第5話 中等部一年生――剣道部

 竹刀しないを振るのが面白い――。

 突然だが、教室で竹刀と同じような棒を振り回すとしよう。どうなるか。

 当然先生に厳しく叱られ、親呼び出しに加え学年中の噂の的になるだろう。

 しかし武道場で竹刀をビュンビュン振っても、叱られるどころか熱心でよろしいと褒められる。天国と地獄、いや、天と地ほど違う。

 剣の道に真摯に取り組んでいる方には申し訳ないが、幼い頃にお受験の勉強で棒きれを振り回して遊んだことのない私は、今まで抑圧してきた何かに仕返しをするように素振りに精を出した。



「一年生たち、そんなに力任せに竹刀を振ってもダメだ。」


 本日の一年生指導係の二年生の先輩、天王寺てんのうじみなと先輩が一年生を集めて指導してくれる。


「竹刀は右手で振るんじゃない、左手の中指、薬指、小指でしっかり握って右手は添えるだけ。後ろの足(剣道では必ず左足)は膝を気持ち内側に入れると両足が平行になるから。後、振りかぶりと振り下ろしをもっと素早くな。」


「ハイ、ありがとうございます。」


 先輩たちはみんな親切だけど天王寺先輩は一番厳しくて熱心に指導してくれる。


「天王寺君、一年生はどう?」


「あ、桜宮せんぱ…いえ、凛先輩、みんな熱心でいい感じです。」


 凛姉は私が入部したことによって名字ではなく名前で呼ばれるようになり、私が名字で呼ばれることになったらしい。


「結月が妹だからって気を使わないでね。」


「もちろんです。あ、一年生は少し休憩して水分取れよ。」


「はい!」



 休憩中、私たち一年生は先輩たちの話で盛り上がっていた。


「凛先輩が一番凛々しいけど、女子部長の葵先輩も素敵ね。」


「男子部長の守口先輩がかっこいいわ。優しそうなのに強いってギャップがたまらない。」


「剣道って竹刀で打ち合ってるところもいいけど面を外した瞬間とか、何とも言えず素敵だわ。」


「わかる――!でもでも、胴の紐を肩の所で結んでるところもいいって。」


「わかる――!」


「悠人、女子って何であんなに楽しそうなんだろうね。」


「さあ………。それより桜宮さん、凛先輩は中等部なのに鬼姫って裏の名前があるらしいけど、そんなに強いのかな。」


「うん、強いというか、怖いよあの人。姉で良かった。試合相手じゃなくて。」


「えーそんな風に見えないのにね。」



 去年試合で見た凛姉は鬼のように強かった。

 というか、鬼姫というより鬼神のような打ち込みだった。

 上品なお育ちの方には刺激が強すぎるだろう。

 しかも掛け声が『キェェェェェ』とか『ォメエェェェン』とか変なんだって。

 妹でも引く。私は絶対に掛け声は普通にしようと心に誓っている。


「この学院で部の仲間に本気を出しちゃ駄目。試合相手にだけ、本気を出しなさい。試合の時はアドレナリン出ちゃってとか言い訳すればいいからね。」


 凛姉はニッコリ微笑んでそういっていたっけ。

 まだまだ剣道初心者の中等部一年はこんな感じで過ぎていった。

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