第4話 中等部進級

 入学式の式典(私たちは初等部から上がるだけだけど)には吹奏楽部が演奏する学校が多いが、K学院では中等部からはオーケストラ部が演奏する。バイオリンの音合わせの音にビビっているのは私の他は数名で、みんな当然のことって顔をしている。弦楽器が混じると一気に高尚になるな。

 しかも曲がカノンとか、G線上のアリアとか、クラッシックなのも当然と言えば当然だが、とっても素敵でオケ部に憧れる生徒も多そう。



 入学式後にめでたく同じクラスになった私と咲良は部活の話をしていた。


「ねぇねぇ咲良、オケ部、とっても素敵だったね!」


「そうね。私もオケ部に入ろうと思ってるの。一緒に入らない?」


「うーん、楽器代かかりそうかなあ。」


 私は腹心の友である咲良にだけは、家が節約家族であることをカミングアウトしていた。

 咲良の誘いをお財布の都合で断ることがあり、友達づきあいで誤解されるから。


 その時、クラスがざわざわして『上級生のお姉さま方よ。』『どうして一年の

 クラスに。』という声する。

 用事がある時は下級生が上級生のクラスを訪ねることはあっても、その逆は珍しいらしい。

 上級生のお姉さま方の正体は元気ハツラツの我が姉、凜とその親友の葵先輩だ。



「結月、高等部にようこそ!放課後に剣道部にいらっしゃい。迎えに来るから。」


「結月さん、あなたが来るのを楽しみに待っていたのよ。」


「凛姉と葵先輩!ちょっと待ってよ。私、オケ部か華道部とか茶道部で優雅に高等部生活を楽しみたいの。」


「何言ってんの。そこは良家の子息ばかりで付き合うのが大変よ。その点剣道部はさばさばしてるし私がいるから気を使うこともないわ。」


 小声で言うと凛姉は私のクラスメートに向かってニヤリいやニッコリと微笑み、


「皆さん、妹をどうぞよろしくね。よかったら剣道部に見学に来て下さるとうれしいわ。」


 と優雅に去っていった。

 クラスメートの視線が突き刺さって痛い……。私、穏やかに暮らしたいのに。


「相変わらず結月のお姉さまって素敵ね。」


 ため息をつく咲良。

 へっ?素敵?


「いいわねえ、桜宮さんってあんな優しいお姉さまがいらっしゃって。」


「本当にうらやましいですわ。」


「僕、剣道部に見学に行こうかな。」


「僕も一緒に行ってもいいかな。」


 ? なんでか好印象のようだ。

 自分たちとは違う生活力にあふれた姿を魅力的と勘違いしているのでは。



 放課後、同じクラスの長瀬ながせ悠人ゆうと君と塚本つかもと智弘ともひろ君と一緒に剣道部に拉致される途中、私は凛姉に小声でたずねた。

 

「ねぇ、剣道の道着とか道具代のお金、どうするの。」


「大丈夫よ、高等科に行った先輩に丸ごと貰ってあるから。引退した時に、『先輩の道着、貰えませんか』って頼んだら道具ごと全部くれたよ。」


「高等科で使わないの?」


はかまの色が紺から白に変わるし、胴も赤から梨地になるからいいんじゃないの。」


「道具買いなおすなんて、さすが金持ち学院の部活ね。あの、ちょっと心配なんだけど……女子の先輩よね。」


「もちろんよ。私が先輩のお古を使うから結月は私のお下がりを使いな。」


 よかった。知らないお姉さんの面って、ちょっとなって思ったから安心した。


「同じ部活だと家事の分担もやりやすいしね。母さんったら最近買い物も私たちにやらせるようになってきたから、これからは二人で帰りにスーパーに寄ろう。」


「わかった。タイムセールに間に合うようにしてね。」


 こうして私は剣道部に入部したが、これが案外性に合っていて楽しかったのだ。

 部活では少しづつ本来の図々しい性格を出せるようになって、凛姉が私を気遣ってくれてたのを感謝しながら楽しく学院生活を送れるようになっていった。

 私は初等部までの三つ編みを止めて、面がかぶりやすいように背中の中ほどまでの髪を後ろで一つに束ね部活に精進することになった――。

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