第3話 初等部六年生――西九条咲良
「私、
初等部六年のクラス替えの後、私の隣の席には気品があるというか、雰囲気が
大人びているというか、とにかく完璧な美少女がいた。
(おう、なんて美しい!)あまりの美しさにじっと見つめてしまい、それに気づいた美少女が声を掛けてくれる。
少し首を傾けて、長いストレートの髪がさらりと流れ、彼女の口元だけ少し微笑んでいた。
「ごめんなさい、じろじろ見ちゃって。あんまり綺麗だったから…。」
多分私は真っ赤になっていただろう。
「桜宮結月です。名前が桜宮と咲良で似てるね。よかったら友達になって。」
その時の西九条さんはちょっと笑っただけだった。
彼女は誰とでも必要なことは話すが、女子のグループには入ろうとしない。
ちょっと近寄りがたいオーラがあったから、少しだけクラスからは浮いていた。
その西九条さんが四月の下旬に長い髪をバッサリと切ってきたときは、さすがにクラスがざわめいた。クラスメートに聞かれても彼女は「別に気分転換かしら。」と答えただけ。
その日、日直で西九条さんと私が放課後の教室で二人きりになったのは、神様の
お導きに違いない。うちは仏教だから仏様かも。
私は思い切って声を掛ける。
「あの、西九条さん、あんな綺麗な髪切っちゃってもったいなかったね。」
「髪なんて大したことじゃないわ。」
大したことないと言っておきながら彼女の眼は泣きそうに潤んでいた。
「……西九条さん、何かあったの?最近元気ないみたい。私じゃ力になれないかもしれないけど、話すと気分が軽くなるよ。私、お金の相談以外なら結構頼りになると思うんだけど。絶対誰にも言わないから。」
西九条さんは少しの間戸惑っていたみたいだけど、決心したように私を見つめる。
「ありがとう、重い話だけど聞いてくれる?…私の父、心臓の具合が悪くて手術の順番を待っているの。間に合うと思うけど、いてもたってもいられなくて髪を切ったの。早く手術してもらえますように、手術が成功しますようにって神様にお願いのつもりで……。」
ぽろぽろと涙をこぼす彼女は、思わず支えてあげたくなるくらい可憐だった。
……ちょっと待て。心臓の手術?
「どこの病院?」
「B大付属病院だけど。」
……私の父さんがなんとかできるじゃん、って思ったけど頼めるかどうかわからない。安請け合いしてがっかりさせてもいけないし、担当ではないかもしれないのでその場はありきたりな慰めしか言えなかった。
「ごめんなさいね、こんな話しちゃって。でも聞いてもらったら少し落ち着いたわ。ありがとう、桜宮さん。」
私は無理に笑った西九条さんと一緒に教室を出た。
その日の夜、帰宅した父さんに西九条さんのことを話した。
「父さん、ずるはいけないってわかるけど、早く手術してあげられないかな。」
「まぁ結月、お父さんにそんなこと頼んで……。患者さんのお願いを全部聞いていたらお父さんは過労死してしまうわ。」
「母さんの言うことはもっともだけど、結月はわかってて言ってるんだろう。
わかった。上手く日程を調整出来るように努力する。でも出来るかどうかはわからないから約束はしないし、友達にも言ってはいけないよ。」
「ありがとう父さん!ごめんなさい。」
「知らない人じゃなくてクラスメートのお父さんなんだろ。結月はいつも家のことを頑張っているからな。ただし父さんの仕事のことは出来るだけ内緒にしておいて欲しい。色々と健康相談されると困るから。」
「はい。」
どうなるかわからないので西九条さんさんには黙っておくことにする。
でも、私は父さんに言えてすっかり安心した。
「桜宮さん、一緒に帰らない?」
西九条さんの話を聞いた一週間後、彼女から話しかけられた。
ちょっと驚いたけど、いいよと返事をして急いで支度をして教室を出る。
西九条さんは校門へ向かう道を少しそれて、中庭の藤棚の下に歩いていった。
もう藤の花の見ごろは終わっていて、風が吹くと花がぽとぽと落ちてくる。
周りに人影がないのを確かめると、彼女は私をはっきり見て口を開いた。
「桜宮さん、ありがとう。」
「えっ、何が?」
「手術のこと、お父様に頼んでくれたでしょう。急に手術の予定が早まって、昨日無事終わったの。父は、また元気になるって……。執刀医の先生を看護師さんが『桜宮先生』って呼んでたわ。桜宮さんのお父様でしょ。」
「何のこと?私、誰にも絶対に言わないって言ったじゃない。」
西九条さんは泣きながら私に抱きついてきた。
私も彼女を抱きしめて背中をポンポンしながら、二人でしばらくの間わんわん泣いた。
「桜宮さん、私の友達、ううん、腹心の友になって。」
「腹心の友……ああ、赤毛のアンのアンとダイアナみたいな?」
「ええ、そうよ。」
「嬉しい。私、西九条さんと友達になりたかったの。」
「そうよね。初めて会った時もそういってたわね。」
「覚えていてくれたんだ。私、西九条さんの長い髪好きだったよ。また伸ばして。」
以来、私たちはお互いを結月、咲良と呼び合うようになる。
すっかり明るくなった咲良と、咲良が特に仲良くする私に、クラスメートも話しかけたり仲良くしてくれたりと初等部六年生の一年は穏やかに過ぎた。
この一年は後から思うと平和な宝物のような日々。
もちろん中等部も高等部に比べたらまだ平和だったけど。
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