第9話 高等部一年生――破局
「絶っっっ対に許さないから!淀屋橋のやつ、よくもよくも私に隠れて浮気してくれたわねっ!いい度胸だわ、あんなに注意しておいたのに!」
私が高等部に進学して剣道部でまた凛姉と一緒に練習するようになってすぐ、
凛姉と淀屋橋先輩の間にとんでもない事件が起きた。
淀屋橋先輩が他の女子と浮気したという、信じがたいことが。
「マジ?!デマじゃないの?」
「デマなんかじゃないわよっ。私、二人が抱き合ってるところをこの目で見たんだから!」
「淀屋橋先輩ってそんなにモテるんだ……。」
凛姉は我が姉ながら美人の方だ。ただ、ちょっときつい感じがするけど。
その姉が彼女なのに他の女とよろしくやるなんて、卵に目鼻の淀屋橋先輩っていったいどんな魅力があるのかしら。
「ヤツがモテるんじゃないのよっ!私の彼だからちょっかいをかけられてるだけよ!鬼姫の彼氏が、自分を選んだってことを喜ぶ女がいるのよ。バカじゃない、そういうのに気をつけろってあれだけ言っておいたのに。」
「本当に凛姉よりそっちの相手が好きになったんじゃないの。」
「ふんっそんなことないわよ。見苦しく言い訳してたもの。何にせよ、あいつとはもう終わりよ。」
鬼姫破局の噂は次の日には高等部中に知れ渡っていた。
四時間目が終わるとすぐに、剣道部男子の長瀬君がお弁当持参で飛んでくる。
長瀬君は剣道部の団体戦ではいつも先鋒で(先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人チーム)ポイントゲッターとして活躍していて、去年は中等部の男子の部長だったので女子の部長だった私とは仲良しだ。
「桜宮さん、凛先輩が別れたって本当?」
「本当だよ。浮気されたんだって。」
「何だって!凛先輩がいるのに浮気なんて。許せない、闇討ちして
「それ凛姉が自分でやるからいいよ。」
「凛先輩どんなにショックを受けているだろう……。ねぇ相談だけど、失恋で弱ってるところに僕なんかが告白したら迷惑かな。」
「やっぱり長瀬君って凛姉のこと好きだったのか。告白するならすぐ行った方がいいよ。凛姉って早いもの順なとこあるから。」
「なんだって!じゃあ今からすぐ行ってくるよ。」
「誤解しないようにシンプルに告白した方がいいよ。あっこのお弁当どうするの?」
「桜宮さんが食べといて。アドバイス、ありがとう。」
そういうと、長瀬君は三年生の教室にダッシュしていった。
ラッキー、長瀬君のお弁当ゲット――。
自分のお弁当は三時間目の放課に食べちゃってたんだ。
いや、長瀬君のお弁当より告白が気になる。私も現場に駆け付けようっと。
私が駆け付けると、三年生の凛姉の教室はどえらいことになっていた。
仁王立ちする凛姉に土下座する淀屋橋先輩、そして交際を申し込む長瀬君で修羅場と化している。
「ごめん、本当に悪かった。許してください。」
「三年生に対して失礼ですが、こんなやつ凛先輩にふさわしくありません!失恋のショック中に卑怯かもしれませんが、僕とつきあってください。」
「気の迷いというか、魔が差したというか、本当に好きなのは君なんだ。」
「見苦しいですよ、言い訳ばかりして。凛先輩、中等部の頃から好きでした!高等部になったら告白しようと決めていたら、こいつに先を越されました。もう後悔したくありません。今申し込ませてください!」
「お願いです。一度だけチャンスを下さい。二度とこんなことは……」
「もういいわ、淀屋橋くん。長瀬君、ちょっと待ってて順番に言うから。」
見物人が遠巻きにしている中で凛姉は優しく微笑みながら淀屋橋先輩の手を取って土下座から立ち上がらせる。
淀屋橋先輩の卵に目鼻の顔がパァッと輝いた。
ちょっと、そっちを選ぶの?
「淀屋橋君、私言ったよね。あなたに求めるものは一つ。いついかなる時も絶対に私の味方でいることって。それを裏切ったのよ。あなたのことはもう信用できない。私、信用できない人は友達ですら無理だわ。私たちはもう終わり。あの抱き合ってた人とお幸せにね。」
そう言うと握っていた手をすっと離した。
静まり返る教室のなかで、凛姉は長瀬君の方に振り返る。
「長瀬君、申し込み嬉しいわ。あなたの剣道してるところ、好きよ。こちらこそよろしくお願いします。」
「凛先輩!」
「先輩はいらないわ。凛って呼んで。」
「り、凛さん……。」
長瀬君はおずおずと凛姉の手をつかむと自分の方に引っ張り寄せて抱きしめた。
意外な成り行きに周囲がどよめく。
長瀬君、かっこいいわよ。もらい泣きしそう……。
放課後の部活で私は長瀬君にお祝いを言った。
「とっても素敵だったよ。凛姉をよろしくね。」
「見てたんだ。…いろいろありがとう。ホッとしたらお腹すいたんだけど、お弁当って残ってないよね。」
「五時間目の放課に食べちゃった。卵焼きも美味しかったけど、牛肉の甘辛のやつとエビフライが絶品だったよ。長瀬君のお母さん、ただものじゃないね。お弁当箱洗ってあるから返すわ。」
「……そう……。」
長瀬君はこの騒動で剣道部なのに『プリンス』の陰の名前を付けられていた。
そして、フェンシング部の次期エースでプリンスの名を狙っていた藤井寺君に激しくライバル視されることになる。
この時私の周りではもう一つ、破局が忍び寄っていた――。
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