第12話 ――女王VSクイーン

「「えっお弁当持ってきてない?なんでよ!」」


 私と咲良に詰め寄られた長瀬君は大ピンチな顔をしているが、情けを掛けている場合ではない。


「ごめん、昨日から母さんが地方の仕事でいなかったんだよ。それでおかずがつくれなくて。」


「私たちはなにも凝ったおかずでないとだめだなんて一言も言ってないわよ。ウインナーでもいい、鮭でもいい、冷蔵庫にある物焼いて詰めてくればいいだけじゃないの。そんなこともできないの!」


 咲良の言う通りだけど、腹心の友の上品さがどんどん失われていくのはもう止められないのかしら。中等部の頃は私の卵焼き一つ貰うのも遠慮してたのに。


「ボクなんて塩むすび三個しか持ってこなかったよ。」


 塚っちゃんもがっかりしているが、私だってふりかけ弁当のみでしかも半分早弁してしまっている。


「何でラインしてくれなかったのよ、気の利かない人ね。」


「おかずくらいのことで、西九条さんにラインなんて……。」


 私たち四人は中等部一年生のクラスが同じでクラスラインで連絡は取れる。


「長瀬君と塚っちゃんのことは信用できるから、電話の番号も交換してよ。今回みたいに急ぎで確実に連絡したい時は電話して。」


 咲良まで塚本君を塚っちゃんって呼んでるし、その上男子の電話番号まで聞き出してる。

 長瀬君も塚っちゃんも、もじもじしながら咲良と番号を交換した。

 もちろん私は剣道部がらみで知ってる。


「今日は僕がおごるから、カフェテリアでランチにしよう。」


 長瀬君の提案でようやく沈静化した私たちはそろってカフェテリアに向かった。



 学院のカフェテリアは好きな単品を取っていって、最後にお会計するシステム。


「ご飯はあるから、生姜焼きとシーザーサラダとお味噌汁は白みそ。デザートもつけちゃえ。あ、ひじきの小鉢も。」


 長瀬君のおごりなので頼みたいものをどんどんトレーに乗せる。


「咲良のカルボナーラ、温泉卵が乗ってて美味しそう。一口ちょうだい。」


「いいわよ。」


 食べ始めて半分で、長瀬君の惚気がまた始まっていた。


「ねぇ、塚っちゃん、相談なんだけどさ、凜さんをどういうところにデートに誘うと喜ばれるかなあ。なんかアドバイスない?」


「そんなこと知らないよ。彼女いたことないんだから。ボク、凛先輩をデートに誘うなんてそんな恐れ多いこと考えられないよ。」


 私は生姜焼きとご飯を一緒に大口でほおばる。はぁ~美味い。タレが絶妙!


「凛先輩の妹の前でよくそんな話ができるわね。」


 咲良はじろりと長瀬君を見てピシャリという。


「あんまりお金がかからないところの方がいいと思うよ。親のお金で贅沢する人は嫌いって言ってた気がする。働いてない相手からはおごってもらってはダメって両親にも言われてるし。」


「……そうなんだ。気を付けるよ。ありがとう、結月。ところでランチのおごりはいいのか?」


「これはおかず持ってこなかった長瀬君のせいでしょ。それと情報提供料よ。」


「なるほど。」



 その時、カフェテリアの真ん中あたりで何かが倒れる音と女子の叫ぶ声が聞こえてきた。

 そちらを見ると女子二人がつかみ合いの喧嘩をしていて男子が一人、オロオロしているのが目に飛び込んでくる。


「あれって女王とクイーンじゃない?」


「ホントだ。おい、あの人若殿じゃないか?」


「若殿を巡る女の戦いかしら。」


 バチーンと強烈なビンタを双方がした後、激しい口論が再開する。


「天王寺君には、あなたより私の方がふさわしいって言ってるのよっ!」


「なんですって!あなとのどこがどう私よりふさわしいのかしら!」


「二人ともやめろよ。俺はどちらともつきあう気は…。」


 以前の私ならこの修羅場を見守るしかできなかっただろう。

 だけど凛姉と咲良の修羅場で経験値を積んでいた私はすぐに行動できた。

 義を見てせざるは勇無きなり。お助けしましょう、天王寺先輩。

 私はずっと走ってきたように、この修羅場の中心に駆け込む。


「天王寺先輩!大変です。明後日の試合のことで不手際があり、部長がすぐ来いって呼んでます。大変ご立腹ですから早く来てください!」


 そう叫ぶと私は先輩の手をつかんで修羅場から脱出した。

 しばらく走ってから足を止める。


「ここまでくればもういいかしら。」


「すまん、試合の手続きでどんな失態をしたんだろう。」


 天王寺先輩は汗だくだ。

 少ししか走ってないから修羅場で汗だくになっていたんだろうな。気の毒に。


「べつに部長には呼ばれていませんよ。あの場から離脱させただけです。後はお身内(友達)が納めてくれますよ。でも念のために凛姉と葵先輩には相談した方がいいですよ。女子の領域でうまく計らってくれるかもしれません。」


「本当に助かったよ。結月、ついでに先輩の所に一緒に行ってくれないか。」


 いつもならお断りだが今日の天王寺先輩は弱っていたし、咲良の時にはお世話になっていたから付き添ってあげた。

 相談を受けた凛姉と葵先輩はどういう手を使ったのか女王とクイーンに天王寺先輩から手を引かせた。でもカフェテリアでの騒ぎだったので学院内だけでなくこのスキャンダル話は生徒の家庭にまで広がってしまった。


「先輩、もっとうまく立ち回れなかったんですか。若殿の面目丸つぶれじゃないですか。」


「ホントな……。助けてくれてありがとう、結月。」

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