女子高生がクリアすべき四十四のミッション

黒須友香

相田早夜、吠える!

「部長! ひょっとして新聞部をつぶす気なんですかー!?」


 そう叫ぶしかない事案だった。目の前でのん気にキュッキュと眼鏡を拭いている新聞部部長・あさひ先輩が、今日いきなり差し出してきた「文化祭企画」は。


「校内全部活の、にインタビューを敢行しろと! 各人に一ページ、最低四百字以上の紹介文と数点の写真を割り当て、部誌として発行すると!」


「そういうことだ。相田あいだ部員、きみの働きに期待しているぞ」


 なにしれっと有能司令官ぶってんだ、この眼鏡男!


「『部長』って校内に何人いるか知ってます? 運動部十九・文化部二十五。あほ眼鏡を含めて計四十四人もいるんですが! そして文化祭まで、あと一週間しかないのですが!」


「それならば問題ない。なぜなら、この知的眼鏡こと旭と相田部員には、たぐいまれなる取材能力と人脈と体力フガッ!」


 わたしは憎たらしい口に企画書を突っ込んだ。


「だったらその人脈とやらで人手をください今すぐください。病んでる眼鏡と相田以外の、三人目の新聞部員を召喚する魔法陣でも描いてみせてください」


「ブハッ、三人目の部員は無理だが、部長四十四人を四十人に減らす魔法なら知ってるぞ」


「ひとりなら今すぐ抹殺できますが。そこ、消毒しといてくださいよ」


 部長の口から吐き出された、汚い企画書が机に投げ出されるさまをジト目でにらむ。除菌剤、どこしまったっけ。


「そのためには相田部員、きみの彼氏に今すぐ連絡を取ることだ」


「わたしの彼氏ぃ? そんな生物、この時空には存在しませんけど」


「ならば呼称を変えよう。きみの幼なじみ兼サッカー部員、岩永いわなが拓海たくみをこの企画に巻き込むことだ。彼の協力なくしてこのミッションの成功はありえぬからな」


「成功も何も、部長が急にこんな奇怪な提案なんかしてこなければ、例年通り無難に……」


 旭部長は「ああっ……」などと悲劇のヒロインよろしく大きく嘆息し、いかにも力尽きた風に机に両手をついた。もうこいつ丸ごと消毒したくなってきた。


「すまない、勝手なことを言っているのはわかってる! しかし俺には、この企画の成功がどうしても必要なんだ……!」


 理由をツッコんでほしいんだろうなあ……。聞いたところで、しょうもない答えが返ってくるに決まってるけど。


 そんなことより、拓海タクがこの企画にどう関わってくるのかが気になる。


 土曜の午後。普段なら、サッカー部の練習に出ているはず。


 わたしはスマホを取り出し、試しにひとつメッセージを入れてみた。



  ◇ ◇ ◇



「よー、早夜さよ! お疲れっす」


 その男、わたしの幼なじみにしてとなりの家の住人・拓海タクは「映像研究部」部室にいた。すかさずわたしのツッコミが砲撃を開始。


「なんでこんなとこに。サッカー部はどうした」


「今文化祭準備で忙しいじゃん。サッカー部あっちは模擬店やんだけど、俺はこっちを進めないとマズいからさ」


「こっちってなに」


「映像研究部。いちおうー部長なの、俺」


「はあ!? 聞いてないし!!」


 あっけにとられつつも、わたしの脳が視覚情報を理解しようとせわしなく動く。狭い部室に、一応それっぽく積まれたレコーダーやらモニターやらの電子機器類、散乱したケーブル類にディスク類、ヒマそうにスマホをいじってる四人の男子部員類――とは別に、タクの正面には見知った顔があった。


甲斐かいセンパイ、またこのおバカの付き添いで?」


「うん、まーね。俺、副部長なんだって」


 いかにも人のよさそうな顔で、頭をかきながら苦笑する茶髪男子。


 タクと甲斐センパイは、ともに二年一組で、一年のときからの親友どうし。いつも騒々しくあほなことを率先してやりたがるタクと違って、甲斐センパイは控えめに気を遣うタイプ。明るめの茶髪は染めてない、地毛だって本人は言い張ってるけど、なかなか信じてもらえず、しょっちゅう先生や風紀委員に捕まってる。


