第15話 ――どっちもどっち

「やだっ!それ以上私に近寄らないでっ!」


「なんでだよ結月、そんなに俺って臭い?」


「長瀬君より私が臭いかもしれないから!私多分、濡れた犬の匂いがするもん!」


 世の中では臭いものを例えるとき剣道部の防具の匂いを使うことがある。

 確かに夏の剣道部員は臭い。

 七月に入ってしばらくすると毎年のお悩み、汗臭さが増してくる。

 洗える防具もあるらしいが、あまり普及していない。

 そして男子が臭いなら、当然女子だって臭い……人もいるだろう。

 こまめに汗を拭いていても。


「早く夏休みになって武道場に冷房入れて欲しいわ。」


「白の道着の脇の所、汗で黄ばんできたから新しく買おうかな。」


「それだったら台所の漂白剤が効くよ。ちょっと濃い目で。」


「洗濯の衣類漂白剤じゃなくて?」


「布巾だって台所用で漂白するじゃない。一回やってみて。紺の道着とか、色物ははダメよ。」


 練習終わりに楽しくおしゃべりしていると、『頼も―』という声と共に一人の怪しい人が武道場の入り口に現れた。


「道場破りかしら。この暑いのに。」


「何あの人の格好、全身真っ白で…。」


「フェンシングの格好じゃないの?あっ面取った。面でいいのかな。」


「あら、二年生の藤井寺君じゃない。剣道部に何の用かしらね。」


 フェンシング部の藤井寺君はフェンシングのレイピアみたいな剣をピュインとさせて格好をつけた。

 場所が剣道場でなければかっこいいだろうが、ここは剣道大好き人間のいるところで、全員うさん臭い顔で藤井寺君を見据える。

 藤井寺君は髪をかき上げてかっこつけるとキッと長瀬君をにらんだ。


「長瀬君、突然だけどプリンスの名をかけて僕と決闘してくれないか。」


 長瀬君の顔がゆがむ。

 プリンスの陰の名前が大嫌いで、剣道部では全員使わないようにしてあげていたくらいなのに、藤井寺君にとんでもないことを言われて怒っているようだ。


「プリンスの名は君のものでいいから帰れよ。だいたいルールが全く違うのにどうやって戦うつもりさ。剣道着には電気コードついてないぞ。」


「人を掃除機みたいに言うな!」


 男子部長の守口先輩がとりなしてくれる。


「まあまあ、剣道もフェンシングも汗臭さでは似たようなもので仲間じゃないか。一番爽やかなのは……水泳部だろう。水も滴ってるしな。長瀬が構わないならプリンスは藤井寺君のものでいいな。そして君は水泳部のやつをライバルにして、剣道部にはかかわらないでくれたまえ。」


 上手いことあしらって藤井寺君を追い払ってしまう。


「フェンシングの方が臭いよねえ。」


「人にもよるけど。」


「そう、凜先輩は臭くないものね。」


「絶対藤井寺君は臭いって。」


「でも、どうしても籠手は臭いよね。」


「若宮さんの濡れた犬の匂いってどんなの?匂わせてよ。」


「キャー葵先輩、やめて―。」


 こうして女子部員たちによる臭い話はしばらく続いた……。

 男子たちはそそくさと帰って行った。全員臭い自覚があるので。


「早く帰ってシャワー浴びたい。」 by塚っちゃん

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