど…。
◇◇◇◇
「悠人、はいチョコレート。」
「ありがとう凜さん。嬉しいです。」
ああ、凜さんからのチョコレート。感激だよ。
「おい、長瀬君、君はチョコレート何個貰った?僕は十三個さ。チョコレートをもらった数が多い方がプリンスの名を頂くって言うことで勝負しないか?」
紙袋からチョコをいくつかのぞかせて、フェンシング部のあいつが自分ではニヒルな表情だと思ってるだろう変な半笑いの顔で登場した。
「何だよ、藤井寺!今感動してるのに邪魔するなよ!僕は凜さんから貰えればそれでいいんだから。プリンスは君でいいって決まったじゃないか。しかも縁起悪そうな個数だな。」
「いや、やっぱりキチンと負かしてからでないとって気がして。」
「じゃあ僕は一つってことで負けたからプリンスはおまえな。頼むからあっち行け。」
こいつ、学院生活のあちこちの場面で勝負を挑んできて迷惑なんだよ。
闇討ちして簀巻きにして堀に放り込んで魚の餌にしてしまいたい。
「ちょっと長瀬君、そんなに簡単に負けないでよ。」
「凜さん。」
「チョコの数では負けてるかもしれないけど、私の愛が詰まってるのよ。」
凜さんはそういうとチョコの包みを僕から取り上げて包装紙を開く。
「買ったんじゃなくて私が作ったのよ。はい、あーん。」
えっ、……。凜さんは僕にチョコをあーんしてくれた!
「どう、藤井寺君。あなたにここまでしてくれる彼女はいるのかしら。男としてどちらが上か一目瞭然じゃないこと。」
凜さんはチョコをもう一つ僕の口に入れてくれる。
「くっ!次は絶対に勝つからな、覚えてろ。」
「あと一個だから。」
そういうと凜さんは最後のトリュフチョコを僕の口に放り込んでくれた。
あっという間になくなっちゃったけど、幸せ。
◇◇◇◇
「凛姉、長瀬君にチョコのことで何か言われなかった?」
「あーんして口に放り込んだからバレなかったみたい。」
「私がトリュフチョコを作ってるところに途中から参加して、少しだけかすめ取っていったでしょ。あんなのでごまかすのって可哀そうだよ。」
「わかってるって。葵の誕生日プレゼントが予算オーバーしちゃって。なにか埋め合わせしとくから、大丈夫だよ。」
長瀬君、不憫だなあ。
味方してあげなくちゃ。
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