「タク。わたし、タクが映像いじりに詳しいなんて一度も聞いたことないんだけど」


「だよなあ、俺も聞いたことねーわ」


「それがなぜ部長。なめとんのか」


「しゃーねーんだよ、こいつらだけじゃろくな案が出てこなくてさー。文化祭くらい楽しいことやりたいじゃん? で、あれこれ案出してるうちにいつの間にか部長になってた、あはは」


「あははじゃなーい! 甲斐センパイまで巻き込むなー!」


 ツッコミ射撃を続けながら、思い出したくもないあほ眼鏡の言葉を思い出した。確か、タクの協力で取材すべき部長の数が減ると。


「一応聞いとくけど。まさか、ほかにもあんたが部長やってる部があるなんてことは……」


「あー、あるよ。確か文芸部と、コンピューターゲーム部、アニメーション部……あとなんだっけ? 甲斐」


「漫画研究部。自分で引き受けといて忘れるなよ」


 頭痛くなってきた……。


 これは取材対象が減ったと喜ぶべきなのか、それとも部誌のうち五ページもタクこいつの写真や紹介文を貼り続けなきゃならない苦行を嘆くべきなのか。


 あほ眼鏡の企画書によると、部誌に載せるのは学校ホームページでも見られるような部活紹介や大会実績のたぐいではなく、あくまで「部長個人」の紹介であるべきとのこと。できれば部活に対する思いや取り組みだけでなく、学校での部活外の様子や、私生活にまで踏み込めればなおいい、らしい。その部長のファン以外誰も喜ばない。旭先輩やタクのページに至っては破り捨てられる危険すらある。


「んで、俺にインタビューしてくれんの? いやーまいったなー、なに話そーか。とりあえずラノベへの熱き想いなんかを……」


 あ、タクにしては建設的なことを言う。


「確かに、持ちページが五ページもあるんだから、一ページくらいラノベ紹介とかに使ってもいいかもね。あんた自身のこと書くよりよっぽどいいわ。その調子で、あと四ページ何書くか考えといて」


「じゃあ一ページは副部長・甲斐の紹介にすっか」


「俺はいいよ! また髪のこととかいろいろ言われたら嫌だし。それよりさー……」


 二人があーだこーだ言ってるのを横目に、わたしは他の部員たちを見てため息をついた。この人たち、いったい何やってるんだろう。


「あのー、ずっとスマホいじってるみたいだけど、部活しないんですか? あと一週間しかないのに、見た感じ文化祭準備が進んでるようには……」


「わかってますよ……でも、ダメなんです……!」


 四人の部員のうちのひとりが、すがるような目でわたしを見上げた。


「いったい何を撮ればいいのか……! 今年に限って、どういうわけか何も思い浮かばないんです! スマホでなんとかネタを拾おうとしてるんだけど、どうしても見つからない……!」


 四人全員が、一様にしゅんとうなだれる。それでいいのか映研部!


「あーもう情けない! 自分の足で動かずしてネタなんか見つかるかー! こんな狭い部室なんか出て、カメラ持って外走りなよ! それでも見つかんなきゃ、走ってる部員の姿でも撮っとけー!」


「――それだ!」


 突然部員のひとりが勢いよく立ち上がった!


「わ、なに!」


「相田さん! これから全部活のインタビューに向かうんですよね? 僕たちに、相田さんの活動を追うドキュメンタリーを撮らせてください!」


「はーーーー!?」


「あ、いいじゃんそれ。下手なドラマとかを無理やり撮るより面白いわ」


 無責任にカラカラ笑うあほタクと、さらに困った顔で苦笑する甲斐センパイと、水を得た魚のようにピチピチと輝きだしてしまった映研部員たち。


「こっちは超忙しいんだー! 男子ども、頼むから邪魔すんなー!」


 JK新聞部員・相田早夜の戦いはまだまだ続く!

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