第10話 ――もう一つの破局

「えっ、クラリネット王子と別れる?」


「ちょっと、そんなに大きな声で言わないでよ。」


 咲良に相談があるからって昼休みのの図書室に呼び出された私は、相談内容に驚いて叫んでしまう。


「どうして……。上手くいってるとばかり思ってたのに。」


 最近咲良は彼とのおつきあいで忙しいのか、私とは滅多に遊ばなくなっていた。


「初めはよかったんだけど高等部と中等部に分かれてから、何だか束縛が激しいというか、嫉妬深いっていうか、私から告白したんだろって感じでもうついて行けないのよね。」


「そりゃあ咲良みたいな美人とつきあったら嫉妬深くもなるだろうけど、……もう気持ちは決まってるのね?」


「だいぶ前から好きじゃなくなっていたのよ。で、相談っていうのはもうつきあわないっていうのを彼に言う時に、結月にそばで隠れていてほしいの。もめそうになったら助けて。」


「そういうことね。わかった、任せといて。」



 実行日の放課後はちょうど委員会があって、部活は遅刻するって凛姉に伝言してもらい、私は委員会をサボって咲良の別れ話に備えて竹刀を握り、皮肉にも咲良が告白の練習をした高等部と中等部の境の校舎裏の木の陰に身を潜めた。

 来た!クラリネット王子。なんでこんな所に呼び出されたのか不審な表情だ。


「話って何?」


「ごめんなさい、私、もうあなたとは付き合えません。」


「どういうこと?」


「日本語わからないの?もうあなたとはお終いってことよ。」


 結構強気だわね、咲良。


「なんで……。」


「なんでかわからないの?……はぁ、あのね、他の男子としゃべるなとか、結月との約束を嫌がるのとか、最近は上から物を言ってくるし、もううんざりなのよ!」


 これは凛姉と同じ、クラリネット王子の土下座かと思った時、王子が思わぬ反撃に出る。


「咲良が告白してきたんじゃないか、そんなの認めない!なんだよ、年上だからって!」


「痛い、手を放して!」


 ここは出番ね!もちろん私は竹刀を構えながら二人の間に割って入る。


「そーこーへーなおれ――ッ!咲良に乱暴するなんてっ!この桜宮結月が成敗してくれるわ――!!!」


 唖然とするクラリネット王子。

 そこへ私の知っている人の声が止めに入った。


「なにしてるんだ!結月、竹刀をおさめろ。」


「天王寺先輩!」


「途中からしか聞いてないが、ここは落ち着いて話し合った方がいい。」


 天王寺先輩の登場で私たちは少し冷静になった。


「結月の姉は鬼姫だ。プリンスが鬼姫の彼氏だからこいつを敵に回すと中、高等部の剣道部全員を敵に回すことになる。それに、鬼姫は元マドンナでオケ部の部長だった泉佐野先輩の後ろ盾がある。中等部に弟さんがいるから、下手な噂が耳に入ったらオケ部でどうなるかわかっているだろうな。」


 ОBに睨まれたら……。学院でそういう振る舞いをしたってことで、想像以上のダメージがある。


「しかし、西九条さんの言い方も少し厳しかったな。頭に血が上るのもわかるよ。同じことを言われたら俺だって腹が立つだろう。」


 天王寺先輩は一変して優しい目でクラリネット王子を見た。

 そして咲良に視線を移す。


「どうだろう、ここは西ってことにしてくれないかな。男の変なプライドかもしれないけど。」


「……それは構いません。」


「だったら俺と結月でそのように噂を流すから。これで手を打ってくれないかな、頼むよ。」


 高等部の若殿に頼まれて断れる中等部生はいまい。

 こちらも確実に別れる方向に持っていってもらってありがたい。


「申し訳ありません。」


 ぽろぽろ泣き出すクラリネット王子に、ハンカチを貸してよしよしする若殿。


「結月、今日は部活休んで西九条さんと帰れ。剣道部とオケ部には俺から言っとくから。」

 


 その日の帰り、私は咲良のおごりでパンケーキを咲良の分まで食べた。


「本当にありがとう。ごめんね、結月。」


「ううん、私なんか。天王寺先輩のおかげよ。」


「……ねぇ、若殿、結月って呼び捨てで呼んでたわね。」


 そういえば……。

 学院では基本名字呼びだ。

 田中とか鈴木とかよくある名字の人は本人の承諾を得て名前で呼ぶ。

 だから影の名前が飛び交うのに。


「緊急事態で慌ててたからじゃない?」


「そうかしら。」



 次の日、部活で会った時に若殿にお礼を言っておいた。


「天王寺先輩、昨日は助かりました。ありがとうございました。」


「後輩のためだ、あれくらいいいよ。それより昨日は呼び捨てにしてしまってすまん。」


「緊急事態でしたから。それに咲良のために噂まで流して下さるのですから、べつに名前の呼び捨てくらいどうってことないです。」

 

 ちょっと複雑そうな顔をした若殿は、それでもそれ以降私を結月と呼ぶようになった。

 だけど、今までの関係と全く同じで何もなかったわよ。

 それよりも長瀬君が面倒くさいことになってきた――。

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